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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:青い決断
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同族嫌悪

 真っ先に動けたのはアズレア一人だった。


 無数の«月光腸»を断ち切り、浴びる碧の血は青い炎に呑まれ消える。


 華奢な体躯が跳んだ。短い刃先を反応する間もなく【剣威】へ突き立てようとして、巨大な両刃剣が掠める。


 リード協会の連中が刃を受け止めた。青い炎が激突と同時舞い上がり、一撃を受けた敵を染めていく。


「っち、飼い犬は忙しいんだなぁ……。腹立たしい」


「――猟犬だ。先輩達の仇は取らせてもらう」


 アズレアの色が届かない。グレンは眼の前の敵に対峙を強いられた。――刃先が揺れ、碧に煌めく。


 刹那、眦が向かい合った。«剣威»は地を砕き蹴り肉薄し、グレンの握る«蒼輝刀»と巨大な刀が剣戟を激突させた。


 凛とした相貌が迫る。緋と青、そして碧。三色の視線が交差し、互いを嫌悪するように表情を歪めた。


「てっきり電気で死体を動かしてるだけだと思ったが違うんだな……ッ!」


 言葉に呼応するように、意思がなかったはずの視線に鋭い光が帯びる。


「どうしてエインに逆らう? 私たちは恵まれてる。最高の肉体がキャンパスじゃないか。大人しくしてくれないかな。グレン・ディオウルフ。エインは大切な手持ちを殺したりはしないからさ」


 膂力の乗った斬り上げを正面切って受け止めて、靴裏が激しく地面を削っていく。摩擦でこもる熱。打ち込まれた雷撃と衝撃で腕が痺れる。


「お前も人格インクか……」


「うん。私たちは同類。インクが切れたら何も綴れず途切れる存在。わかる? 私はあんたを捕まえなきゃいけないの」


 【剣威】は――否、彼女の身体に染み込んだ人格は肯定した。作り物であることを指摘されると、歪んだ表情は冷え切っていく。


 自分のものじゃない身体。偽物の感情と思考。鏡でも見ているみたいだった。……エーテル電光の所持品。エインの私物。


 現実逃避みたいな逃避行で忘れかけていたことを思い知らされる。


「っ――誰が捕まるか。そもそも逆らわれたくなかったらインクでちゃんと書いておけばよかっただろ。それなのに中途半端に放り出した。……エインのことを悪いやつだとは思わないけど、俺はお前みたいに忠実な宙ぶらりんは嫌なんだよ」


 痺れを押し殺す。歯を食いしばった。


「意思を奪えば道具を使いこなせないから。ただそれだけ。それともきちんとルールを書かれないと何も理解できないの? 逆らえばインク切れになるってことも」


「理解してるさ……。嫌になるくらい。けど生憎、アズレアは火文字でしっかりとルールを書き込んでくれやがったんだよな。それに意外と可愛げあるし、隠し事はあるけど色々さらけ出してくれてるし……」


 すぐ傍でリード協会の暗殺者共を抑え込むアズレアを一瞥した。青い髪が鮮やかに揺れ靡いている。


「理解できませんね。どれだけ頑張っても私たちは人格インク、道具の延長線ですよ」


 緋と碧の瞳が光輝した。蛍光の軌跡が尾を曳いていくと、身の丈よりも長い一刀が、ゆらりと鈍色を揺らす。


「映せ――«わかち刃»」


 【剣威】が異界道具の引き金を唱えたと同時、視界が真白に染まる。


 強い酩酊感に三半規管と視覚が揺さぶられ。身体は勝手に敵前へ引き寄せられていた。


 振り下ろされる異界道具の刃。距離を取るのは――間に合わない。取り回しの悪さを代償にした射程はあまりにも長い。


「ッー!!」


 咄嗟にできたのは防御だけだ。«蒼輝刀»を交差と交差するように激突する一撃。劈く金属音。細く重い剛斬は弧を描いて、衝撃波が突き抜ける。


 ――持っていかれる。


 «第六視臣フロスベルフ»は見せるより先に直感を巡らせた。一撃を受け止めた«蒼輝刀»から、力を逃がすように身体を翻したが。……後手だ。


 直撃をいなしたものの、貫いた斬撃の波が片腕を伝う。


 軽く振るわれた追撃の刃が左腕を切り飛ばした。


 舞うエーテルの血飛沫。身体を巡る碧の血が荒雷スパークを迸らせていく。


「ッーーー!! 導け――«蒼輝刀»」


 痛哭した。見開く瞳。言葉にならない叫びを凄烈に噛み締める。


 グレンは悶絶するよりも先に唱えた。青く斬閃を描いて空気を切り裂き、なんとか間合いから離脱する。


 自身の寸断された腕を口に咥え、断面を深く押し込み繋いでいく。


「嗚呼、くそ……。最高の肉体ってのは本当だな。青色の身体に碧の血。何も文句ねえよ」


 腕はすぐに繋がった。神経系の痺れを、体内の電気が強引に補完していく。


「痛みはあるでしょう。今からでもエインは許してくれます。帰りましょう。私達に本来争う理由はありません。青色はあなたに強引な契約を持ち掛け、脅したにすぎないはずです。敵対する理由はあれど協力する理由はないはずです。なぜ――?」


「ないはずないはず。なぜ、なぜ。ってうるせえな……! そうしたいからそうしてるんだよ……。ここで戻って俺が得るのはなんだ? また一人で金だけ集めて、エインに命握られて、一介の便利屋然とすることか?」


「そうですよ。私達はそういう存在です」


 薙ぎ振るわれる刃。受け止めると同時、突き放たれた足刀蹴り。回避行動もできずに靴裏が鳩尾を抉った。


 吹っ飛ばされ、身体がゴム玉みたいに地面を跳ねた。灰から絞り出される喘鳴に血反吐と酸っぱさが混ざる。


「一緒にするな……。俺はお前とは――――」


「同じですよ」


 グレンが態勢を取り戻すよりも早く、«別ち刃»による力が作用した。


 明滅する五感。閃光に包まれたかのような錯覚。視界に広がる白色が消えたときには、身体は再び敵前。振り下ろされる切っ先を避けることはできない。


「ッー……!」


 再び青い刃で受け止め、可能な限り膂力を打ち流した。衝突と同時に迸る雷撃が目を焼いてくる。受け止めきれない斬撃の波が突き抜けて、つなげた腕を斬り飛ばす。


 ――泣きたくなった。


 苦悶は言葉にならない。アズレアが見ているなかで防戦にすらならない。


 みっともなくがちがちと痛みで顎が痙攣するのを、断ち切られた手を噛み締めて誤魔化すしかできない。


「何を怒ってるんだ……!?」


 言葉を交わした。苛立ち、無力さ、怒り。激情が巡るほど感情に共鳴するように異界道具の作用が働いていく。


 強引に断面を押し込んで繋ぎ直すと、«第六視臣フロスベルフ»は限界にまで研ぎ澄まされていた。敵の斬撃の軌跡を見せる。


 受け流し、飛沫をあげる火花。


 迫る斬撃波を潜り避けて――視界が再び白く染まった。


 五感を揺らす吐き気。全身を殴打する衝撃。一瞬で意識が眩むと、グレンの身体は物理法則を全て無視して吹き飛ばされた。壁に全身が激突し、舞い上がる砂塵とエーテルの粒子。


 僅かに四肢を動かすと瓦礫と砂塵が音を立てていく。


 明確な断定はできないが、瞳が«別ち刃»を鮮明に映し出した。敵の異界道具は引き寄せるだけではないらしい。……知ったころには手遅れだった。


 カツカツと、響く靴音。長い刃先が突き向けられる。


「そもそも、あなたがいたところで――何も変わらない。本物の青色ですら勝てなかったのにあなたに何ができる? だから、道具らしく、余計なことはそぎ落とせばいい。碧のままでいればいい」


「道具だと思い込みたいだけだろう。俺がお前と違うのが妬ましいだけだろう。……偽物が」


 開き直ったように笑い、アズレアを真似るみたいに飄々と目の前の敵を見上げた。


 ほんの一瞥だ。グレンはまともに視線を合わせなかった。死にざまを映そうとする撮影ドローンに眼を送り、自嘲を零す。


「――――眼中にもないですか」


 【剣威】は嫌悪に満ちた言葉を吐き捨てた。血走る瞳。突き刺す憎悪。華奢な腕が刃を振り下ろす。


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