燃えていく
敵は一人ではなかった。後方から更に数名。リード協会の連中に無数の発光生物が退路を塞いでいく。
「随分と青色も舐められたものだな。……グレン、前は任せるぞ?」
瞬間、アズレアの妖しい笑みが爆煙に消えた。可憐な姿は消えて青い光輝が瞬くたびに悪罵が途絶えていく。
「色付きに気まぐれに飼われていた三課程度の男が、俺の相手になるって?」
眼の前の敵は悠然として鼻で笑った。
(一課の連中だな。前のてめえならヤツが逆立ちしてくれてたって勝ち目はなかった)
(今は違う……とでも言ってくれそうだな)
(オレがお前のなかにいるからな。さぁ、使え。敵に理不尽な力の差を見せつけろ。オレを燃やせ。じゃなきゃテメエに先はねえ)
(……ッち。やっぱりあんたのことは嫌いだよ。アズレアと話をする気もねえのか? 後悔することになるだろうに)
「……誓え――«青き番犬の禁章»」
力を行使するための言葉を唱えると、頭に響く声が僅かに掠れ遠のく。使い続ければ奇跡的に残り続けたヴェルディオの自我も消えていくだろう。
『どんな内容でも選択を迫られたならば青色の便利屋を選ばなければならない』
『誓約を以て力を引き出すならば自らの血肉をそのたびに捧げなければならない』
青い炎によって身体に刻まれていく誓約。
幾つも自分自身に焼き付けるほど、知覚はより鋭敏に研ぎ澄まされていく。
もう足が竦むことも怖れることもない。雷光に背を照らされながら、敵の僅かな慢心につけ上がるように間合いを詰め切る。
噴き上がる青い色彩によって敵の視界を塗り潰しながら、嵐のごとく剣戟が激突した。斬り合い、無数の円弧が摩擦して火花を散らす。刀身がけたたましく金属音をかき鳴らす。
「ッ、新入りの雌犬一匹従えて調子に乗ってるわけだ……! 金を払っても首輪は爆破しちまうべきだったな」
グレンは何も答えなかった。余計な会話は必要ない。向こうはこちらを殺す気で、こちらも立ち塞がるなら殺すほかない。誰を犠牲にしても、誰を殺しても駆け抜けるしかない。
荒々しくせめぎ合う間合い。果てる勢いで喉を過ぎる呼吸。
これ以上考える必要はない。明確な殺意と生存本能。俗物的な欲求。エーテルの血が死体を動かしているだけでも。人格インクの供給が絶てばいずれ消える魂だとしても、今はまだ動くことができるのならば問題はない。
両眼を瞠り、横薙ぎの一閃を力任せに振るうと、激しい金属音が打ち響いた。牙を軋ませ睥睨を突き刺すリード協会の一課。
便利屋のなかでも相応の立場だったが、今は対等以上に青さが圧倒している。最小限の動きで眼が伝える剣の軌跡を見切り、首を捕らえんとするワイヤーを捉え掴み、引き寄せる。
「色付きと一緒にいるだけで一課の俺と、渡り合えてたまるかッ!!」
リード協会の男は崩されかけた態勢を瞬時に取り戻すと地を踏みしめて蹴り上げた。高く跳び、更に天井を踏み蹴って、喉頸へ打突する刀身。
「ッ――!!」
グレンは片腕を犠牲にして真っ向から受け止めた。骨肉を斬らせ、舞い上がる碧の血飛沫。同時、こぼれ出て迸る雷光。
刀身から腕の筋肉へ、脳へと伝う雷撃が必然的に敵の身体を硬直させることで生じた僅かな隙を、«蒼輝刀»で深く穿ち貫いた。
鮮血を青い衝撃波が塗り潰し飛散していく。引き抜くと、リード協会の男はぐらりとよろめいた。
「色が……ァ、クソ…………綺麗だ……青と碧が……混ざっ……蒼き……」
さらにもう一撃。防弾スーツを斬り裂いて心臓を貫き破く。……それで決着がついた。夥しく広がっていく血溜まり。音を立てて手から落ちる大剣。
……酷く目眩がした。異界道具を行使するほどすり減っていく人格インク。ヴェルディオの火。傷つくほどに損なわれる雷光。だが、まだ問題はない。
「ッーー……ッー……」
息を切らして振り向くと、アズレアの足元に無数の死体が転がり、エーテルの粒子が頬を撫でていた。
数多の返り血を浴びようとも青く透き通るような髪が色を損なうことはなく、凛とした視線が向かう。
迷いの無くなった彼女は見惚れるほど強く、圧倒的だった。




