友人達の刃
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地下を抜け出ると夜闇が光に塗り潰されていた。アレキサンダーと名乗っていた戦士が命を賭けて逃げる時間を稼いでも、グレン達が誰と、どこで、何をしているかはすぐに情報が来ていた。
都市の瞳から発せられた電気信号。【碧靂】の命令も入り混じっていく。ローレンティーニャの小隊は壊滅したらしい。
けどそんなことより重要なものは、コードウォーカーの支社を潰せという命令だった。
「……指示がでた。移動する」
【剣威】は多数の同胞を、かつてはコードウォーカーの一員だった彼らを引き連れて黙々と歩き始めた。
――碧。都市が管理する区画は絢爛なまでに光に満ちていて、人通りも多いが、誰も私達に構う様子はない。
……眩しかった。雷光に照らされているから? 通りすがる彼らがいろんなものを持っているから? ……金。家族。それなりの幸せ。
――わたしには何もない。
【剣威】は向かうべき闇に目を向けた。……それでも変わらない。光がない闇のなかさえも目が眩む。――グレン・ディオウルフのせいだ。
あれは同じ道具のはずなのに、どうして眩しい。どうして道具にならない。どうして逆らえる? アレキサンダーも彼も死が怖くないのか?
――冷静になれない。
【剣威】はぎゅっと、《別ち刃》を握る手に力を込めた。数歩後ろを着いてくる同胞達に視線を向ける。
それだけで彼らは、何かを期待するように笑みを浮かべた。
「お前たちに命令は与えられていません。……何故着いてくるんです? 好きにしたらいいのに。せっかく、道具としての役割じゃなく生まれることができたのに」
「はい。ですから我々は好きに行動しています。友である貴方が命をかけるのならば我々は共に行動したいんです」
「俺達はただ生きているだけじゃなくて、あなたの戦友として、助けになりたいから同行させていただいています。【碧靂】からも許可が降りていますので」
彼らは口々に友だと語って、当然のように期待と希望に満ちた眼差しを爛々と輝かせていて。――嫌気がした。
「……そうか」
彼らの前で顔を歪めないようにするのが【剣威】にとってできる最大限の配慮だった。言葉もでずに押し黙って、暗闇を見つめた。
――彼らは結局道具だ。人格インクは道具でしかない。私の友人になるという目的を持って生み出されたんだ。それが彼らの意味なんだ。
……グレン達の関係とは違う。わたしたちには何の過去も思い出もない。最初から造られていて――。
「……命はかけなくて結構です。どうせ足を引っ張るだけだから」
【剣威】は絞り出すようになんとかぼやいた。
自分も彼らと同じ人格インクであることを思い出して、ぎゅっと喉元にまで酸っぱいものがこみ上げてくる。目頭がどうしようもなく熱くなった。
「俺達を護ろうとしてくれているのですか……!?」
なんて無垢な言葉だろう。彼らは助けることに違和感もない。
けど違う。何度斬られても笑みさえ絶やすこともなかったあの勇敢な戦士とは違う。
彼が語っていたほんの僅かな思い出さえもない。私と彼らにはなにもない。偽物だ。
ほんの少しでも慕われたことを心地よく思った事実に吐き気がして、彼らに嫌悪が湧き上がるほど自分を否定するみたいで惨めな想いばかりが胸に満ちていく。
……切っ先が震えた。どんな想いであれ異界道具は感情を燃やして共鳴し、研ぎ澄まされていくから。まだ交戦さえもしていないのに鈍色の刀身がゆらりと、碧の虹彩を反射して煌めく。
影差す相貌。巡る思考。張り詰めた頬、瞳は見開いたまま瞬きもできずに虚空を見つめていた。最中、不意に視界に友人たちが映り込んだ。
「大丈夫ですか? その、随分思い詰めているようでしたので。しかし、その……ああ、【剣威】さんはなんという名前なのですか? 考えてみれば我々は友人でありながらそんなことも知りませんね」
彼らが自嘲的に笑った気がした。だが、その理由も理解できなくて、【剣威】は純粋に首をかしげるだけだった。
「【剣威】は【剣威】では?」
「それは称号ですし、呼びやすいかもしれないですが、もともとは貴方の称号でもないじゃないから。名前で呼びたいと思って――」
――考えてみればグレン・ディオウルフも彼の名前だ。大元の肉体が持っていた固有名とも違う。……彼は自分で名前を決めたのだろうか。それとも【碧靂】にすら特別扱いされているから、彼女が与えたものだろうか。
【剣威】は深く俯いた。あまりにも子供じみた理由で、ただでさえ熱くなっていた目頭から大粒の涙が溢れて、頬を伝っていったから。誰にも見られないように視線を逸らした。グレンばかりが持っている。同じ道具のはずなのに。
「……わたしには名前もないのか。……道具だから」
「でしたら、私達でぜひ考えさせてください。いい名前、考えましょう!」
友人たちは溌剌として言い切った。コードウォーカーの身体で小さなガッツポーズをして、……彼らは道具としての使命を果たそうとしていた。
そんな風に結論付けてしまえば楽にいられたはずなのに。造り物の言葉が、思い出もない偽物の言葉が、頭のなかから離れなくなっていく。
――必要ない。お前らはそうさせられているだけだ。
そう言い切るべきだった。なのに結局、ほだされるみたいに力なく。
「……嗚呼」
【剣威】は弱々しく頷いた。




