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王旗を掲げよ~胎動~  作者: 秋川 大輝
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準備

 

 特命政務官たちが昏い顔のまま出ていくのを見送ると、シルフとラムザスが深く椅子に身体を預けた。


「隆也は、容赦がないな」

「あれだけの仕事を十日ほどでやれというのだ。シルフだってお断りする」


 呆れた言葉に、おれも頷くしかない。

 机に積まれた気の遠くなるほどの書類を一瞥した。新たにおれ付きの政務官になった彼らは、シリン街道駅に呼び出されてから、ずっと働き詰めだ。


「時間がないからな」


 言うと、執務室の奥の控えの間を仕切るベルベッドのカーテンに目を向けた。


「カザム、国境の状況を教えてくれ」

「はい」


 カザムがそこから出てくると離れた場所で膝を付く。


「リルザ王国の外西南部に、軍の集結が始まりました。仮設兵舎が建てられており、現状でも十万の兵が収容できます」

「どういうことだ」


 立ち上がったのは、ラムザスだ。


「仕事を急がせていたのは、そういうこと」


 シルフが冷たい目を向ける。


「彩雲が出た後、すぐにリルザの軍が引いたのは知っているはずだ。おれもそれで安心をしていた。しかし、国境を監視していたルーフスから不戦の結界が弱まっていると連絡があった」

「結界が復旧していないのか」

「それを確認するために、レイムにカナンの元に行って貰っている」

「でも、リルザは先にそれを察知して、軍を再び動かし出した。どうやって知ったのか」


 さすがに、シルフは智の印綬だ。頭の回転が早い。


「誰かの入れ知恵か。どちらにしても、こちらも準備をしないといけない」


 その目をラムザスに戻した。


「王都を中心に兵たちには街道の整備を急がせたが、ここまでだ。陣の構築に工務隊、兵站に輸送隊、戦闘部隊に救護隊。王立軍の編成を急ぎ頼む」


 机の上に積まれた書類の束を選び、ラムザスの前に置いた。


「ま、待て」


 上げる声を無視して、

「各守護領地で解散させた兵と私兵から徴収した武具は、補修のために国中の鍛冶屋に送ってある。それらを回収し、編成される兵科に合わせて渡さないといけない。また、各駐屯地の食糧と備品を取りまとめ、その再配分をしてくれ」

書類の束から一部を選び、それをシルフの前に置く。


「簡単に言うな」


 シルフの声が重い。


「軍の編成にはこちらを。武具の輸送にはこちらを参考にして下さい」


 その重い声に応えるように、カザムが紙の束を出した。


「何、これ」

「各街道駅にあります荷馬車と人夫になります。主上は彼らを輸送隊の一部として編成し、兵站を任せるつもりです。それと、こちらが駐屯地の昨日までの備蓄量になります」

「う、うん」


 頷きながらシルフが受け取る。


「編成につきましては、中央参謀の候補者を記載しています。彼らを招集し、軍の編成を試験にすれば良いかと存じます」

「お、おう。そうか」


 ラムザスも頷くしかないようだ。


「それで、その資金は計画通りに進めるの、シルフにはその先が見えてこない」

「大丈夫だろ」


 言いながら、積まれた書類の一部を取る。

 おれにだって分からない。おれは高校生だぞ。経済の専門家でもないんだ、分かるわけがない。

 明治維新を規範とすると考えているが、今の状況とは違い過ぎる。それに、この世界では初めてのことなのだ。


 いや、一つだけは分かる。商業ギルドと縁は切れ、表立っての交易はなくなる。鎖国のような状況になり、インフレが起きるだろう。

 しかし、何とかなると……思う。


「政務官は優秀だ。任せておけば、大丈夫だろう」


 おれの言葉に、シルフが大きく息を付いた。


「ところで、即位式の出席者はどうなっているのだ」


 ラムザスは考えることを諦めたように、椅子に身体を預ける。


「寂しいもんだ。王は、ラルク王国の一人だけ。エスラ王国の王は急遽帰国したよ」

「帰国、どうしてだ」

「国内に騒乱が起きたとのことでな」

「その言い方では、それも忍びとやらの報告か」


 ラムザスが、控えるカザムに目を向けた。


「後はエルナ種のデリス王国からの信の印綬」

「名は、ベルゼと言っていた。アレクが応対に当たっている。他は外務司の政務官たちだな」

「ラミエルの討伐に名を馳せたから、もう少し他国も興味を持つと思ったが」


 ラムザスは即位式の出席リストを一瞥した。


「それは、無理。まず、記載された席次に納得しない国が多い。それに、商業ギルドに敵対するような施政に、二の足を踏む」


 シルフが不服そうに呟く。

 まあ、確かにそうだろうな。

 今までの国際儀礼の慣習を無視して、種族の格を取っ払ったのだ。他国も参加しないわけにはいかないから、仕方なく政務官を送っているだけだろう。


 それに、商業ギルドには、奴隷制の廃止に商業権の更新見直しの通達まで送った。商業ギルドからの反発も強いこの国には、他国も距離も置きたくなるだろう。

 智の印綬のシルフでさえ、納得はしていないのだ。


「では、ラルク王国は稀有な国だな」

「交渉はどこまで進んだ」


 シルフが目を向ける。


「こちらの外洋船もすべて出して、解放したエルグの民を送る。帰りには、分けて貰う食料を積んで帰る」

「ラルク王国は、ルクス学に力を入れていると聞く」

「さすがに、シルフは要点を突いてくるな」

「隆也の説明が、足りない」


 不満そうな目はそのままだ。


「怒るな、説明は苦手だ。民を兵に回せば、農業の人材は足りない。たださえ荒れ尽くしているのだから、これは死活問題だ。そこに、一致する利害も出来る」

「ルクスの発動に必要な水晶の鉱脈が、この国にある」

「そう、バリル鉱商との商権の更新は行わず、今後は国で管理する。密かにそれをラルク王国に送り、食糧の支払いにすると同時に、こちらの賢者をルクス学の習得のために留学させたい」

「農業にルクスを利用する」


 シルフの呟く声に頷いた。

 この世界の者は、ルクスが身近にあり過ぎてその可能性に気が付いていない。

 ルクスを利用すれば、農機具の革新も行われるはずだ。


「その為に、ラルク王国か。しかし、向こうもそれが発覚すれば商業ギルドからの制裁がある。そこまで乗ってくれるか」

「おれは、ラルク王国の王旗を見た」


 ラムザスの問いに答えるように、口にした。


「二匹の蛇が、剣に絡みついていた。この蛇は、妖気を孕んだエルグの民を表すと思う。そして、剣は武を表す」

「ラルク王国の武は、外を向く」


 シルフが、続けるように言う。


「おれたちと同じではないのか。力が外に向くというのは、今までの慣習、常識など打ち破ってしまうものではないのかと考える。そうなれば、ラルク王国との道は二つしかない」

「危ないな。隆也王よ、その考えは、危なくないか。もし――」


 ラムザスの言葉は、集約する光に遮られた。


「ったく、もう嫌だ。もう、あたしは嫌だぞ」


 響いてきたレイムの声は、突き刺すように部屋に反響した。


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