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3/3

3.違う、そういうプレイじゃない


 ああ、どっと疲れた。

 俺以上に疲れ果てていたのは、『召喚結果』を確かめるや否や、へなへなと座り込んでしまったあの魔導士たちなんだろうが。


 当然、すぐさま女王陛下に謁見とはならなかった。あのあと、よろりと立ち上がった魔導士のリーダー格は、『能力開示』の衝撃的かつ悲劇的な結果を女王へ報告しに行ったらしい。かわいそうなほどの震え声で俺に伝えられたのは、「一晩待機」との命令だった。


 十八回目にして、このイレギュラーだ。

 今ごろ話し込んでいる魔導士たちと女王、それとおんなじくらい、俺も参ってる。


 俺の宿として宛がわれたのは、王宮の東側に位置する騎士団宿舎のひと部屋だった。精神的疲労のあまり墜落するように腰をおろすと、ぎっこん、と古びた木枠の音が鳴る。

 たてつけの悪そうな窓ひとつ、誇りくさいカーテン、使い古されたデスク。『強くてニューゲーム』状態を維持していたここ十数回じゃ、まったく考えられないほど寂しい待遇だ。


 十八回目に飛び込む直前、怒りにまかせて殴りつけたあと、ノイズがはしったウインドウに浮かんだ文字列はこうだった。


【 こコまでの人生ヲ 贄トしマすカ? 】


「バグってた、よな……」


 あのときの興奮した頭では「世界が隙を見せやがった」なんてほくそ笑んだが、もしかすると、俺はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない。

 後悔先に立たず。というか、役立たず。うなだれてため息をつくほか、今夜、俺にできることはありそうになかった。いかんせん、成績がオール1なので。


「……ん? 雨か」


 意味もなく床の木目を視線で追いかけていた、そのときだ。

 ぺちょん、ぺちょん、と窓のほうから妙な音がした。隙間風の入り込んでくるほど古びた窓なんだ。雨粒が飛び込んでこなきゃあいいが――いや。


「雨、じゃ、ない」


 ぺっちょん、ぺっちょん、窓ガラスに体当たりを繰り返している。

 そう、スライムが。いやいやいや、なんで? 


「ちょっ、待て。割れる割れる、っておい、あああ!」


 案の定だ。しびれを切らしたように勢いをつけた、約十発目の体当たり。急いでガラス戸を開こうとした俺の頑張りもむなしく、ぱりん、と無残にガラスの砕け散る音が響く。


 厄日だ。大厄に違いない。


 呆然と立ち尽くす俺の悲哀をまるっと無視し、スライム(仮)は勢いよくバウンドしたのち向かいの机の上へと着地した。ぺっちょんぺっちょん、相変わらず元気に跳ねている。無傷かよ。軟体だもんな、というか、ほぼ水分みたいなもんだもんな、お前。


 うん、ふざけんな。


「雑魚スライム風情が、こンのやろう……!」


 疲労、絶望、困惑。マイナスの感情が積もりに積もっていた俺の頭は、情けないことながら、「スライム風情」に限界を迎えた。素手、おまけに力が1でも立ち向かえるんだっけ、スライムって。


 要するに、思いっきり八つ当たりをしたんだ。机の上でのんきに飛び跳ねる手のひらサイズの物体を鷲掴みにし、両手で思いっきり左右に引っ張ってやる。めちゃくちゃ伸びた。中央についている横棒みたいな両眼が限界まで伸びきったとき、「ぷきゅ」と間の抜けた声がする。

 なんだって、――ぷきゅ?


「おい、鳴いたか。いま鳴いたよな? スライムって鳴くのかよ、わっけわかんねえよ、ったくもー!」

「ぷき、ぷききっ」

「ただでさえこんがらがってるところに、お前ってやつは、このっ」

「ぷぎっ、ぷ――!」

「んだあッ、ねばねばすんな! やめろって、ひっつくな、うわ」


 スライムを手づかみにする俺。それをすり抜けていくスライム。

 十七回のどこを探してもこんなへっぽこ魔物の襲撃を初日の夜にくらったことのなかった俺は、これまでの苛立ちも相まって、十分間ほど格闘を繰り広げたのだった。


 ――あほらしい。


 ◆◆◆


 格闘ののち、先に音を上げたのは俺のほうだった。魔物らしからぬコミカルな声で鳴き続けているスライムは、ベッドに仰向けでひっくり返った俺の腹の上でぺちょぺちょ跳ねている。


 負けたんだ。

 体力勝負でスライムごときに負けた。


 敗北感と虚無感でぼうっとしていた俺は、スライムのおもちゃと化していた。されるがままだ。シャツも両手も腕も顔面も、粘液でねばねばのべちょべちょ。きもちわるい上にばかばかしい。


 魔物のくせ、こいつに敵意はないようだった。ただ、跳ねているだけ。突然あらわれ、窓を蹴破ってとんできて、俺をぐっちゃぐちゃにしているだけ。


「……おい、スライム、かっこ仮」

「ぷっきぃ」

「お前もバグか。……バグなのか」


 俺が招いた、『贄』の産物なのか。

 こいつらを従えることができるレアスキル『魔物使い』を持つものがパーティへ魔物を組み込んだ事例はここまでの周回で見てきたけれど、俺が『魔物使い』のスキルを過去に得た覚えもなければ、魔物に懐かれる特異体質になった覚えもない。


「……スライムの粘液ってな、毒性がなけりゃ、とろみ剤になるんだよ」

「ぷ、……」

「朝飯にしてやろうか、こんにゃろ」

「ぷぷぷ! ぷいっ」


 人語を解しているんだろうか。おびえたように丸っこい身体をちぢめたスライムは、「やめろ」と言わんばかりに俺の鼻の上へ飛び乗ってきた。ねっちょり、ひんやりする。


 ああ、でも、おかげで少しだけ頭が冷えてきた。


 十七回を繰り返しても、何ひとつ変えることができなかった世界。だいたいのイベントが同様の時期に発生し、それらへ対処するために、それだけの力をつけるために、ひたすら自分自身の能力を高めることだけに費やしてきた『これまでの人生』だった。


 それが今、――変わろうとしている?


 オール1も、スキルなしも、へんてこスライムの襲撃も。あらゆる変調は、むしろ吉兆と捉えるべきなのかもしれない。そうすると、こいつを食うのは惜しいな。


「……おい、スライム」


 鼻を潰していたスライムを引っぺがし、俺が前向きな提案を持ちかけようとした、そのときだった。


「きゃっ、……」

「……えっ」


 か細い悲鳴。聞き覚えがある。

 慌てて上半身を起こした俺の目の前、木造りの扉の内側に、――彼女が立っていた。


 黒の上下に白エプロンのお手本のようなメイド服。ひとつにまとめられ、肩下まで流れたキャメル色の三つ編み。同じ色をしたまんまるの瞳。武闘派のこの国では実に貴重な、可憐さあふれる清楚な声。


 共に旅をすることはなかったけれど、十七回の召喚を通じて、ずっとずっと俺の癒しでいてくれた存在。


「アメリア……」


 王宮メイド、アメリアだ。


 遠出から帰った俺を、「おかえりなさい」といつも出迎えてくれた彼女の笑顔が目に浮かぶ。『今回』の彼女とは初対面だっていうのに、バグったとしか言いようのない世界で初めて思い入れのある顔に対面することができて、思わずその名を呼んでしまう。


 さて。通常なら、「どうして私の名を?」と戸惑いがちに返されたところだろう。しかし彼女の反応は違った。ぜんぜん、まったく違った。


 桜色の唇をふるふる震わせて、両目は俺を凝視している。「あ、あ」と悲鳴の断片みたいな声を上げながら、アメリアは俺を指さした。


「ノックはしたのですけれど、わ、わたくし、失礼しました……っ!」

「……うん?」

「竜騎士様がそのように、おか……特殊な嗜好をお持ちとは露しらず、あの、あの」


 顔面蒼白だ。俺の癒しであるアメリアは、蔑むべきか、憐れむべきか、というふうに瞳をうろうろさ迷わせだした。何かがおかしい。それから、俺はこういう視線を知っている気がする。異世界で、――いや。召喚前の世界で?


 ぴん、と思い至った。

 ああ、これ、女子が心の底からドン引きしてるときのやつだ。


「特殊って、…………あ」


 それから、一瞬遅れて最大の失態に気づく。今の俺は、はたから見てどうだ。上から下まで、粘液だらけのねばねばつやつや男。つまり、なんか、そういうプレイに励んでいたと思われてもおかしくないわけで。


「あの、誤解。誤解なんですよ、これ、アメリアさん」

「いやあああ! 近寄らないでくださいっ、変態さん!」

「へんた……いや、ぬるぬるだけど! これは誤解で」

「すみませんごめんなさいっ、お楽しみのところ大変失礼いたしましたぁーっ!」

「ちが、……違うんだってえぇ!」


 アメリアのあらぬ誤解を解くまでに、俺はたっぷり十分を要した。その間スライムが何をしていたかって?

 ぺちょぺちょ跳ねてたよ、能天気にな。


9/3(日)まで昼夜二回更新です!

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