紛い青
「…………うむ。そういうことにしよう。そのほうが全てを読んでいた感じがして賢いな?」
「ふざけたことを……」
闖入者を迎撃せんとクラゲ達の触手が伸びた。それは海を漂う生物の用途ではない。空気を弾き打つ音と衝撃はさならが鞭だ。
切り裂くような殴打と同時、鮮やかに雷光が迸る。グレンは咄嗟に距離を取りながら、自身に触れうる半透明の触覚器を青い刃先で切り払った。
返り血代わりに飛沫をあげて散るエーテル。皮膚に触れると雷撃が跳ねた。腕を伝い巡る電気が否応なく筋肉を引き攣らせる。
「はは……宇宙アメーバごときに時間を喰ってた俺じゃ死んでたな」
が、常人よりはよっぽど耐性があるらしい。碧の眼が光輝すると、むしろ身体の内側を電気が満たして、瞬発的な膂力を生み出して見せる。
「導け。«蒼輝刀»」
踏み込み、異界道具の力を引き出す言葉を唱える。青い刀身がの鈍色に煌めいた。ホログラムの文字さえも切り裂く空間の切断。
クラゲ本体に俊敏性はなく、いとも容易く寸断した。飛び散る碧色さえも消し飛ばしていく。
立て続けに二匹目へ肉薄する次の刹那、華奢な腕がグレンの身体を突き飛ばした。視界に割り込む青く長い髪の靡き。
「なにを――!?」
「次の成長を臨もうか? 君は«エーテルクラゲの電灯»を処理しながら我をじっと見ているといい。おっと……惚れるなよ?」
こちらを見たまま青い眼差しがくれるウィンクと投げキッス。
同時、激しい金属音が劈いた。散る火花の閃光。瞬きの猶予もなくアズレアとリード協会の暗殺者が刀身を激突させていた。
剣戟の残響が鋭さを帯びて鼓膜を震わせる。
軋む金属。アズレアは青い熱を帯びたナイフで身の丈ほどの両刃剣を受け止めると、そのまま力を打ち流した。
斬閃の円弧を纏うように斬撃による牽制をしながら悠々と距離を取り直す。
「ふん、雌犬協会の一課まで来て我にサインのサインでも欲しいのか? それとも芸でも仕込んでほしいのかぁ? 身の程を知るべきだな。色付きが何故、畏敬されるかを考えたことはあるかねぇ?」
外套に覆われた相貌。赤く獰猛な視線とくっきりと刻まれた傷跡だけが垣間見えた。揺れる黒い狼尾。
腕章に刻まれたリード協会のロゴは、協会のなかでもトップである一課のものだ。
「青色を名乗る資格はないだろう? 寄生虫で、偽物の身体、偽物の魂。随分と濁った青色だ。お前がやろうとしていることは青色を穢す行為でしかない」
「…………」
中性的な声だった。目を見開いて笑みが消えるアズレア。引き攣る頬にドス黒く影が差し込めた。
敵は怯む様子さえなく軽蔑と侮蔑を向けると、巨大な刀身を首めがけて振り下ろした。
「エインから余計なことを言われたらしいな。何も知らないくせに知ったような口を聞いて……! 青色を穢したのは貴様らだろう!?」
さっきまでの態度が消えた。感情的に声を荒らげて目に滲む涙。
アズレアの握る二本のナイフが青い炎を燃え広げた。収斂する熱が軌跡を帯びて交差する。刃が激しくぶつかり合うと、業火が舞い散っていく。
グレンは雷撃に身を焼かれながら«エーテルクラゲの電灯»を斬り伏せていったが、アズレアと敵の間合いに割って入ることもできなかった。
ただ彼女の自己嫌悪と怒りに歪んだ表情を見つめ、刃を握る手に力が籠もる。
――【碧靂】に【青契】は敗けた。この身体の原型は彼女の手に渡り人造人間の素材同然の扱いを受けている。彼女の肉体は損壊し、機械へと変わった。
事情はもう知っているはずだ。全て知ったうえで、エインの命令に逆らってこんな無謀なことに手を貸しているはずだ。
「クソ……!」
八つ当たりのようにゼラチン質の傘を切り裂いた。五匹、六匹。絶える気配はなく無数の発光生物が雷撃を奔らせていく。
雷光が皮膚を撫で焦がしても痛みなんて感じやしなかった。苛立つばかりだ。アズレアのことばかりがぐちゃぐちゃと巡っている。
牙を軋ませた苦悶の表情。涙を滲ませた鋭い睥睨。……彼女が向けている想いはこの身体のオリジナルに対してだ。それが気に入らない。
気に入らないことも気に食わない。……死人に嫉妬しているんだ。俺は。
――そのうえまるで分かっちゃいない。当事者のはずなのに当事者になりきれない。彼女が冷静さを失いかけているのに掛ける言葉もわからない。
「鬱陶しいんだよ! 邪魔をするな!」
叫んだ。胸の奥を刺す想いに共鳴するほど、振るう刃はより鋭く、より蒼く鮮やかに研ぎ澄まされていく。異界道具が空間を切断し続ける。
十体目のエーテルクラゲを処理する瞬間、ぼよんと緊張感のない音を立てて目の前をでかい影が横切った。
……デカキノコだ。小さな丸い手がクラゲを殴打すると、パンと銃声のような音を響かせて敵が弾け飛んだ。
普通は物理的な干渉を受けないはずだが、普通じゃないらしい。




