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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
四章:とまらないで
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名前

 ……もうこれ以上対話すべきではない。苦しくなるだけだ。そんな風に思っていながら、ただ黙々と目的地に向かうこともできずに、僅かに彼らを一瞥してしまった。


「……そういうお前らの名前はなんなんです」


「私はCの1番です」


「俺はCの2番です」


 それぞれが番号を答えていく。称号未満の呼び名だ。こんな奴等にとやかく言われる筋合いがあるのか?


「……もういい。話は終わりにしよう」


「でしたら、そのもしよろしければ私達の名前を考えてくれますか?」


 友人達の言葉にますます嫌気が差して、なんて答えればいいかもわからなくて、しばし沈黙を突き通した。


 ちょうど三等区の便利屋業者がひしめく背の低いビル群に入り始めて、一等区と比べて減っていく発光生物達の街灯。近づく潮の匂い。


 蛍光のようにうすぼやけた街明かりに照らされながら歩き続けていくと、そのうち目的地が見えてくる。


 なんてことはない建物の看板に飾られた『CODE』と文字を刻んだ蛇のロゴ。薄緑に蛍光する外骨格で身体を覆った便利屋達。


「――――ッ!!」


 ビルの外にいたコードウォーカーの連中が、【剣威】達を目視すると同時に言葉にもならない怒号を張り上げた。向かう砲身。即座に引き金が振り絞られて、収斂していく光。


「映せ――«別ち刃»」


 呑み込むような光の砲撃が放たれる刹那、【剣威】は淡々と異界道具の引き金を唱えた。砲手を剣の間合いにまで引き寄せながら後ろを向かせ、がら空きの背中を斬り伏せる。


 赤い血しぶきが飛び散った。本物の血だ。友人たちとは違う。きっと彼らの怒りこそ本物だった。私が敬うべきものだった。


「……今は業務を遂行する」


 長い沈黙の末に【剣威】はなんとか言葉を絞り出した。


 考えを閉ざすように、外にいたコードウォーカーを、友人達の本物の戦友だった者らを斬って、斬って、引き寄せ、斬って、引き離して、落下させて、貫き――。


 周囲を赤色で満たした後、支社の扉を切断して奥へと踏み入れる。


 支社の電灯は全て切れていた。エーテル電光の意思でもある【碧靂】に銃口を向けた以上、当然の処遇だろう。


 都市に逆らえば文明の光を失って暗闇のなかで死んでいく。亡骸はエーテルに変換されて都市を巡る電光そのものになるか、操り人形に成り果てる。


 だから、だから誰も逆らわないはずだ。逆らえないはずだ。死を、自分自身が消えることを正常に畏れられるなら。


「なんで、なんで誰も逃げない……。今までこんな奴等、誰一人いなかったのに……。お前達はグレンと話したことだってないじゃないですか。そのために生み出されたわけでもないくせに……」


 【剣威】は命令に従って残党を斬り伏せていった。コードウォーカーの連中だけじゃない。無名の便利屋までいた。


 彼らがいくら抵抗しようとも、奇襲しようとも、数で制圧しようとも、精々【剣威】の血肉を僅かに削るだけだった。


 多く満たされたエーテルの血がすぐに肉体を修復していくだけだった。撃ち抜かれ、斬り伏せ、貫かれ、首を刎ね落とす。


 そうしてすぐに反逆の首謀者であるナドゥル・クリシュナーの元にまでたどり着いた。暗闇のなか際立つ複眼鏡。サテラカノンに蓄積していく光。


「ナドゥル・クリシュナー。あなたを電光法一条違反で連行します。抵抗した際は処理も許可されている。不要に傷つくのはやめにしましょう。まだ生き残っているあなたの部下にもそう伝えてください」


 警告をしたが、ナドゥルの態度が変わることはなかった。向けられる砲口。相容れぬように、彼のかつての部下だったはずの友人達が銃口を向かわせた。


「とことんお前らは尊厳を踏み躙るのが好きだな。オレの大切なものを破壊したクソのグレンも。アズレア様を傷つけて、色を塗りつぶそうとする【碧靂ヘキレキ】も、オレの部下を引き連れて友達ごっこに興じるお前も」


 淡々とした口調に滲む苛立ち。だが【剣威】の耳に、言葉はほとんど入ってこなかった。怒りを向けられている事実と、「友達ごっこ」という言葉だけが反響し続けて、思考が反芻し続けて、不快感を顕わにして【剣威】は眉間に皺を寄せた。


「お前の判断が部下を死に追いやった。お前がこうさせた。お前のせいで彼らはこうなったんだろう? お前がグレンを殺していればこうならなかった。青色の便利屋に力を貸さなければこうならなかった……。本来あった魂はもうここにはない。彼らはもう私達でしかない……!」


 【剣威】が刃を向けるよりも先に、友人達は引き金を引く決断をした。重なる銃声。破裂する光の飛沫。放たれた弾丸はナドゥルの目の前で軌道を逸らした。


 僅かに目視できる空気の歪み。力場障壁フォースシールドの類だろう。コードウォーカーの銃器はコードウォーカーを撃ち抜けないようだった。


 ナドゥルは最初から分かっていたのだろう。驚く様子もなかった。淡々と腕に装着した信号機に何かを打ち込んで、鋭い視線を【剣威】達に向けた。


「……その通りだ。オレの判断が彼らを終わらせた。だがオレ達は誰も迷いはしなかった。悔いることもない。後悔するのは貴様一人だ。【剣威】」


「…………それは私の名前じゃない」


「そうだな。【剣威】はお前の元の肉体の呼び名だった。お前は便利屋ですらない。まだ何者でもない。んで、お前のお友達になったそいつらは、お前ごときが連れ回していい野郎じゃねえ。バカ野郎しかいねえんだ」


 コードウォーカーの装備から溢れる僅かな電気反応。全身を覆う外骨格に灯る蛍光。悪寒が奔って、【剣威】は息を呑んだ。


「ッーーーー!! 映せ!! «別ち――!」


 咄嗟に近くにいたCの1番とCの2番の装備だけを斬り裂いて、防具だけを遠くに遠くへと飛ばそうとした直後、視界が爆ぜた。


 聾するような衝撃と耳鳴り。目を焼く熱。青白く閃光が全てを満たして、遅れて碧色が周囲に広がった。エーテルの血がばらまかれ、生じていく放電現象。


「…………ッああ」


 呻くことしかできなかった。迸る碧雷が埋め尽くす視界は鮮やかで、眩しくて、反して、視界は真っ暗になりそうだった。


 瞬きもできずに目を瞠る。暗闇のなかで、友人達の血と雷光が散っていく。肉片。装備の残骸。腕の一部。


 ……コードウォーカーの装備が全て爆発した。リード協会の首輪と似たようなものだろう。同胞の死体を利用されないための最終措置。


 だがこれは火薬による爆発じゃない。怪物を射殺すための特別な光による破裂。エーテルの血肉であろうと純度が低ければ再生もできない力だった。


 ――友人達は大半が即死だ。誰も助かってはいない。


 【剣威】は引き攣る表情に反して冷静に、そう判断できる自分に吐き気がした。


「……私の名前は。お前達の名前は…………」


 ――私はほんの僅かにでも何かを持つことはできないのか? 結局、私もグレンも何も変わらないのか? ……違う。彼は違う。まだ失いきっていない。私とは違う。


 グラつく思考。隙だらけのはずなのに、ナドゥル・クリシュナーは攻撃しようとはしてこなかった。


 否、彼からしてみればできなかった。激情こそが異界道具を研ぎ澄ますから。間合いを測るように《別ち刃》を警戒し続けていた。


「……アレキサンダーの言葉に耳を貸さなければよかったんだ。そうすれば迷いなくお前を、すぐにでも斬り殺せた」


 ――特別な感傷があったわけではなかった。


 【剣威】はそう自分に言い聞かせた。ただ、持ってすらいないものを失っただけに過ぎない。


 死体を操り、弄んでいるのは私達自身であって、目の前の敵の言葉は全て正当で……。――だからこそ深く抉り傷つける。


「お前にはオレ達の生き方も、死に方も理解だってできないだろうな。便利屋がどうやって語り継がれていくかも。何もわかりはしない。自爆装置なんてふざけたものをつけた意味もな」


「いいや、……わかる。お前は私に斬られて死ぬんだ」


 涙に滲んだ視界のまま【剣威】はナドゥルを睥睨した。瞠る双眸、眼光が尾を曳いて、本来の緋色の目を塗り潰して碧に揺れた。

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