青い決断
『今どこにいる? 配信を切って合流しよう。«第六視臣»を使って光が出た位置で落ち合う。どうだ?』
『ん。それでかまわんぞ?』
了承が返ってくると同時、頭痛が響く。瞳に埋め込まれた異界道具の力を行使し、会うべき場所に導かれるように移動していく。
無自覚のまま、走り始めていた。廃墟を繋ぐ朽ちた橋を駆けて、雑踏、暑苦しい喧騒を藻掻き抜ける。そのうち、人通りは消えた。
たどり着いた先は床の抜けた廃ビルだ。まともな人間なら立ち寄る理由もないだろう。
「ふん、我々のデートの待ち合わせにしては嫌に寂れているなぁ?」
ふざけた言葉が耳を撫でる。アズレアはすでに到着していて、薄汚れた壁に寄りかかっていた。グレンを待っていたかのように、撮影ドローンが周囲を映し出していく。
「なんで撮影しているんだ……。状況をわかってんのか……!?」
グレンは今までになく声を乱した。無自覚だった焦燥と不安を自覚して、同時、一瞬にして不満へと変わっていく。あれだけ心配したのに――彼女は。
「無意味なことだよ。個人相手ならともかく、街にいる限り、目から逃げることは叶わん。ならばいっそ、スポンサーがいる状態を継続するほうがマシなんだ。怒らないでくれよ」
宥めるような口ぶり。飄々としたまま、童顔で大人びた表情を浮かべる。小さな歩幅で近づくと、グイと。指が相貌に触れた。碧の目をじっと覗き込まれる。
「して、君から連絡してくれたんだ。大切なことなんだろう? 要件はどういったことかね?」
グレンは深く頷いた。曇る表情。自分ができることなど、あまりに限られていた。
「この街から出ろ。……お前は【碧靂】に狙われている。俺のオリジナルを巡って色々あったのかもしれないが、あいつは碧の便利屋なんだろ? けどそれだけじゃない。今はエーテル電光の最終執行責任者だ」
そもそも、色付きの便利屋自体が単独で企業と対等でいられると認識された者なのだから、そこにエーテル電光までもが加われば、……アズレアでも勝ち目はない。
だというのに。
アズレアは頷かなかった。血相を変えて見開く瞳。光り揺れる青い髪を乱して。牙を軋ませながら撮影ドローンを鷲掴んだ。そのまま顔を近づけ、じっとレンズの奥を見据える。
「【碧靂】……!! エーテル電光もだ。見ているんだろう? どうせ配信なんぞ経由せずともそこら中に発光生物を泳がせているくせに。我が逆らったら照明に使ってるクラゲにでも襲わせるか? 街中に漂っているエーテルを変有毒ガスにでも変えるか!?」
冷静さはなかった。企業の廃墟で目の当たりにした強さも、初めて会ったときに見た妖艶さもなく、何もかもが剥がれ落ちていく。
むき出しになったのは引き攣った余裕の無さと、……憤怒だ。青さでもあった。あまりにもらしくもなくて、グレンは咄嗟にアズレアの肩を掴んだ。
……華奢な体躯だ。
「落ち着けよ。なにやってんだよ……! 街を出ればいいだけだ。俺と、何か関わりがあったのかもしれないけどさ。……【碧靂】を出し抜くのは現実的じゃない。それに、俺はオリジナルじゃない。複製された缶人だ。円筒から生み出されただけの身体だろう」
本当に、何をやっているんだろう。流されてばかりだ。自己嫌悪が湧き上がって、誤魔化すようにアズレアを宥め続けた。背を擦っていくと、ジイっと、今に泣き出しそうな青い双眸が見上げてくる。
「どうして……、どうしてこんなことができる…………!」
その言葉が誰に向けたものなのか、グレンは確信が持てず返事をしなかった。長い沈黙……。ぎゅっと、肩を掴み返されて額を押し付けられた。青く長い髪がしだれる。うつむいて、アズレアは表情を隠した。
「………………君は……やっぱり、違うな」
「何が違うんだ。俺は、きっと正しいことをしてるはずだ。今はな」
ちらりと。ホログラムを通して流れていくコメントを一瞥する。
“泣かないで”
“クッサ。セリフクッサ。おえええ。寄生虫の分際で『このコメントは非表示にされています』”
励ましとからかいと野次と悪意。いろんなものが入り混じっていた。ナドゥルのコメントであろう者を一時的に遮断して、黙り込んだままそのままでいると、
「……違って、いい人だ」
アズレアは力なくそう呟いた。
「なにを……ふっ、当たり前のことを」
余裕のない軽口。すぐに真剣な態度に戻ったが。それだけでも少しはマシになってくれたらしい。アズレアは光褪せた眼差しで呆れると。深く息を吐いた。苦笑いだ。向けられると、吊られるようにグレンも力なく微笑んだ。
「とにかく、勝ち目がないだろう。だってあんたは、俺のオリジナルがいた上で、前よりもっと強かったうえで――」
「……そうだな。【碧靂】に君の身体は殺された。我は誓いを破る形になって、本物の肉体を失った。今じゃこんなロリ人形だとも。前はもっとグラマラスだったんだがなぁ……」
言葉に嘘が混じる。彼女なりの、余裕の取り戻し方でもあった。
「君ぃ……。アシスタントとして君に――」
「嗚呼、構わない。逃げるのは手伝ってやる。着いていくかは……わからないな。まぁ、どうにかしてほしいなら命令すればいいんじゃないか? 青い火は絶対だろう?」
食い入るように言われる前からそんな言葉を豪語したんだ。この時点で――俺も大馬鹿だ。なにせエイン・ルシフェラーゼは「青色と関わるな」と言ったんだ。
命令に逆らっている。むしろ彼女の頼みを聞かないことが、唯一の安全策だったはずだ。
「……グレン。その、なんと言えばいいかなぁ? …………ありがとう」
はずなのに、アズレアは馬鹿げたぐらい素直に感謝の言葉を口にした。
グレンは照れ隠しに背を向ける。視線を逸らすと非表示にされたコメントが、理由はわからないが狂ったように連投されていた。……今まで見たことがない量だった。
何が、ナドゥルの逆鱗に触れたかはわかったもんじゃない。
「脅されてるだけだっての。逆らったら、青色の炎が全部焼き切るんだろ?」
「そ、そんな言い方をするな! 我が認めれば燃えんからな……!」
青い炎? 言い訳にもならない。逃避行なんてしたが最期、身体が内側から燃えるより先に……人格インクが乾いて消えていくだけだ。
ここに来る前にエインから渡されていたインク瓶を、ぎゅっと握り締めた。覚悟表明みたいに、目の前で頭から被っていく。
「……エインも別に悪人じゃないんだが。どうも、許し会える仲でもないんだろ。……お前が泣いたり怒ったりさ。似合わないよ。飄々と、手が届かない感じを視聴者も求めてるだろうし。……はぁ、どうにかしてみよう」
青い決断でしかないことは端からわかりきっていたから、先のことを考えないようにした。
現実逃避でしかないが……逃避行なんてそんなもんだろう。
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