青さ
「凄く頑張ったんだね? 【剣威】を倒して行くなんて驚いた。けれど彼女は、グレン……仲間だから次は傷つけちゃだめだよ? ほら、帰ろうじゃないか」
「貴様、ふざけたことを――!」
「ふざけるな……! 帰って、アズレアはどうなる……。俺がいなくなったあと、あんたの色で染めるのか!?」
アズレアが牙を向くよりも早く、グレンは差し伸ばされた手を振り払った。
自分より強いはずの青色の便利屋を庇うみたいに前に出て、睥睨を突き刺し向ける。
「……嗚呼、そんなに彼女が大切ならアズレアは見逃してあげよう。君のインクも供給して、あとは【剣威】と謝りっこっをして終わりだ」
エインはぱんと、人間なんてなんも理解できちゃいない様子で手を鳴らした。
ヘラヘラと悪意もなく笑う姿は飄々としていて、周囲を漂う発光生物は幻想的に漂っていく。――前はそんな姿に見惚れさえしていたはずなのに。
今、湧き上がるのは怒りだった。何も許せなくなっていた。
ただ便利屋同士が敵対したに過ぎなかったとしても。アズレアを苦しませた原因がエインだったから。
「…………俺はもうあんたの人形じゃない」
«蒼輝刀»の切っ先を突き向ける。エインは小さく首を傾げると、空間を裂く刃をぎゅっと手で包み掴んだ。
どろどろと、雷光を迸らせて蛍光する血が滴り落ちていく。
「へぇ? ならアズレアのお人形になったのかな? けどその逃走劇の先になにがあるんだい? ……インクが切れて終わりじゃないかなぁ。それとも乾いたペンで何か綴れるのかい? ……大丈夫だとも。君が帰ったところで青色は君の肉体を壊すことなんてできない。死ぬ心配はないさ」
「そんなことは知ってる……。知ってて決めたんだ。確かに最初は振り回されてるだけだった。流されてるだけだった。けど楽しかったんだよ。あんたのお人形としてただ生き長らえるよりよっぽどな」
握られていた刀身で、生みの親の手を撫で下ろした。
青い斬撃が柔らかに皮膚を裂いて、噴き出るエーテルの血液。ボトボトと指が数本地面に落ちたはずなのに、【碧靂】は構う様子さえなかった。
「ここでこうしなきゃ一生後悔するんだよ。……初めて自分で決めたことだから」
「嗚呼、アズレア。君のせいで随分と青臭くなってしまったよ」
「勝手に言ってろ。……俺は彼女がくれた青さを捨てるつもりはない」
「…………グレン」
アズレアは息を呑むように名前を呟いて、噛み締めるように口角をあげながら、ナイフに青い炎を灯した。
「我としたことが……色付きだというのに随分頼りないことばかりだな。すまないが、手伝っておくれよ。君がいてくれるととても心強いんだ。いくらでも――感情を燃やせる。……尽きることはない」
火文字が宙を巡っていく。«青き番犬の禁章»がもたらす誓約がアズレア自身に施されていく。
青く長い髪が炎の揺らめきを帯びて蛍光した。アズレアは深く沈黙したまま、鋭利な殺意を研ぎ澄ましていく。
「へぇ、立ち向かうんだ。本物の青色でも勝てなかったのに」
断ち切ったはずの指が再生していく。
無数の蛍光生物を従えて、【碧靂】は武器も持たずに手袋だけを身に着けた。指が虚空を撫でると雷閃が描かれ放たれる。
アズレアの振るう刃と激突した。稲妻が飛沫をあげて視界を眩ませる。
「ワタシも少し反省したよ。彼の人間らしくし過ぎたみたいだね? 次は上手くやらないと……。けどその前に、ワタシの戦利品を返してもらわなきゃ」
【碧靂】は満面の笑みを浮かべると身を屈め肉薄した。鷲掴まんとする腕は落雷よりも悍ましい。
純粋なエーテルが巡る彼女の肉体は雷撃そのものだったから。
グレンは身を翻し、直撃だけは回避した。五感を焼く碧雷。神経を撫でる凄烈な痛みを噛み堪えながら«蒼輝刀»を振るう。
「導け! «蒼輝刀»……!!」
青く光輝する刃で雷撃のうねりを斬り払い、そのまま【碧靂】の喉頸へ鋭い切っ先を突き伸ばす。
【碧靂】は先を視るように頭を逸らした。身を翻し繰り出される足刀。咄嗟に防御したが。悪手だった。
貫いた雷撃が意思に歯向かい重く痙攣し、強張る。
「動けないだろう? 脳の電気信号を受け止めることもできない。アズレアぁ、君も例外じゃないよ」
背後から強襲するアズレアを一瞥したが、回避行動すら取ろうとはしなかった。背面、【碧靂】の身体から飛び出し蠢く«月光腸»が肉の壁となって斬撃を防ぎ止める。
続く雷撃は変幻自在だった。骨を持たない軟体がアズレアの四方を包囲し、焼き斬れば飛び散るエーテルによって視界を塗り潰される。
「人もどきの集合体が……!」
アズレアは悪態を零しながら人の可動域を辞めた。光芒にやられた目を閉じて、無数に飛ばしたドローンから直接視覚を受け取ると、華奢な脚一本で身体を支え、【碧靂】を回し蹴る。
「生物ですらない君が愚痴ることかなぁ? ワタシが作ったグレンを誑し込んで、君のわがままで彼は自分が死ぬことを選んだ。ひどい機械じゃないかな?」
蹴打の円弧から伸びる青い熱の斬撃。仕込み刃だった。だが【碧靂】はそれすらも見透かして、――鉄山靠。全身の膂力でアズレアを殴打した。
「っ……!」
アズレアは踏み止まろうとはしなかった。一回転し威力を流しながら斬撃を繰り出す。
【碧靂】は苦もなくその一撃をいなすと、«エーテルクラゲの電灯»がアズレアを牽制し、同じ動きでグレンを蹴り薙ぐ。
「がッぁ!」
口内で血が焼けて、グレンはたちまち煙を吐いた。白目を向いて吹き飛ぶ意識。数瞬の喪失から戻ったときには首根っこを掴まれていた。
「ほら、君の青い判断は意味がなかった。青臭い意思も意味がなかった。何者かになろうとしたかったんだろう? けど、利用されているだけさ。彼女は君の肉体が本物の青の便利屋だったから接触したに過ぎないんだ。……カワイソウに」
地面に投げ飛ばされた。鋭く穿つ殴打。地が砕け破片が背に突き刺さる。
あくまでこの肉体を完全には壊したくないらしい。
生命機能を遮断されることはなかったが、動けない。立ち上がろうとしても、痺れた四肢を動かすことができなかった。
「偽物の青色達とメス犬一匹でどうにかなると思ってたのかなぁ?」
「雌犬だけじゃないのぽ。ボクもいるのぽ!」
素っ頓狂な声と同時、迸る雷脚を巨躯が吹き飛ばす。ぼよんと。
【碧靂】は不意を突かれるように目を瞠った。存在を主張してくるアレキサンダー。ぼよん、ぼよんと。
ふざけた足音に反して整然とした態度で前に出る。
「……それに無駄じゃないのぽ。好きな女の子のために頑張れることが無意味なわけないのぽ! ヘイン……? 名前も覚えてないけど。そんなこともわからないなんて悲しいのぽね」
無垢な嘲笑を前に、【碧靂】が僅かに表情を歪めた気がした。苛立つように、視線がたかがアレキサンダー一匹に向かう。
一歩、また一歩と歩み寄るほど眩い色が視界を埋め尽くしていく。
迸る雷撃の濁流を浴び、呑み込まれ焼け焦げながらも、アレキサンダーはグレンを守るように雷撃をかき分けて【碧靂】にむしろ近づいた。
そして、――――急加速。
あろうことか全身で激突し色付きの便利屋を突き飛ばした。
【碧靂】が物理的な干渉で一切のダメージを受けることはなかったが、否応なく距離を取らされる。
「……気に入らない生き物だなぁ。電気信号もないのに感情があるなんて、意味不明じゃないか……」
「ボクはそれなりに強いのぽ。優しくて愛嬌もあって勇気もあるのぽ。だから、みんなが優しくて、強くて、勇気があるなら絶対に応えてあげるのぽ。それがポルチーニの戦士のぽ」
雷撃の操作には距離があるらしい。四肢に帯びていた電撃が僅かに弱まる。
「グレン、大丈夫かね?」
「こっちの台詞さ……。俺はくそったれなことに血はエーテルだからな。案外アズレアより、電気には慣れてるんだよ……」
アズレアの小さな手を握り、グレンはすぐに立ち上がった。
「これを――」
僅かな言葉と共にムギから投げられる«蒼輝刀»。握り直し、深く構えた。
“キノコ! よく時間を稼いだ。400000L”
嵐のように過ぎる視界。流れ続けるコメントの大半は頭に入ってこなかったが、多額の投入によって金に輝く一文だけはうざったるいぐらいに存在を主張していた。
同時、地下空間に響く轟音。
次の瞬間、【碧靂】のすぐ背後で一条の閃光が眩く貫いた。熱が周囲の発光生物を消し飛ばし、残響の尾を曳いていく。
灰燼が舞うなか、壁面に開いた大穴から乗り込んでくるコードウォーカーの小隊達。
『隊長。目標地点に到着しました』
『そうか。じゃあこう伝えるんだ。見えなくてもオレだっているとな。最高の視聴者じゃないか? アズレア様。……退路は作りました。どうかここから退いてください。そのお人形は捨てたほうがいいと思いますが、アズレア様の優しさゆえに一緒に逃げたいというのであればお手伝いしましょう』
無線越しに玉無し野郎の声が響いた。
↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に――――変――……、ア――ズ、を応……く、――嬉…………。




