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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:青い決断
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研ぎ澄まされた色

 視界を遮る斬撃――。飛散するエーテルの血液。宙を跳んでいったのは【剣威】の片腕だった。状況を理解できずに瞠目する緋色の双眸。


 グレンはありもしない余裕を気取って、救世主に向けて笑みを向ける。


「てっきり見殺しにされるかと思った。やっぱり犬は助けてみるもんだな」


 ジトリと物言いたげな視線が突き刺した。垣間見える犬歯を軋ませて、ムギ・フィアリーは辟易した。


「犬ではなく狼……ではないですね。はい、今は飼い犬です。ワン。……ほんとうなら人がいないところに行きたいんですけどね。そうすれば視聴者が求めるようなワンワンが見れますよ? だから乗り切りましょう」


 淡々と響く少女の声。誇りを壊された彼女はどこか開き直っているようだった。ゆるりと揺れる狼の尾。


 ムギは鈍色の切っ先を血に染めて、恍惚とした笑みを返した。


“惚れた。頑張って三人で人がいないところまで逃げてプレミア配信を”


“ああ! 俺は【剣威】応援派なのに”


“偽物の死体だろ? 意味ないよ”


“どっちもお人形遊びから逃げられないんだなぁ”


 沸き立つコメント。……否、もとよりずっと流れていたはずだが。文字として認識できなくなるぐらいには余裕がなかったらしい。


「ッーー!? どうしてお前ばっか……!」


 【剣威】は心の底からの憎悪をぼやいた。断ち切られ吹き飛んだ自分の腕と«別ち刃»を見上げ、感情的になって揺らぐ身体の軸。


 彼女が本物の【剣威】ではないから生まれたほんの一瞬の隙だった。


「……導け――«蒼輝刀»!」


 グレンは叫び唱えた。眼の前の敵を相手に、殺さずにやり過ごすのは不可能だったから。肉薄し、繰り出した青斬の波。空間が切り裂かれ劈く甚だしい不協和音と青色。


「映せ!! «わかち刃»!」


 【剣威】は斬られた腕が握る異界道具の引き金を唱えた。空間を切り裂く斬撃から距離を取らんと、後ろへ。後ろへ。瞬間移動を繰り返す。グレンは距離を塗り潰した。


 ――激情を燃料に異界道具の潜在能力を限界まで引き出していく。


 【剣威】の感情とは違う。怒りや生存本能じゃない。


 途方もない青色に眼を焼かれていくのが心地よい。


 憧憬? 恋情? 同情? どれも知らないものだから自分を突き動かす想いを言葉にすらできない。


 研ぎ澄まされた色が距離を掻き消して――閃かせる。青い飛沫に包まれる視界。眩く、目も開けれなくなるほど鮮やかに光輝して――斬る。


「ッーーー……!!」


 飛び散るエーテルの血飛沫。鈍い音が転がると、少し遅れて少女の身体が倒れた。


「やったのぽ!?」


 アレキサンダーは便利屋を弾き飛ばしながら感嘆したが。転がった頭部は瞳から光が失せることもなく爛々と。殺意の滲んだ睥睨を向けていた。


 倒れたはずの身体は死ぬこともなく再び起き上がる。


「エーテルの血があるんだ……。電気信号がずっと巡ってる……。死ぬはずがないだろう? とっくに私たちは死んでるだろう?」


「ぴぃ!? 怖いのぽ!」


 苦悶に掠れる声が耳を撫でて、アレキサンダーが悲鳴をあげた。殺せなかろうが接合には時間がかかる。スレッジハンマーで頭部を叩き潰すか?


 否、もう無理だろう。同じ隙は二度とない。身体だけになっていようが足元に転がる腕は«別ち刃»を離しちゃいない。近づくことさえ困難だ。


 グレンは即座に踵を返し、アズレアの行く手を阻むリード協会を一人、斬り伏せた。そのまま加速し、敵の斬撃を縫い潜って、背中合わせに合流してみせる。


 靴底が地面を削ると火花が散った。


「ふん、もう身体の一部のようではないか。«蒼輝刀»は手に馴染むかね? 正直なところ……君はグレンだから。適正がある確証はなかったのだが。想像以上だよ」


「嗚呼、おかげ様ですっかり狂ってるよ……!!」


 鮮やかな視線の蛍光が虹彩を帯びて尾を曳いた。迸る電閃が返り血を焼いていく。青く、青く。異界道具に侵蝕されたように帯びた光が揺れていく。


 アズレアは最後の一人を断ち切ると、笑顔を僅かに曇らせた。憂う瞳。緊張するように表情が強張る。


「……グレン、今更だが。本当によかったのかね?」


 走り出しながらそんなことを尋ねた。


「そんなことマジで今更聞くんじゃねえよ……! もっと他に言うことないのか?」


「……ふむ。それはそうだな? ……感謝している。ありがとう」


 慣れない様子でアズレアは少し俯いた。青色に朱が混じる。共鳴するみたいに、グレンは呻いて、視線を逸らした。


「嗚呼、それでいい。もっと感謝しろ。おかげで色付きに、アズレアにありがとうを言われた男になれた。…………逃げ切ろう。そしたらもっと――変われるだろ。お前だって」


 言葉だけは決然と伝えて、«第六視臣フロスベルフ»で先を視る。


 ――――瞬間、行く先全てが眩い蛍光色に塗り潰されて、視界に閃光が奔った。


「がぁああああああああああぁッ――――!!」


 雷撃が眼球を貫いた。頭部から巡る痺れが神経を燃やし生まれる地獄の痛み。筋肉は電気反応によって引き攣って、走ることもできなくなってもつれる脚。


 倒れる刹那、アズレアに肩を抱かれ受け止められた。


「グレンっ!!」


 名前を呼ぶ声に混ざるパチパチと乾いた拍手。近づいてくる靴音。


「……グレン。愛しいグレン。青色に近づいたら……塗り潰すって言ったじゃないか。まぁ、それが目的でもあるんだけどさぁ――」


「……エイン・ルシフェラーゼ」


 グレンは焦燥するように名前を呟いた。


 眩い視界に映る長く黒い髪。内側で煌めく碧。エインは新調したスーツを見せつけるみたいに悠然と立ち塞がっていた。


「嗚呼、名前を呼んでくれるとすごくドキドキしちゃうよ。グレン……」


 エインは満面の笑みを浮かべた。少女めいていて、無垢で、気味が悪いほど整った笑顔。


 なんてことのない様子で警戒をすり抜けて、歩み寄って、ゆっくりと手が差し伸ばされる。

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