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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:終わるまえに
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決然と

 五章:終わる前に






 エーテル電光などという電気企業が支配する街でありながら、否、支配する街であるがゆえにコードウォーカー支社の地下は明かり一つない暗闇だった。


 ナドゥルのヘッドライトと、グレン自身の雷光だけが闇と瓦礫に埋もれた地下シェルターを照らし出していく。


 彼らの武装が詰め込まれた大量のロッカーを通り過ぎて、ナドゥルは僅かに懐かしむように、休憩室を一瞥した。


 沈黙したTVは二度とつくことはない。テーブルに置かれた菓子は食べかけだったが、もう手に取る者はいない。


 重い静謐のなか一際厳重な扉を引き開けると、都市周辺の地図が壁一面に貼られていた。


 びっしりと書き連なった注意事項と怪物の写真、生息域が手書きで纏められ、それらを射殺すための武器が鎮座している。


 ナドゥルはエーテル電光の都市の中心が描かれた場所で立ち止まった。貼られているのは【碧靂】の写真。鎮座する無骨な光熱砲サテラカノンは以前彼が形態していたものよりも重厚だった。


 二脚銃架バイポットがなければ撃つこともままならないだろう。


「これがオレ達の秘密兵器だ。起動も遅ければ運搬も不便。チャージには時間がかかるから普段は一切使用しない。バッテリーも馬鹿にならない値段だからな。……だが破壊力と射程だけは誇れる。着弾地点周辺は消し炭になる。その二点だけは信用に値する」


 ナドゥルは余裕のない笑みを浮かべながらも誇らしげに砲身を撫でた。


 撮影ドローンが堂々と秘密兵器を映し出していくが、止める様子もなかった。むしろ広告として大々的にひけらかして、こんなときにまで小遣い稼ぎをしていた。


「最後に使ったときは色のついた地域にいる化け物共を蒸発させた。【碧靂】相手じゃお前達が逃げるための時間稼ぎにしかならないと思うが――時間稼ぎにはなるはずだ。だからここまで来てもらった。撃つのはオレだが、ここをぶっ潰されたらそれもできねえからな」


 説明をしながらナドゥルは武装のロックを解除していく。ぼろぼろの身体では武装を背負うことも難しいのか大きくよろめいたが、ムギに支えられ転ぶことはなかった。


「……信じていいんだな?」


「……これと比べればオレがお前に撃ったのは光る玩具も同然だ。グレン、てめえは玩具で遊んでたオレの身体を永続的に破壊したことを忘れるな。あれさえなければこんなところでよろめいたりしてねえさ」


 グレンの言葉に睥睨と嫌味を返すと、ムギはふんと鼻で笑い呆れて、ナドゥルを支えるのをやめて手を離した。


「っーー……! 急に手離すな! 雌犬が」


「玉無しがどれだけ強い言葉を使っても怖くはありませんね。グダグダ言う余力があるなら脚に力をもっと込めて踏ん張ってください。それも難しければワタシが運びます。……えへへ、グレン様、これでようやく恩が返せそうですね」


 澄ました表情が一転して、恍惚と頬を赤らめていくムギ。白銀の尾が蠱惑的に揺れていた。


「弱い犬ほどよく吠えるものだな。……だが都合はいい。オレが運ぶよりはよっぽど早く狙撃地点に着けるはずだ。飼い主がいいなら、この雌犬をオレに貸せ」


「……ムギ、構わないか?」


「ええ。もちろんです。……それとも、ワンって返事したほうがいいですか?」


 余裕だと言わんばかりにそんな言葉を囁いて、妖しい視線が向かう。白い尾先が腕を撫でてくると、頭の奥で誂うような口笛が響いた。


(ヒュー、よかったじゃねえか。生きて逃げれたら可愛い子二人も抱けるんだろ? 余計に死ねねえよなぁ)


(……黙れ。下衆だぞ。ようやく戻ってきたと思ったら馬鹿にしにきたのか?)


(違ぇよ。一つアドバイスをしに来てやったんだ。あーあー、けどバカにされたいってなら余計なお世話をしてやるよ)


 粗暴な嘲りが勝手に身体を突き動かす。制御の効かない左手がムギへと伸びて、そっと彼女の頭を撫でる。


 ビクンと、狼耳が僅かに跳ねて――同時、グイと身体を引き寄せられた。……アズレアに。


「おい……。我のグレンにやたらと触るでない。してグレンも、そ、そやつを甘やかすならその前にどうすべきかは判断してほしいものだな……」


 ギィと人形の身体を鳴らしながら抱きついてくるアズレア。


(あとはお前が判断しろよ? オレがどうこうする立場じゃねえからな。アドバイスは……あとでにしてやるよ)


(色ボケが。絶対に礼とか言わないからな。クソ野郎)


(色付きだったんだ。色はボケちゃねえ。鮮やかさ)


 それっきり頭のなかの言葉はまた聞こえなくなって、グレンは戸惑いながらもアズレアに視線を合わせた。青い双眸がじっとこちらを見上げてくる。


 ――恐る恐る長い髪を撫でた。彼女は嫌がる様子もなく、むしろどこか誇らしげに瞳を光輝させると、むぎゅりと、一層密着するように抱きしめてくる。


 一応は色付きで、最強格の便利屋であるはずだがその風格は微塵もなくて、張り詰めていた緊張と自責が解けていく。


「っ、……配信中だろこれも」


「構わん。我は見られるのには慣れておる」


「いや俺が――」


 言葉は続かなかった。グレンはゆっくりと息を吐いて、無自覚だった指先の痺れを知覚する。


 心身ともに限界は近かったが。むふんと響いた小さな駆動音が触れるだけで心臓が高鳴った。


「…………アズレア」


 甘えるように名前だけをぼやいて沈黙すると、ホログラム上に表示されるコメントが荒れていく。やがて憎悪と妬みと苛立ちを顕にした舌打ちが響いた。


 誰が発したかは見るまでもないだろう。


「……お前のことを本当にぶっ殺してやりたいが、アズレア様のために助けてやる。……オレがこいつで【碧靂】をぶち抜いたら都市の外まで走れ。敵は無尽蔵の怪物だが、電気が通っていなければ不死身の怪物ではない。怪物だがな。そこから先は……お前の青さ次第だろ。グレン・ディオウルフ」


 バチコンと。力強く背を叩かれてグレンは深く頷いた。次いで、ムニュリと柔らかいおててが背を押してくる。


「ボクもいるのぽー! ビリビリとバチバチはね、ボクが受け止めるのぽ」


 アレキサンダーが自慢げにぼよんと音を立てた。


 全く同じ姿、全く同じ言葉遣い、無垢な勇気を前にグレンとアズレアは二人して表情を曇らせたが。


 首を傾げのぽぽんとする彼を前にして、いつまでも引きずることはできなかった。苦笑して、柔らかな傘を撫でていく。


「ああ、頼りにしてるさ」


「君は誰よりも信じられる者だからな」


「まっかせて欲しいのぽ!」


 二人の言葉に眼を輝かせるアレキサンダー。くるくるとその場で回り、誇らしげに決めポーズまで取ってくれていた。


「……そろそろオレは移動する。こいつは差し入れだ」


 投げ渡される出汁の缶とエンジェル製菓の携帯食料。


「ボクこれ好きノポ」


「嗚呼……知ってるさ。オレがアズレアチャンネルを見逃さなかったことはないんだよ」


 ナドゥルはタバコをふかし、そして踏み消した。


「最期の晩餐にはするなよ。じゃないとオレのスパチャが無駄になるからな。そうだろ?」


“そうだよ。52000L”


“生きて街を出て結婚費用にしてくれ……。80000L”


“こんな場所いられねえよなぁ! 60000L”


“この金で無事に終わったら酒でも買ってくれ。あと死ぬ前に――50000L”


“アズレア様、もしそこの大馬鹿童貞野郎が力尽きてもオレが絶対に起こしますので、もし叶うことならばオレのことを一度でいいので”


 配信カメラの向こう側の奴らはいつだって変わらない。ふざけていて、死なせたがりの最低野郎ばかりで、最高の奴らだった。


「……たわけめ。こんなにスパチャをもらってはサービスしきれんだろう」


 アズレアは涙を隠すと誇らしげに満面の笑みを浮かべた。冗談じみた口調で続けざまにリクエストを確認していく。


「ふぅむ、おへそが見たい? とんだ変態だな。アズレア様にお兄ちゃんって呼んでもらいたい? おいこれナドゥル、貴様だろう。……ふん、仕方あるまいなぁお兄ちゃんっ、応援して欲しいな?」


 アズレアは飄々とした態度で媚を売る猫撫で声を発して衣服をめくり腹部を曝け出す。けど、……そんな時間を永遠に続けるわけにはいかないから。


 彼女はコメント機能を一度閉じた。


「……行こうか。グレン。君に我を綴っておくれ?」


 儚い笑みだった。

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