同じじゃない
四章:とまらないで
地下空間に水音が滴っていた。夥しい量の発光生物の亡骸が、だんだんと肉体の結びつきを失って気化エーテルへと変わっていく。
雷電を帯びた淡い光彩の球体が、薄暗い地下水道を照らしながら漂って、だんだんと消えていく。
グレンとアズレア達が逃げた先を、【剣威】は達観したように見据え、息を整えるように一度目を瞑った。
「……強かった。どれだけ斬っても……起き上がってきた。意味がないのに。意味なんてないはずなのに」
畏怖と敬意。彼は挫けてしまうことはなかった。最期までグレンに祝福を送り続けて、置き去りにされたことさえも喜んでいた。
「…………理解できない」
【剣威】は動かなくなったアレキサンダーを見おろすと、ゆっくりと«別ち刃»を鞘に収めていく。細い指が僅かに震えていた。
「恐れることはないだろう? 生きしぶといだけさ。ワタシ達を殺す牙の一つさえ生えちゃいないのだから。……嗚呼、けど残念だね。せっかく貴重な生物を確保できると思ったのに。エーテルの血を通わすこともできないよ。これ」
エイン・ルシフェラーゼは自嘲気味に笑うと、枯れ萎んだアレキサンダーの姿を一瞥した。すぐに興味関心も無くして【剣威】に視線を向け直す。
「それを片付けておいてくれ。ワタシは先にグレン達の行き先に向かうからさぁ……」
「…………」
【剣威】はずっと、アレキサンダーを凝視していた。
エインに言葉をかけられてもなお、曖昧に頷くだけで、碧に濁った眼差しはもう動かない敵を前に釘付けにされていた。
「その子を殺したくはなかったかい?」
「いいえ。……敵対した以上それはあり得ない。ただ、……わたしのためにこんなことをしてくれる者は誰もいません。わたしが道具だから。なのに……グレン・ディオウルフだって、道具のはずなのに。わたしと同じはずなのに――」
【剣威】は俯き表情を曇らせた。言葉が途切れる。
その先を口にすることはできなかった。ぎゅっと、口に出しかけた言葉を呑み込むと、唇に力がこもる。
エインは慰めるみたいに【剣威】の頬を指でそっと撫でた。緊張で引き攣った相貌を、微弱な電気を交ぜてほぐしていく。
「そうさ。同じだよ。ワタシにとって君もグレンも大切な道具さ。けど使い捨てじゃない。宝石みたいに大事にしている」
子供をあやすみたいに穏やかな口調でエインは言葉を続けた。そっと壊れないように【剣威】を優しく抱きしめる。
【剣威】は息を呑んだ。
「君の不満は理解しているよ。けどグレンも結局は何も手にしてはいないんだ。確かに【剣威】と違って、命を賭けてくれる者はいたね? でも、全部、喪ってしまっただろう? 何も残らないじゃないか」
本当に――?
【剣威】は脳裏に過った疑念を口にはしなかった。
――武器もない戦士が遺したものはなにもないの?
疑問は無邪気に頭のなかを埋め尽くして、苛立ちに変わっていく。納得のいく答えをもらえなくてもどかしかった。
(道具だと思い込みたいだけだろう。俺がお前と違うのが妬ましいだけだろう)
同じ道具であるはずのグレンから突き付けられた言葉が胸の奥に突き刺さったままだった。道具は何も考えずに命令だけを聞くべきだ。思考するから……嫌なことを思い出す。
思い込みたいだけ? 違う。だって本物の命は、先に存在があるけれど、人格インクは目的があるから造られるんだ。
そんな風にうだうだと考えばかりが頭のなかを巡っていると、見透かされるみたいに、エインはじっと目を覗き込んでいた。
【剣威】を可愛がるように、くしゃくしゃと、長い髪を撫で梳いていく。
「君を想う者が欲しいなら。用意してあげよう。人格インクの調合も、一人ずつ用意しよう。みんな同じ性格じゃつまらないだろうからね? 幸い、ちょうどいいコードウォーカーの素体が沢山手に入っただろう?」
雷光が跳ねた。電気信号が生きても死んでもいない肉体を突き動かして、周囲に倒れ散らばっていたコードウォーカーの小隊達が敬礼していく。
【剣威】は嫌悪することも拒絶することもできなかった。自分自身も全く同じ存在だから。ただ目を見開いて、同胞が生まれていくさまを見つめていた。
誰かの体を埋め尽くす碧の蛍光。動かないはずの心臓を脈動させるために注がれる。エーテルの血。空っぽになった魂の代わりを綴る人格インク。
淡く光に包まれた光景を前にエインは満足げに微笑みながら
「嗚呼、けどわかるなぁ。ワタシも欲しいものが手に入らないと悶々としたものさ。……アズレアを取り逃してしまったことをずっと悔いていたんだ。本当に君たちを作って正解だったよ。おかげであのか弱い青色は自分からワタシの街に来てくれただろう?」
エインもグレンも。死んだ小隊達も、足元で動かない戦士さえも。好き勝手にしていた。目的のために動いていた。
「…………片付けてきます」
【剣威】は自身の小さな手をじっと見つめながら、ただ命令に従った。
「【剣威】さん、同行しますね」
聞き慣れない声が名前を呼んだ。慕うために、友人であるために造られた同胞達が後ろを着いて来る。
【剣威】は返事もしないまま、軽くなってしまった敵を丁寧に背負った。




