走りつづけて
途方もない雷光を前に発露する獰猛な生存本能。弱者の咆哮に過ぎない。
勝機はない。活路はない。逃げ道もない。青い炎も永遠に灯すことはできないだろう。人格インクはすり減り続けている。
残ったものはなんだ?
「アズレア…………ッ」
返事は帰ってこなかった。
暴力的な衝動に身を任せながら、僅かに残る確かな理性が、バチバチと電光を迸らせてフリーズするアズレアの手を引き寄せ、彼女を抱きかかえた。
「導けッ!! «蒼輝――ッ」
円弧を描いて斬撃を放とうとした矢先、肺に穴が空いた。慈悲なく放たれていく弾丸の軌道が数多に身体を撃ち抜いて、碧の血飛沫をあげていく。
構うことはなかった。まだ身体は再生できる。まだ自分自身も残っている。 傷口から溢れる電光と肉の泡。見開いた双眸は光輝し続ける。
血反吐を飲み込みながら空間を切り裂く斬撃で眼前を薙ぎ払った。同時、«青き番犬の禁章»の誓約を強引に刻みつける。
『傷つけた者は傷つけられなければならない』
理不尽にも等しい誓約を結びつけると視界が瞬間的に白く点滅した。気力が尽きそうになるなか、不可避の斬撃で駅職員共を切り裂き両断してみせる。
「あああああああああああああああああああああああああッ!!」
咆哮をあげて、アズレアを抱えたまま敵陣に突っ込む他なかった。さもなくば視界を塗りつぶす霹靂に呑まれていただろう。
【碧靂】との正面衝突を避けるように、数多の銃弾を掻い潜り、撃ち抜かれえながら駅職員共と有人機を斬り裂いて血路を切り開く。
斬撃と銃撃。青い炎と碧の雷が交錯する。絡み合い、力と速度の奔流が激突し駆け抜けた。
「ボクが道を作るのぽ!!」
死地に似合わないアレキサンダーの無垢な声が響いた。ぼよんと、巨躯が力任せに有人機体さえ突き飛ばし、コンクリートの壁に衝突させて見せる。
奔る亀裂、広がっていく砂塵を青い光芒で照らし、友が作り出した道を疾駆する。
――また彼を置いていくのか?
――犠牲だと思うな。誰が死のうがお前が死のうが。
胸をうちに響く二つの言葉が矛盾し合う。
(犠牲を払えとは言ったが。死に間に後悔するなよ。力が足りねえならオレを使え。オレの意思を燃やせ。異界道具のための燃料はオレとお前で二人分はあるぜ)
ヴェルディオの言葉が背を押した。青い炎が刀身に収斂していく。
そんなことをする猶予なんてないのに。アレキサンダーが共に逃げられように、«蒼輝刀»を一層強く光輝させて銃撃を繰り返す駅職員を斬り裂いた。
無骨な銛を投射する機械どもを両断した。
エーテルクラゲの電灯を消し穿ち、月光腸の雷光を飲み込んで、蠢く不定形を鷲掴んで地面に叩き付けて潰し砕く。
迫るリード協会の暗殺者と剣戟がぶつかりあうならば、一方的に誓約を押し付けて不可避の斬撃を見舞う。
「アレキサンダー!! お前も来い! 誰がお前に好きなことをさせるか!」
叫び、逃げ道を広げていく。
死にたくないから、生きているだけの状態にもなりたくないから。
「ッーーー……! アズレアが起きるまでは消えるなよ……! クソ野郎ッ」
(ハッ、そんなことを気にしてるほど)
(アズレアを泣かせたクソ野郎だよ!!)
現実と頭のなかで叫ぶ怒号。どれだけ«第六視臣»を行使しようとももはや、無傷でいられる道筋はない。
アズレアの身体が再起動されるまでのほんの数秒。彼女を守るために文字通り死力を尽くしていく。
もはや意地だった。
――変わるはずだ。変われるはずだ。
何の確証もない想いが身体を突き動かし続ける。前へ、前へと縋り続ける。それしかアズレアを守る方法が見つからなかった。
だから青い決断をした。
……今がそのツケを返すときか?
――否、今更足を止めることはできない。止めるつもりもない。
彼女が望むもの、自分自身が望むものへ向かうために、都市の外郭を越えようと、ただ真っ直ぐに伸びた線路を、よろめきながら走り続け、【碧靂】から距離を取る。視界を瞬く雷光に、絢爛な都市のネオンライトに背を向ける。
逃げて、逃げて、暗闇へ、影の広がる方へと。
心臓が破裂しそうに脈打っても、肺が悲鳴をあげ息が果てようとも、とにかく走ることしかできなかった。




