蒼い刃
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
弾丸がアレキサンダーを貫き切り裂く。鯨を殺すための爆雷銛がすぐ足元に着弾し、業火と轟音が膨張して爆ぜた。
ぼよんとふざけた音を発して吹き飛ばされた戦士の身体は、繊維質が解け、傘が抉れ、細胞の多くは雷撃によって焦げてしまっていた。
それでもグレンを離そうとはしなかった。笑みを浮かべたまま決然として生命を削られ続けていく。
「誰かを守るポルチーニの戦士は絶対に倒れない無敵で美味しい肉盾のぽ!!」
吹き飛ばされようとも、泥の味を啜ろうとも立ち上がり続ける。引導を渡さんと振り下ろされた雷斬を、アズレアは真っ向から受け止めた。
青い衝撃波が激突し、光の飛沫を飛散させていく。
だが、消しきれない。感電する四肢。突き抜けていく電気信号はただの破壊的な電流、電圧ではない。機体を動かすための意思の伝達さえも阻み、どうしようもない硬直が生じる。
「我は――青色、なんだ……!! 色付きの便利屋なんだぞッ……! ファン一人さえ怪物から助け出せずに、守りきれずに……便利屋など名乗れたものかッ……!!」
アズレアは牙を剥き出しにして叫んだ。
「無意味だなぁ……それはもう死んでるのに。ワタシにしか再起動ができないのが理解できないのかい?」
動けない身体を抉るように突き刺す鋭い蹴り。着弾と同時に轟く雷鳴。
迸しる途方もない電圧を前にアズレアの華奢な身体は転がり、何度も地面をバウンドしながら吹き飛んだ。
「ッ……。まだだ……。たかが色付きの攻撃を一発、二発と喰らってくたばるほど我は……柔らかくはないものでなぁ……? それに、グレンが貴様の予想通りになるはずが……なかろう。貴様は、とんだたわけだな。だから、捨てられるのだよ」
強がりも限界だった。機体はとっくにオーバーヒートしている。機体を動かす動力源にガタがきたのか、視界が震える。レンズの一つが潰れたらしい。自動修復もできない。
「可哀想に……ありもしない希望に心まで焼かれてさ。ヴェルディオは君を命がけで助けてくれたのに。今ここに、都市の青は塗り潰されて消えるよ」
ボロボロのアズレアを嘲り、【碧靂】は華奢な頭部を鷲掴み、持ち上げた。握力によってフレームが軋み、頰に亀裂が奔っていく。
最中、アズレアが浮かべたのは不敵な笑みだった。
「……自分の魂が消える瞬間がそんなに愉快かい?」
「いや、どうにも――――貴様の色が塗り潰されて見えぬものでな?」
瞬間、【碧靂】は人間の形を留めることをやめた。
光輝する瞳を無数に形成し、即座に背後にまで視野を広げる。
映り込んだのは死んだはずのグレン・ディオウルフと、途方もない蒼色の光輝だった。
そして――斬撃。
不可避の刃が【碧靂】を両断した。
噴き出る多量の雷撃の血を塗り潰し、消し飛ばして。アズレアを鷲掴む腕を斬り落とす。
だがそれだけで腕は動きを止めなかった。宙を漂い追従してくるから、更に斬り伏せる。ヴェルディオによって綴られた剣術で以て細切れにしてみせた。
宙に放られたアズレアは回転しながら受け身を取って、目を覚ましたグレンを前に安堵と歓喜と、怒りと……多くの想いがぐちゃぐちゃに混ざって、それでもなんとか飄々と笑みを浮かべてみせたが。
「グレン……? ヴェルディオ…………?」
ボロボロの背に二人の姿が重なって見えて、どうしようもなく息を呑んだ。
「……あのクソ野郎は、ヴェルディオは好き勝手やってくれたよ……! アズレアと顔合わせるのが恥ずかしいだとか、言いやがって……! 勝手に――俺を助けてくれて……!」
両断した【碧靂】の肉体は既にもとに戻っていた。周囲を漂う発光生物のエーテルが彼女の身体に吸い込まれていく。
グレンは毅然として切っ先を向けた。
燃え上がる。全身を昂らせる青い炎と共に、胸と双眸に詰まったあらゆる感情が振り切れる。……涙など流さない。これ以上は流れやしない。
「だけど、言葉を伝えるのは――全部終わらせてからだよな……!! ヴェルディオッ!!」
だからグレンは力強く言葉を刻んだ。
まだ配信が続けられているかは分からない。だが、この瞬間を目する全ての人間に青い生き様を刻みつけんとして前へ踏み込む。背を押されるように疾走り出す。
青色はエーテルの碧血と混ざり合い、握りしめる刀と同じ色へと変わり――。
グレンは蒼く煌く刃となった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
雷撃を、距離を。阻む全てを一瞬で斬り消して、«蒼輝刀»を閃かせる。
剣から氾濫する力の波動が血と砂塵を舞い上げ、死体と瓦礫を吹き飛ばして周囲を蒼で埋め尽くす。
渾身の力をもって驀進し、激突した。
「ッ――身の丈に合わない力だなぁ……!? 君一人で背負いきれるものじゃないだろう……?」
「ッーー……俺は、アズレアと会ったときから一人だったことは一度もない。そもそも、この力を、……俺一人が背負っていると思うのか? だから……あんたは人の心を理解できないんだ……!!」
«青き番犬の禁章»が刻む火文字が宙に揺れる。
『青い背を押した者の想いに応えなければならない』
ヴェルディオが遺した最期の誓約が際限なく力を湧き上がらせる。
バカはヴェルディオ一人ではなかった。青い炎が背を押した者の銘を刻んでいく。退路を作ってくれたコードウォーカーの連中。アレキサンダー。
果てに野次ばかり飛ばして茶化し続けてきたはずの視聴者までもが背を押しているらしい。
クロウサ、ルルセ、シシバナ、フォクス、ヤツハ……――ナドゥル・クリシュナー。数多の名の数だけ誓約が刻まれていく。青い光が膨れ上がる。
【碧靂】は笑みを引き攣らせながらも避けようとはしなかった。
悍ましい無数の瞳で正面から蒼色を見据え――雷槌を撃ち放つ。
途方もない光の破壊力が真っ向から潰し喰らい合った。
浴びる雷撃。空間を消し飛ばす玲瓏とした轟音。閃光。
衝撃は雷炎を散らし、数瞬のあいだ拮抗し――――。
蒼色が【碧靂】の稲妻を引き裂いた。腕を消し飛ばし、エーテルの血を青で塗り潰して制御を奪う。
空間に亀裂が奔った。けたたましい残響が広がっていく。途方もない加速が砂塵を舞い上げていた。
「ッーー……! フーー…………!」
全身を襲う反動に息が果てていく。破裂しそうな心臓の鼓動のなか、痙攣する手を強引に抑え込んだ。
砂塵が晴れていく奥、釘付けにするような眩い碧光がその姿を現した。
「相打ちとはいかないなぁ……。ワタシが火力負けしたのかなぁ? うん、いい一撃だったね……!」
周囲に雷閃が瞬いた。周囲の金属が電磁力によって浮遊したと同時、狂笑が肉薄する。
グレンの加速を真似るように、否、それ以上の瞬間加速をもって残った腕で頭部を強く鷲掴んだ。――そして放電。
「ガッぁ……!! ッ……!」
黎明の薄暗さを劈く雷鳴と閃光。グレンは地獄のような激痛を前に苦悶しながら、視界を塗り潰す碧の奥を確かに見据えた。
「ようやくか……遅いんだよ。俺を殺そうとしたときは早かったくせに……!」
«第六視臣»が映し出す殺意。
遥か遠くで、グレン・ディオウルフごと消し飛ばさんと、光砲銃の引き金が振り絞られた。
「これで死ぬならお前も死ねッ! 寄生虫の蛆虫め。だがアズレア様が選んだ男が、たかがオレの攻撃などで傷つくと思わないがなッ!!」
きっとナドゥルはそう叫んだはずだ。
そして、一条の光が放たれる。
空気を切り裂く轟音。眼前に迫る純白の煌炎。怪物を殺すために作られた絡み手の欠片もない純粋な破壊の力。
あのときと同じだが、違う。光は遥かに巨大であり、蒼色は遥かに色濃く全身を巡っている。
「破壊させたはずなんだけどなぁ……!」
【碧靂】が初めて顔を歪めた瞬間、グレンは双眸が映し出す道筋を描いた。腕を斬り飛ばし、身を屈め疾駆する。
「アレキサンダー!!」
「大丈夫のぽ!」
――疾く、疾く。光が全てを呑み込む前にアズレアを抱きかかえ、光が呑み込む前に進むべき先を走り斬る。
夜から遠ざかる。街を照らす絢爛な灯りはもういらない。
朝焼けへ踏み込む。地平線にまで伸びる線路を頼りに、ただまっすぐに駆けて――都市の外に出た。
赤く乾いた荒野は暁の影を深く差していて、曇天の奥、朧げに登りつつある陽光だけが大地を照らしていた。




