包囲網
「どうかね? 我とて気の迷いや弱ってしまうことはあれど色付きなのでな。君がいてくれるなら、いくらでも輝けるぞ? ……惚れ直したか?」
アズレアは血溜まりと亡骸の中心でステップを踏んで、退廃的な笑みを浮かべて見せた。
にへらぁと。蕩けるような熱を帯びながら、動きを止めることはなく攻撃の姿勢から一転して再び疾駆し始める。
……危うく、置いていかれそうになった。
「ッ……そういうとこだぞ」
グレンは顔を俯け、むず痒い憧憬を燃やして加速する。
彼女の隣に追いつくと、そのまま直進して回廊を突き抜けた。
分厚い壁を斬り裂いて、蹴り込んで、高層から飛び降りて、――長い遠回りになったが一等区の地面を再び踏みしめる。
ゴミ一つない煉瓦の道に着地の衝撃を奔らせながら、深夜にもかかわらず煌々と周囲を照らし聳えるエーテル電光の本社ビルを見上げた。
【碧靂】に呼ばれてエーテル電光に寄ったのが久しいが、早朝の話だ。こんなことになるとは……思ってもいなかった。
「……逃げるために敵の本陣に近づくなんて馬鹿げてるな。……ナドゥルのやつ、俺をぶっ殺すために一世一代の演技とかしてないよな?」
――余計な心配だ。アズレア信者の彼が裏切る可能性は微塵にもないだろう。
「心配することはない。万が一取引材料が少なければ我がプレミア限定でファンサをしよう。ということで我にスパチャを送るだけで色付きの便利屋様に好き勝手リクエストできるぞ? 君と奴は特に頑張ってくれるだろうな」
逃走劇に揉まれることなく懸命に撮影し続けるドローンにバチコンとあざといウィンクを送るアズレア。
状況だけを見れば言える余裕もないはずなのに、彼女は心底今を楽しんでいるのか笑みを絶やす様子はなかった。釣られるようにグレンもまた、少し引きつった笑みを浮かべてみせる。
「嗚呼、絶対に……生きて好き勝手にしてくれた仕返しをしなきゃいけねえな。ナドゥルが嫉妬で憤死するぐらいには色々……」
煌々と眠らぬ街で遊び続けるブルジョア共を押しのけて、奇異な視線と好き勝手なコメント群が置き去りにして道を突っ切っていく。
そのうち、駅が見えた。
業務時間はとっくに越しており消灯していた。電気フェンスを斬り裂いて駅構内へ転がり込む。そのまま、都市の外にまで伸びる線路を駈けようとした矢先、一斉に周囲の照明が点灯し、全てを照らし出していく。
勢揃いした驟雨線の駅職員共。各々の手に握られた銃器。立ち塞がるように上空から投下された小型の有人機はハイジャック犯に対処するためのものだ。
「なかなか刺激的な冒険だったんじゃないかな? グレン・ディオウルフ」
蠱惑的な声が電気信号となって脳を直接かき回した。繰り返す反響、碧の声を前に嗚咽がこみ上げどうしようもなく目を見開いた。
神経全体に走る電流。痛みはない。筋肉の強制的な動きが否応なく膝を曲げさせようとするから、青色で雷光を塗り潰して、よろめきながらなんとか脚に力を振り絞る。
アズレアも同様だった。機体を動かす動力源をやられ、バチバチと眼前で雷光が爆ぜてフリーズしかけていた。
青い光輝と碧の雷光が互いを喰い合い、ギリギリのところで踏みとどまっていた。
宙を漂い始める無数の発光生物。零れる翠の光輝。迸る雷光。電光。職員共を割って出てきた彼女の、碧の双眸がじっと見つめてくる。
エイン・ルシフェラーゼの長い黒い髪が揺れた。内側で煌めく碧の眩み。ふわりと靡くと、甘い匂いが不快なほどに鼻腔を撫でた。
「【碧靂】……!」
「エインって呼んでくれれば……よかったんだけどなぁ」
寂しさを露わにするようなぼやきの直後に、腹部を鋭い熱が貫いた。
「がッぁ……!」
「君達はワタシと敵対したんじゃない。ワタシと、エーテル電光と敵対したんだ。理解していないのかい? ワタシだけに熱い視線を向けてくれて……ふふ」
遅れて鼓膜を震わす銃声。撃ち抜かれたらしい。血とインクが擦り切れ、乾いていくような錯覚。
グレンは限界まで«第六視臣»を瞠った。牙を軋ませ――。
「ッーーがァ、グ、がッぁ、ぁ、ううう……。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
狂ったように叫んだ。青と碧が混ざり、塗り潰し合って周囲を蒼く染める。




