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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:青い決断
24/60

エイン

 ◆




 外郭に追いやられたスラム街とは打って変わって、エーテル電光本社が位置する中央自治区は人工島に造られている。


 整然としたゴミ一つない煉瓦の道には他都市から来た観光客と企業所属の富裕層向けのカフェとレストランが生体ネオンを煌めかせていた。


 どこもオーシャンビューで、白い砂浜でさざめく黒い海は、悍ましいはずなのに美しくさえ思えてくる。……ここには鯨もいなければ、深海から来る者もいない。海への回帰を唱える者もいない。


 アズレアが来ていたような水着を来て歩く人々。当然の存在であるかのように街を照らすクラゲや空魚はどれも、異界道具の複製品だ。


 人格インクの購入を行うたびに中央区へと向かうが、とてもじゃないが慣れそうにない。明らかに自分の居場所ではないから、居心地が悪い。


 ……ここには薄汚い便利屋はいないのだから。


「……ッ、文句があるなら睨んでないで言えばいいだろ」


「グレン、大丈夫のぽ? 何かあったらボクが守るから、後ろにいていいのぽよ」


 ぼよんぼよんと奇っ怪な足音を鳴らして、デカキノコがスキップを踏んでいく。


「問題ない……。俺は一応、エーテル電光の所有物だ。少なくともこの街で問題は起こらない」


「でもムギちゃんに襲われたのぽ」


 あの暗殺者の犬女のことだ。確かに切っ先を振り向けられたが、何かが起こる気配なんてなかった。マクリントック研究連盟の設備も、一応はエーテル電光の下部組織のはずだが、介入は何もない。


「…………あれは大した問題じゃなかったってことだろ」


 上の意思なんて理解できっこないから。そう結論づけた。


“でも配信には介入してきたな”


“監視はされてないか? ドンチャンしてくれるほうが楽しくていいからもっと暴れろ”


“戻ったらプレミア配信するん?”


 好き勝手な言葉が流れていく。撮影ドローンが街を映し出していると、生命配信の親企業であるモンターニュ社とも提携は取れているのか、いつも以上に電子公告が視界に過ぎってくる。


 そのせいか、デカキノコは興味津々に周りを見渡していた。楽しいなら別に、何も文句もないのだが。


 グレンは一人、この街に辟易するようにため息をついた。


 ――本社ビルにまで着いた。見上げると首が痛くなる。……偉そうな奴はどこも例外なく高い場所か、地中深くだとか。そんな辺鄙で不便な場所で、便利快適にふんぞり返っているんだ。


 グレンはピタリと足を止めた。振り返り、条件反射のように«蒼輝刀»の切っ先を己の背後へ突き向ける。


 ……ジジジと。視界を揺らすノイズ。空気が歪むと、翠の蛍光色が明滅して、光学迷彩がオフになった。分厚い外骨格を纏った職員が一人、銃口を向けていた。


「……失礼。見えていましたか」


「いや、前までだったら分からなかったと思う。……勘がよくなったんだよ」


「エイン・ルシフェラーゼ様がお待ちです。このまま第一エレベーターで六十階まで向かってください」


「……彼女の私室じゃないか? そこ」


「向かってください」


 言葉と同時、兵士を見失った。光学迷彩ではない。迅速に距離を取られて、目で追えなかっただけだろう。«第六視臣フロスベルフ»に意識を向ければすぐにでも位置はわかるだろうが。そんなことをする理由はない。


 グレンは大人しく本社エントランスへと入った。


 企業内部はいつも水音が響いている。空気そのものに特異点技術が仕込まれているからだ。


 本社は都市の心臓で発電区画の中枢でもある。原理は知り得ないが、エーテルの血とやらが気化して、街全体へ巡っていく音らしい。


“何も見えない”


“流石に企業内部は映せないのか”


 配信画面を見ると、エーテル電光のロゴマークだけがブラックアウトした画面のなかで映し出されていた。


 エレベーターに乗り込むと、階を押さずとも上へと向かい始める。僅かな駆動音だけの静寂。ガラスの向こう、街は遥か眼下だ。人は点ほどの大きさにしか見えなくなってくる。


「怖いのぽ?」


 むにゅりと手を握られると、肩の力が少し抜けた。


「……正直な。姉のように接してくれてた人が色付きの便利屋で……。俺のオリジナルの個体を殺した奴だぞ。しかも、俺が最近関わった便利屋も色付きで、……オリジナルの相棒だった。嫌がらせみたいにわざわざ配信で連絡してきた」


 ――テントン。


 電子音。扉が開いた。女性の声が六十階だと告げてくる。


 恐る恐る前へ進んだ。……まるで高級ホテルのスイートルームだ。行ったことはないが、広告ばかり流れてくるから知っている。


 清潔な匂いがした。部屋は肌寒いぐらいに涼しい。不快な湿気もなく、エアコンの風に揺れる観葉植物。奥でシャワーの水音が響いている。


 玄関、並ぶ白いスリッパを前にグレンは硬直した。


「履き替えてよ。スラムを通ってきた靴だろう? 足跡ついちゃうよ」


 見えてもいないのにその場にいるかのような言葉をかけられた。硬直は、動揺へと変わり、グレンは滲む汗をぬぐいながら頷いた。


「あ、ああ……。悪い」


 言われるがままだ。萎縮してか、デカキノコが自分から次元バッグのなかに潜り込んでいった。


「……守ってくれるんじゃないのかよ」


「礼節は管轄外のぽ」


 一人では部屋はあまりに広い。シーツが張ったベッドが三台。ガラステーブルに残された飲みかけのワインから、僅かに香るエチルモトリン粉末アルコールの臭い。


「どうして緊張してるの? ワタシ達の仲だろう? 座りなよ」


 水音は消えていた。響く声は遠いのに、囁かれるかのように耳元を撫でる。


 神経全体に電流が走った。痛みはない。筋肉の強制的な動きが否応なく膝を曲げさせる。逆らうことは――できない。


 腰が抜けるように座り込むと、高いソファーなのか深く身体が沈んだ。


 やがて、ギィと扉が開いた。


 湯気が広がっていくと、宙を漂うのは無数の発光生物だ。零れる翠の光輝。迸る雷光。電光。碧の双眸がじっと見つめた。片目は義眼だった。


「……エイン」


 グレンは無自覚のまま名前を口にした。«第六視臣フロスベルフ»ではない、碧の眼が共鳴して光輝を揺らしていく。


 エイン・ルシフェラーゼの長い黒い髪が揺れた。内側で煌めく碧の眩み。歩み寄ると、ふわりと靡いた。甘い匂いが近づく。


 身動きは取れなかった。手袋越しに頬を撫でられた。親指と人差し指が肌を摘み、捏ねて、無邪気な笑みがすぐ目の前に迫る。


「ああ、ワタシはエインだよ。グレン、可愛いグレン。いろいろ知ったのかもしれないけどさ、畏まらないでよ。同じ目を持つ仲だろう?」


 そう言って牙を見せると、エインはグレンの指を噛んだ。……血が滲み垂れていくと舌が這う。


「よかった。あんまりにも態度が違うから不安になっちゃったじゃん。……怖かったぁ。変わらないよ。いい匂い……、紛れもなく家族の味だよね?」


 【碧靂】の笑みは蠱惑的だった。

↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えたり、感想をぜひとも遠慮なくしてくれたまえ。特に今回はあれがいるから、まぁ炎上でもさせてやるのが良いとおもうがね。

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