同じはずの私
剣戟を受け止めることは叶わなかった。限界まで双眸が見開いて、気圧されるように身を伏せると、頭上を斬撃波が掠める。
……大振りの一撃でなければ、ほんの少しでも【剣威】としての本質が残っていれば、――確実に殺されていた。
«第六視臣»があったからこそ鋭敏に反応できた。なら、他の皆は?
どうしようもなく血の気が引いて、激しく脈打つ心臓に反して背筋が凍り付く。
「ッ……! アズレア!」
「……威力だけは色付きにも引けを取らんな」
縋るように叫びながら振り返ると、アズレアは返事代わりに余裕のない言葉を返した。
真っ向から受け止めたらしく、華奢な腕は抉れ機体内部が露出していた。漏電し迸る青い火花。斬撃は胴部にまで掠め、衣服の一部が切れ垂れ、青く長い髪が舞っていった。
だがそれでも、アズレアは斬撃を相殺しきって、背後にいるムギとアレキサンダーは無傷だった。
「建物が! 崩れるのぽ!」
アレキサンダーが叫んだ。【剣威】ではなくなった彼女にとってコンクリートも内側の鉄筋も、砂糖菓子と変わりない。驚異的な一撃が安普請な支社ビルを容易く断ち切っていた。
建物全体が重く鈍く地響きを鳴らして今に崩落し始めていた。
だが、逃げる選択肢はとっくに残されていない。何十人も犠牲にし、親友に背を向けて前へ奔る選択をしていたから。
『一緒に死ぬなんて逃げ道はてめえにはねえよ』
『誰が死のうがお前が死のうが! 絶対に、二度と手を離すんじゃねえ!!』
『ボクとのたーいせつな思い出が綴られたグレンにはね。幸せになってほしいから――』
刻まれた言葉は呪いのように苦痛に満ちていて、碧に染まることはなく鮮明に、燃えて青く滾る。
何を犠牲にしてでも綴り始めた物語はハッピーエンドにならなきゃいけない。……そのためにナドゥル・クリシュナーは必要になる。
青色を殺した敵と対峙することになるから。利用できるものを全て利用し、犠牲にしてでも進まなければならないから。だから――。
――――邪魔をするな。
«蒼輝刀»が共鳴する。【剣威】と言葉を交わし冷静さを持ち始めた胸の内側で火がついた。否、火などという弱々しい色ではない。
激情は凄烈に激しく、見る者を眩ませるほどの雷光を迸らせると青炎が内側で爆ぜていく。
感情は怒りではなかった。……執念と闘争心。だがそんな些細なものがなくなっても青い光輝が収まることはないだろう。
「ムギッ!! ナドゥルを頼んだ!!」
そう命じて、グレンは«蒼輝刀»を振るった。鋭い青閃が、触れる空気を、砂塵を、瓦礫を、雷電をも切り裂いてほんの数瞬、逃げ道を作り出してみせる。
「私が忠犬であることを感謝すべきですね。玉無し野郎……!」
悪態と共に白い狼尾が横切る。ムギは自分が助けられたときと同じように疾駆してナドゥルを抱きかかえると、アレキサンダーを勢いよく踏みしめた。
ぼよんと、途方もない弾力打ち上げられながら、青い軌跡を後追うように瓦礫を縫い避けて外へ飛び出す。……そのまま距離を取ってくれた。
「そうやって、自分がどうしたらいいかもわからなくなったまま命令に縋り続けるのか?」
「……黙れ!」
壁も天井も全て崩れた。数多のコードウォーカーと電光生物を埋め潰した瓦礫を踏みしめながら、グレンは青い刃先を【剣威】だった少女に向けた。
睥睨が交錯し合う。同胞たちの雷光も途絶えた夜闇のなかで、彼女は一人だった。
反して青色は塗り潰されることなく、むしろ光を増して灯火のごとく周囲を照らしていく。小さな足音がグレンの隣で立ち止まった。
「我は……自分の言葉も守れそうにないな。異界道具を使いすぎるとはとてもじゃないが言えそうにない。グレン、我のために魂を削ってくれるか?」
「嗚呼、お前のためならどんなことでもしてやる……! それが俺のしたいことだ。それが俺の色だ」
「……君もやっぱり大馬鹿だな」
「馬鹿にしてくれた責任を取らせるために逃げ切るんだ」
アズレアがしおれていたのはほんの一瞬にも満たないことだろう。次の瞬間には、青く煌めく髪は燃え上がるように色彩を帯びて燦然と輝いた。
宙に浮かぶ数多の火文字。«青き番犬の禁章»が刻む誓約が強引に気力を底上げて、心身の疲弊を覆い隠していく。肉体の限界を誤魔化していく。
反して対峙する雷光は自分自身を傷つけ迸っていた。
「……ハァ、ハァ……ッー。ハア、ハァ……!! お前の! お前の存在が許せない……! 私と違うお前が。私と同じはずのお前が……!!」
少女は青色に瞳が焼かれまいと牙を軋ませた。碧の雷鳴で自分の瞳の色さえも塗り潰して、血の滲む喉で憎悪を撒き散らす。
「どうして先のない選択ができる!? どうして消えていくお前だけがあんな……! どうして死に急ぐことができる!? お前は意味不明なんです!! お前が……存在するから頭が痛むんです……! 偽物だと否定するほど胸が苦しくなる!」
悲痛な声に共鳴する《別ち刃》。嵐のごとく乱れ放たれる斬撃が絶えず瞬く。苦痛に満たされた殺意が頬を掠め皮膚を容易く斬り裂いた。




