2.『バグ』った代償
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ざわめきがだんだんと近づいてくる。俺の全身を包んでいた光がやみ、はっ、と息をのむ音がした。
(さて、……このくらいのタイミングか)
乗り物酔いに似た若干の気持ち悪さをいなしつつ、ぱちん、と目を開ける。
その瞬間、俺の周囲をぐるりと囲んでいた王宮付きの魔導士たちがいっせいにこっちを凝視した。色とりどりの髪、両眼。仰々しいローブを纏い、杖を携えた男女たち。
うん、さすが異世界。初回はこれだけで声も出ないほど仰天したっけな。何せ、日本の自宅から外国に吹っ飛ばされたとばかり思っていたんだ。
対する俺はというと――かかとを覆う長さのだらしない黒ジャージ、着古してよれよれの白いTシャツだ。黒髪で黒目はもちろん、おまけに寝癖もつけてやる。どうだ? これがお前らの呼び出した異世界人だよ、参ったか。
俺の風貌のみすぼらしさに言葉を失っていたらしい魔導士たちだが、ある一点を認めた瞬間、あちこちからにわかに歓声があがる。
「あれを見ろ! 火竜の紋章だ」
「間違いない、やっと、やっとだ」
「ああ、竜神様のご加護よ……」
彼らの視線が注がれているのは、むきだしの俺の右手の甲にある紋章だ。
異世界ウェルトバウムで神として祀られている竜神、四属性のうち一角である火竜。国ごとの領地で四分割されたこの世界において、南に位置するこの国――フランベルグの民たちは、火竜をもれなく心のよりどころにしている。
それほど信仰心の厚い国で、なぜわざわざ異世界人の俺が必要とされたのか? そのやむにやまれぬ事情については、後ほど女王陛下から直々の説明があるはずなのでひとまず置いておこう。
で、魔方陣の上に座り込んだままの俺の態度をどうとったのか? 魔導士のリーダー格らしい壮年の男が恐る恐る近づいてくる。混乱のあまり気が狂ったとでも思われたら厄介だ。ここは十八回目なりの配慮を見せてやることにした。
「少年、気は確かだろうか」
「はい、問題ないです。ぴんぴんしてますよ、ほらこの通り」
「あ、……ああ」
酔いもだいぶ収まった。勢いよく立ち上がり、右手をグーパーする。もちろん、甲の紋章を見せつけるように、だ。お目当てのものを眼前に差し出された魔導士は、喉仏をゆっくり上下させ、ごくんと唾をのんだ。
「突然のことで驚いているだろうが、我々は君を異世界から呼び寄せた。召喚術、という言葉を知っているか」
「俺の世界にはありませんけど、事態はなんとなく理解できます」
「そう、か。……歳がずいぶん若いと見える。親御さんや友人と離れ離れになり、戸惑う気持ちもあるだろうが、どうか」
「あ、いないんで」
「……は」
「いないんで、大丈夫です。お気遣いなく」
これも二回目以降はお決まりのやりとりなんだけどな。毎度「しまった」という顔をされるんだから、こっちのほうが気まずい。友人がいないのは事実だが、親がいないというのはいささか語弊があるんだけれど――ま、説明するのはあとでいい。
それよりも、至急、確認したいことがあった。俺のステータス画面だ。
敵味方の『能力開示』は高度な白魔法で、最低でも白魔法スキルがA以上でないと扱えない。便宜上この世界にやってきたばかりの俺が、ここでいきなり無詠唱魔法を披露するというのは無理がある。
理想的というか、スムーズな流れはこうだ。
この魔導士に『能力開示』を使わせ、俺が飛びぬけたステータスを持っていることが周知される。そのあと女王陛下に謁見し、火竜の紋章について説明を受け、暫定的に王国竜騎士としての行動を許される、と。
そしたら、
(……真っ先に会いに行ってやろう、あいつに)
火山地帯の奥地にある神殿、そこを棲み処とする火竜・ティコ。彼女と契約を交わし、俺は初めて正式な『竜騎士』になることができる。外交面でも武力面でも国の顔となり、実働要員の内では国内トップの権力を得ることができるんだ。
正直、今でもあの光景が焼きついたまま離れない。体感的には、ついさっきまで俺の人生だったはずの『十七回目』――そこで、俺はあいつをひとりぼっちにしてしまったから。我を忘れて狂い、あれほど愛していた世界を焼き尽くして泣き叫び、暴れるほどに。
最期の姿を思い出すだけで、心臓がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。
「……少年」
「あ、……はい。すいません」
いかん、ずいぶんぼうっとしていた。壮年の魔導士は俺の額に手をかざし、「ちょっと光るだけだ、痛みはないから安心してくれ」と声をかけてきた。いよいよ『能力開示』だな。
これにより、所持スキル、ステータスの数値がはっきりする。ギルと所持品まではわからないらしいが、ざっと個人の力量をはかるにはじゅうぶんだ。
男の唇が詠唱のために動く。この瞬間は眩しいから、いつも目をつむるんだ――
「…………なん、と」
数秒の間を置いて、魔導士は掠れた文句を零した。違和感を覚える。経験上、例えば「おおっ!」とか「なんと!」とか、感嘆の叫びがあったはずなんだが? 初回だって召喚ボーナスらしきものがついてきたから、俺の能力初期値は騎士団長より高かった。
慌ただしい足音と共に、魔方陣を取り囲んでいた全員が駆け寄ってくる。どちらかというと悲鳴に近い掠れ声は波紋のように広がって、瞬く間にどよめきになった。
(……どういうことだ)
一片の予感がよぎる。俺がこの十八回目のために捧げた『贄』。人生、だったか。例えばその対価としてとんでもないスキルを手に入れてしまったとか? いやいや、十七回目で出揃ったあれ以上に凄まじいスキルって何だよ。
期待半分に目を開けて、「あの」と魔導士に声をかける。俺とばっちり目が合った魔導士は、予想に反して、隕石が降ってくる三分前みたいな絶望の顔をしていた。
「ちょ、見せてもらえますか」
手のひらにいやな汗が浮く。想像しうる限りの最悪で頭がいっぱいになる。まさかな、身体まるごと『魔物』になっていたとか? それともなんだ、ハーレム系異世界召喚ものにありがちの、不埒なスキルでもついてたか。
魔導士を押しのけた先で、俺が見たものは。
「…………うそ、だろ」
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Lv.1 ソウタ・クルルギ(所属:異世界)
<能力値>
力:1
魔力:1
防御:1
魔防:1
速さ:1
幸運:1
<所持スキル>
なし
<称号>
逾樒ォ懊?逶ク譽
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いやいや、突っ込みどころが多すぎる。なんだこの、退学待ったなしの通知表みたいな1の羅列。おまけに文字化けって、バグかよ? 殴ったからか。壊れたテレビを痛めつけるみたいに、俺が何度もドンドンしたからか! そんなわけ、――ないともいえない。
「おいおい、……おい」
ああ、確かに承諾したさ、『これまでの人生を贄とする』ってな。何かを失うことも覚悟していた。それと同じくらい、何かしらの見返りや変化があるんじゃないかって期待もしていた。
していた、けどさあ。
求めてたのは、
「こっ、……こういうんじゃねえ――‼」
竜騎士どころか村人にも劣るんだが? 俺。
ご覧いただきありがとうございました。
次話、ヒロイン①登場予定。