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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:終わるまえに
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信じているのに

 【碧靂】の手がミシミシと、グレンの頭を軋ませ奏でる。


「我からもう……奪うな。奪わないで――ッ……! 我の、グレンを――返せッ!!」


 アズレアは声を引き攣らせながらも、あらん限りに叫び立ち上がった。


 全身を巡り、造り物の身体を支配する碧雷を振りほどき、引き千切り、光の飛沫を浴びながら青く透き通った双刃を構える。


「大丈夫……大丈夫だよ? 君も、ワタシのものだ。だから、泣かないで。アズレアぁ……君は笑っているほうが美しいよ?」


 飄々とした態度で、本心から慰めてくる【碧靂】へ、アズレアは躊躇いなく急迫した。距離をかき消し、青く燃える双刃が何条もの円弧を一瞬で描いた。


 斬撃の軌跡が雷光を塗り潰し、グレンを鷲掴んでいた腕を容易く斬り飛ばす。舞い上がる血しぶきと共に生じる夥しい雷鳴、雷轟。


「……人でなしが、化け物が――……!」


「ふふ、お揃いだね。君の身体も人じゃないみたいだからさぁ……」


 避けようもなく正面から雷撃の海にのまれた。青色を碧一色に埋め尽くされていく。――構わなかった。


 アズレアは牙を軋ませ、致命的な負荷を訴えかける機体を酷使して斬りかかり、塗り替える。


 ぼよんと、背後で跳ねたふざけた足音を信じ、グレンのほうを振り向いたりはしなかった。


「ッーーー……フーー……!!」


 必死になって焦燥を飲み込むと胸の内側を灯す青い炎が激しく揺らいだ。


 ――生きて帰る。この街から出る。グレン・ディオウルフにお礼をする。なんだってする。彼の終わりを見届けるまで、旅をする。


 そんな願いを燃やし、青く、青く光輝し続けると同時、喉を涸らし、指先を震わせる想いがどうしようもなく目を血走らせる。


 今すぐにでも泣き出したくなる。すべてを投げ出し、わんわんと泣き喚いてしまいたくなる。


 グレン・ディオウルフの身体にぽっかりと抉れ空いた大穴が頭から消えない。絶え間なく流れ落ちていくエーテルの血は濃厚に臭い続けている。……肉体は再生する様子もなかった。


 ――グレン・ディオウルフはまだ生きているのか?


 理性が問いかける瞬間、身体が途方もなく重くなる。動けなくなってしまいそうで、激情で塗り潰す。


 呼吸の必要なんてないのに、湿った空気を荒々しく飲み込みながら、青く研ぎ澄まされた切っ先を【碧靂】へ向けた。


 電光は眩く、視界が眩む。……どこを見ても変わりっこない。


 自分達が向かう先は闇ばかりが広がっていて、光もないはずだというのに嫌になるぐらい目が眩む。涙で霞む。


 ――――一人じゃないはずだ。師匠ヴェルディオと共に【碧靂】と交戦したときよりも助けてくれる者がいるはずだ。グレンは……目を覚ましてくれるはずだ。…………逃げ切れるはずだ。


 積み重なる希望論。暴虐に機体をスパークさせる雷撃。


 ……どうしようもなく嗚咽がこみ上げそうになる。大粒の涙を止めることもできなくて、顔を覆ってしまいたくなる。


 グレンは信じてくれていたのに。


 我は――我は――なんて弱い。


 折れそうになる心。


 反して、爛々と夜の闇を貫く青い光は光輝を増していく。


 子供じみた願いが膨れ上がる。自分への怒りが膨れ上がる。


 激情が、悲憤が、胸のなかで暴れる。グレンが涙を拭ってくれた頬が未だどうしようもなく熱い。


「我が――我がッ――信じないでどうするんだッ……! たわけめ!! 愚か者め!!」


 自らに激怒した。


 長い髪を乱し繰り出すのは人間には不可能な可動域がもたらす青い斬撃の連続切断。残像を帯びて振るい続ける斬撃が幾重にも重なり合う。


「バカばかりだッ!! ……師匠もアレキサンダーも、グレンも……! どいつもこいつも無謀でバカで格好つけで……!」


 雷撃を斬り裂き、都市の電力を回収し再生し続ける血肉を斬り裂き、その度に高電圧がすべてを焼き溶かす。髪を焦がす。――構わない。


「許さない……許しはしないぞ……!! 勝手に死ねると思うなよ!! グレン!! 我はまだ君に何もしちゃいない!! 君のッ……邪な気持ちに答える準備ぐらいしてたのに!!」


 多少醜くなろうとも、彼はきっと抱きしめてくれるだろう。だから斬り続ける。削ぎ落とす。闇を飲み干した雷光の下へ身を投じ、翻し、殺し合う。


 生きて帰るために。この都市ではないどこかに共に行くために。ただどうしようもなく色と色が激突しあった。


 どこにこれほどの力が残っていたのかは分からない。魂を機体に結びつけていた力を使い果たそうとしているだけかもしれない。それでもアズレアは僅かな間、【碧靂】と渡り合える状態にまで昇華していった。


「許さない……かぁ。けれどアズレアぁ、君が一番理解ってるんじゃないかなぁ。君も、グレンもさぁ、とっくに限界を超えてるってさ」


「限界……だと……ッ!」


 絶え絶えの言葉で睥睨し斬閃を描いた。雷鳴を斬り裂いて青い火花を散らすと、幾度となく凄烈な光と交錯し続ける。


「そうさ。当たり前だろう? 元から肉体は死者のもの。グレンはインクが滲んで生まれただけのもの。心身を動かすのはさぁ……ワタシの血なんだ。どうして、動けると思うんだい?」


 突き付けられた現実を拒絶するように、僅かな可能性があることを信じすがるように、死にものぐるいでアズレアは連撃を振るった。雷の濁流を浴び、呑まれながらも地を蹴り砕いて跳んでみせる。


「ッ――――ッ、あり得ないことでさえも起こった事実があるから、奇跡という言葉があるのが知らんのかね? 我は体現者だとも。なんの結びつきもないこの機械の身体に、我の魂がしがみついているのが見てわからないかね?」


 必死の強がりだった。認められるはずがなかった。だから力任せに剣戟を振り下ろす。【碧靂】は淡々と弾きいなした。


「何度も二色を行使し続けて、腕を斬り落とされて、体中を切り裂かれて、目をえぐって、銃で撃ち抜かれ続けて、雷撃で内臓を焼かれて、心を抉られて、沢山の者を犠牲にして、異界道具で魂を燃やして、休むことなく戦い続けて、インクの補充もなくさぁ……! ふふ、磨かれ続けて綺麗な色になっていったね。けど、磨くっていうことはさぁ、削れていくってことだろう?」


 構わずに振るい続ける連続斬撃。跳び、地を滑り、球体関節を軋ませて生み出す三次元的青い軌跡が喉頸、腿、腕の内側と的確に血管を斬りつける。


 だが、どれも致命傷になり得ない。当然だ……。【碧靂】は人間ではない。電力そのものであり、目視もできないポリプ達の集合体だ。


 切り裂けば小さな個は数多に死んでいくが――キリがない。それどころか、周囲に飛び散るエーテルの血が電気信号を生み出して、周囲に散らばる数多の死体を強引に起こしていく。


「アズレアぁ……君はとんだ悪女じゃないかい? 大切な人を騙し、諦め、利用し、こんな……死ぬまで酷使するなんて。ワタシは違うよ? 大切じゃない者からこうして、使っていくからね?」


 【碧靂】はもはや、弱り切った青色の便利屋など眼中にさえなかった。ただじっと、アレキサンダーが守り、抱えているグレン・ディオウルフを見つめ、次の彼のことを考えて笑みがこぼれる。


「ピッ!!」


 アレキサンダーは目が合うと同時、本能的に距離を取った。ほぼ同時、自身がいた場所を穿つ雷鳴。


「グレン、起きて! 起きなきゃダメのぽ!!」


 取り巻く職員を押しのけ、殴打し、弾丸の雨からグレンをかばいながら、アレキサンダーはペシペシと必死にグレンの頬を叩いた。


「奔らないと! とまっちゃダメのぽ!!」


「…………」


 必死に呼びかける声が遠い。


 アズレアが信じてくれているのに。アレキサンダーが必死に呼びかけてくれているのに。コードウォーカー達に助けられ、ナドゥルに殴られ――沢山のものが自分を支えてくれているのに。


 起き上がれない。


 霞む視界を埋め尽くす青色と碧色は眩く、輝き続けているはずなのに、視界は重く暗い。何も見えないはずなのに。


  ――――«第六視臣フロスベルフ»はハッキリとグレン・ディオウルフの死を映し出していく。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



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