すべてを
「ふふ、……君にはどんな言葉をかけても足りないな……グレン」
アズレアは僅かな嗚咽を呑み込んで、誇らしげにグレンの頰を撫でた。
野に吸われるおぼろな薄明が青髪を淡く照らし、煌めいている。加速の風に大きく靡いていた。
「当たり前だ。言葉だけで済ませると思うなよ……。視聴者だってサービスシーンってやつを望んでるだろ。バッドエンドよりずっと、ずっとな……!」
アズレアを抱える手に一層力が籠もる。
グレンはとうに果てた息を呑み込んで、強がりみたいに笑みを向けた。疾く、疾く、海から離れ、ネオンに満ちた摩天楼から遠ざかり、荒涼とした大地へと駆けていったが。
すぐ目の前に落ちる霹靂。雷光が視界を劈いて地を焼き斬った。«第六視臣»によって瞬間的に直撃を避け、苦悶を浮かべ立ち止まる。
「だから、……退きやがれ。【碧靂】……!!」
「退かしたいなら退かせばいいじゃないかぁ。君はもう全ての手札を使い切ったのかもしれないけどさぁ……!! けど、あの一手は……凄く痛かったよ」
飄々とした笑み。なんてことのない様子で口にする称賛。
巨獣を射殺すためのサテラカノンでさえも彼女を殺すには至らなかった。
焼かれ消し飛ばされた身体から漏れ出る光の粒子。吐き出されていく煙は血肉を焦がした臭いを帯びていた。ちぎれた腕は再生せずに碧に蛍光する断面を露わにしている。しかし悠然と、なんてことのない様子で【碧靂】は歩み寄る。
「おかげで都市から出る羽目になった。ここじゃあ、ワタシの身体も再生できないんだ。君はそれを狙って街から出たんだろうね。けど、それでもワタシは来た。……意味はわかるだろう?」
飄々とした態度は一転し、光輝する双眸が鋭い睥睨を突き刺した。
――もう逃げ場はない。燦然と輝く稲妻と交戦するほかない。……動揺はなかった。ヴェルディオの炎が絶えることはなく燃え続けていたから。
全身を巡る色がどこまでも照らしていて、全てを眩く、鮮明に映し出している。だから、怖れることはない。
「俺はどんな敵でも倒せる。倒さなきゃいけない。じゃなきゃ、俺は俺の物語を終わらせられない……!!」
グレンは冷静に対峙した。ゆっくりとその場をアズレアを下ろし、【碧靂】へ«蒼輝刀»の切っ先を向ける。
「ふん、……アシスタントがこうも頑張ってくれるものでな。我もこれ以上の醜態は見せられぬ……!! グレンも、ヴェルディオも、アレキサンダーだって、誰も我を責め、罵り、断罪することはなかった。……全てを賭けてくれている。ならば我が、しっかりしなくてどうするというんだ!」
アズレアはガタが来ている機体で必死に双刃を握り締め、決然と眦を裂いて涙を置き去りにした。青く透き通った双眸がただ一点を見据える。
ヴェルディオの残影に囚われ、雷に脅えることはもうないだろう。
グレンの隣、研ぎ澄まされた青い刃先を突き向けた。すぐ背後で、ぼよんと。誇らしげに足音が響く。
アレキサンダーにとって、これ以上の言葉は不要だった。
「……なるほど、眩しいね」
何気ない一言と共に放たれる雷砲。激しく迸る稲妻は南条もの亀裂を走らせて荒野を埋め尽くし轟く。
「導け!! 《蒼輝刀》!! ッーー……!!」
雷轟をかき消さんと蒼光を連れ叫喚した。
全身を焼かれ削られながらも、生命も魂も燃やし、全てを注ぎ込む。全て賭して霆を斬り裂いて押し返す。
焼かれ迸る鮮血が雷光の飛沫を舞い上げながら、赤い荒野を塗り潰す色同士が衝突し続ける。
牙を剥き出しにして雷槌と蒼刃がぶつかり合うたびに凄烈な火花が爆ぜる。
「俺は……ッ!!」
叫び続けた。死力を尽くし超えなくてはならないから。自分に血肉と人格を与えてくれた者であろうと関係ない。万人を畏怖させる色付きであろうとも関係ない。
――――ボクとのたーいせつな思い出が綴られたグレンにはね。幸せになってほしいから――奔るのぽ!! とまっちゃだめのぽ!!
親友の言葉が背を押しているから。
――――誓えよ!! 青色に!! 誰が死のうがお前が死のうが! 絶対に、二度と手を離すんじゃねえ!!
悪友と共に誓ったのだから。
――――心が何度挫けても、倒れて足がとまっても。何度でもオレ達が起こしてやる。背を押してやる。道を作ってやる。だから、オレ達を信じろ
青色に託されたから。
「俺は、俺自身で行く先を決めるんだ……ッ!!」
だから、――強く剣戟を振るう。魂から際限なく激情を振り絞り燃やし尽くす。どれだけ傷つこうとも構わない。蒼で全てを染め上げ、果てなく轟く稲妻を斬り拓いてみせる。
「アズレアッ!!!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
獣のごとき咆哮をあげて、雷撃の中に生まれた道をアズレアは全力で駆け抜けた。地を踏み蹴り、アレキサンダーに背を押され加速する。
――宙を舞った。双刃を薙いで廻り、地に足を着けると同時、【碧靂】の身体を斬り裂く。
エーテルの血飛沫を正面から浴びながら、喉頸を、肩を、頰を、腕を、青く燃え上がる二本の刃で斬り続ける。
斬撃の円弧を描いて、研ぎ澄まされた青い輪舞が、一閃が、数多に広がり、重なり、煌めいて斬りつける。青い炎が碧雷を焼き消して、【碧靂】の再生は確かに追いつかなくなってきていく。
だが、仕留めるに至らない。
空を貫き地を穿つ稲妻は未だ健在で、その悠然とした笑みが絶えることはなかった。斬られ、血飛沫を舞い上げながらも双刃の一振りを真っ向から鷲掴み、握り締め、破砕する。
「ッーー……アズレア、君の身体が全盛期の状態なら危なかったけど一手、足りないよ……!!」
そのまま青色を押し潰し、アズレアを地面に叩きつけた。大地に広がる何条もの亀裂。彼女の動力源へ、雷鳴が振り下ろされる。――刹那。
二つの色を縫い潜るように、か細い緋色の蛍光が尾を曳いて閃く。
死地に飛び込み靡く銀の髪。鋭く長い切っ先が朝焼けを映し、鈍色に煌めいていた。
「君がどうしてここにいるんだい……!? 【剣――」
「その名は私ではない…………!」
【碧靂】は驚愕し、ほんの一瞬、逃げ遅れた。
長身の一刀が横薙ぎ、雷光を切り裂いて深々と【碧靂】の身体を抉る。
「インクが切れたら君は消えてしまうのにッ……死ぬのが怖くなくなったの……?」
「……ただ生きるだけでは私には何もかも眩しいんです。暗闇のなかにいても目も開けられない。私はただ、……ただ、光のなかで堂々と目を開けられるようになりたくなっただけだ……!!」
カーディアは勢いのまま刃を引き抜いた。二度、三度、誰よりも研ぎ澄まされた斬撃を振るい、【碧靂】の身体を斬り飛ばす。
そして――――
「映せ……! «別ち刃»」
届かなかった一手を打った。
異界道具の引き金が唱えられると同時、距離の操作によってグレンは【碧靂】へ肉薄する。
見開く双眸。交錯する視線。
「――――!!」
「なるほど、やられたなぁ……一手、ワタシが――」
激情を、誓約を、約束を、想いを。
«蒼輝刀»へ収斂させ続けた青さを解放する。
グレン・ディオウルフは踏み込み、唱え叫んだ。
「導けッ!!!!」
空間の切断。
【碧靂】の胸部へ蒼く輝く切っ先を押し込み、突き破る。
「«蒼輝刀»オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
あらゆるものを斬り消す斬撃が蒼く炎を舞い上げた。
途方もない雷撃の渦を、赤い大地を、灰色の曇天さえも貫き、穿ち、大穴を開ける。
空気が震撼した。
衝撃は玲瓏として残響を鳴らしていく。
戦地の中心だけがぽっかりと雲を失って、青天のもとに照らし出されていた。
「っ……!! フーー……! はぁ……ッー、はッー……あー……!」
全身で呼吸をしていく。息は果てていて、乾ききった喉は血の味がした。
ゆっくりと、切っ先の奥を見下ろした。
エイン・ルシフェラーゼの分身体は跡形もなく消滅している。あとは、この街から離れれば約束を守れるだろう。
「アズレア、……褒めてくれよ。すご、いだろ…………」
「嗚呼、君は……すごいさ。君は、最高だとも……!」
互いに求め合うように歩み寄っていく。しかし、ぐらりと。
グレンは力尽きるようにアズレアへ体をあずけた。
衣服を碧の血が染めていく。傷だらけの肉体が再生できなくなっていたのはグレンも同じだった。視界が霞んでいる。拍動はゆっくりと、音を失っていく。
「あとは、…………ここから、離れれば……。俺達、ふふ……たくさん、報酬は、もらうからな…………」
蒼い炎が消えていく。灰が風に散っていった。残り火が揺れていく。アズレアは強く首を横に振った。必死になって力強く抱擁した。
「嗚呼、いくらでも……! なんだってくれてやるとも……!! 惚れた我はすごいぞ……!! とても配信できない、だから……だから――」
「……すこし、疲れ……――ガッぁ!?」
意識が消えゆく寸前、無遠慮にグレンは体を引っ張られた。訳がわからず振り返ると、顔を歪め怒りに満ちたナドゥルに渾身の頭突きを見舞われる。そして有無を言わさずビチャビチャと、ムギに何かを浴びせられていく。
周囲に迸る僅かな雷電。傷が塞がっていく。
「ッ~~~~……!?」
「なああああああにがすこし疲れた……だ! 自分が今ここで死ぬと思っている格好つけが。お前は何度アズレア様を泣かせれば気が済むんだ? ……はあ。インクはどうしようもないが。エーテルならどうにかなるとも。バイオ燃料だからな。……大きい都市なら売っている」
「これでグレン様の怪我は大丈夫です。えへへ……役にたててよかった」
バン、と。二人に強く背中を叩かれてアズレアの方へと押し返された。
気まずいようにグレンはアズレアを見つめ、彼女もまた、困惑と気まずさと恥ずかしさを前に顔を真っ赤にして目を見開いていた。一瞬で溢れ出た大粒の涙が、青い瞳を潤ませている。
「あーー……ええと。……惚れたアズレアは凄いのか?」
気まずさを誤魔化すように冗談を絞り出す。いっそのこと、ビンタぐらいされる気概で尋ねたが。
「ふふ……。そうだとも。とてもすごいぞ」
アズレアは蠱惑的な微笑みを向けて、開き直るみたいに再び抱きしめた。遅れを取るようにグレンが背に腕を回したときには既に、つま先立ちをして、唇が触れていた。
優しく、穏やかに、柔らかく。数秒。
グレンは更に深くまで求めようとしたが、不意に思考の全てが眠気に満たされて、気絶するように意識を手放した。
「……そういえば、そんな誓約をつけていたな。……かと言ってこうもすぐに、……たわけめ」
呆れながらも親しみ深い様子でぼやいた。ひとときの眠りについたグレンを、ひょいとアレキサンダーが背負う。
「君たちも一緒に来るかね?」
何事もなかったかのようにアズレアはナドゥルとカーディアに尋ねたが。
「いいえ、……結構です」
「絶対に行けません…………アズレア様。オレが、死んでしまう。憎悪で」
即答された。
聞いてもいないムギだけが媚びを売るみたいに尻尾を振って、行きますとばかりにウンウンと頷いた。
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