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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:青い決断
23/60

犬の散歩

 みてみん側で勝手に画像を縮小されて110*110にされていたので修正しました。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 磯の臭いが消えることはない。エーテルクラゲの電灯が漂う水没区画を抜けてもどこかしらは海水に侵食されている。


 水没した道路を水路のように行き交うボート。淀んだ水のなかを泳ぐ甲殻魚類が網にかけられていく。


 廃材を積み重ねて造られた橋が廃墟と廃墟を繋いでいた。


 くぐり、渡り、廃墟同然のアパルトメントもまともな金がない連中からすれば最高の居住区画だ。


 都市の大きな恩恵を受けることはできないが、少なくとも暮らすことはできる。屋上は黒い海がもたらす汚染も少なく、連なる構造物の最上階全てをつなぎ合わせて、巨大なブラックマーケットを形成していた。


 行き交う人はミナマタ水産の末端やラブカ逐魚組合とかいう鮫打ちの組織から、睡蓮会の連中、行き場のないゴロツキばかり。


 通り過ぎるたびにニヤニヤと、冷やかしと嘲り、軽蔑と茶化し。とにかく、あまり心地よくはない視線がジイッと。背から顔まで突き刺してくる。


「なぁ……別にやめてもいいんだぞ」


 グレンは気まずいようにぼやいた。潮風が髪を撫でていく。握りしめるリードが揺れる。伸びた鎖の先にいるのはムギ・フィアリーだ。


「いえ、……わたしができることなんて。これぐらいで……ふ……グス。だって、わたしのために大金を使ってくれたじゃないですか。ですので、わたしはこれぐらいの罰と償いが必要だと思いますし……」


 どうしてこうなったかはあまり覚えちゃいないが。確か、彼女からこうしてくれと言ってきたはずだ。


 配信に流れるコメントと挑発を本気にしたらしく、押し切られるようにグレンはムギを、リード協会から送られてきた暗殺者のリードを携えて散歩をしていた。


“ビジネスの関係でしかこういうの見ないわ。羨ましい。けど私はリード協会に散歩されたい側です。500L”


“実質リード協会への営業妨害だろこれ。10000L”


 どういう需要かはどことなく知れる。デカキノコとダラダラしているよりも刺激的な内容なのか。時々、こうして無駄金を支払ってくれる人がいた。そのたびに、ムギは少しばかり目を輝かせて尾がぶんぶんと揺れていく。


 けれども次第に尾は力なくしなだれて、現状への恥辱が理性を勝るように頬が赤く染まっていった。


「……わたし、どうしてこうなっちゃったんですかね。ようやく、企業に入れたのに。ああ、いえ、わかっているんです。これはわたしの力不足でしかないです。……むしろ、助けてくれると思いませんでした。変なことされるかと思ったらそれもなくて……むしろ、申し訳ないぐらいで」


「それで……散歩か?」


 新品同然だった白い防弾スーツがやるせなさを一層と滲ませていく。ムギはコクコクと頷いて、手が虚空を掴んだ。


「その……嫌でしたかね。アズレア様にも聞いたらこうしろと言われたのもあって…………、配信でも散歩させろとか、色々言われてて……グレン様もそうおっしゃっていたので」


 声は僅かに震えていた。アズレアも、彼女がこんなことをするとわかってて同調したに違いない。


「俺は別に嫌か嫌じゃないかって言われたら嫌じゃないが。人通りと視線がなければ」


 撮影ドローンが無慈悲にも彼女をアップで映し出すと、にへらぁと。死んだ眼差しと半開きの口のまま、ムギは引き攣った様子で力なくピースを向けた。


挿絵(By みてみん)


 振り込まれていく少なくない通貨。グレンは素直に喜べず、辟易として顔を歪めた。


「なら…………人がいないところに行きますか?」


“は?”


“雌犬がよ。配信したら課金する”


「人がいないとこなんてないだろ。ドローンが永遠に追っかけてくるからな」


「いえ、こうすればもっとお金入るかなっと思ったので……」


 リード協会は彼女にとってプライドでもあったのかもしれない。組織の権威が剥がれ消えた後に残った姿に、死闘を繰り広げたときの面影はなかった。


 自暴自棄と恥辱と蠱惑的な理解不能な何かが入り混じっていて、磯の臭いをぼかすように鼻腔を撫でるときがある。


「はは! このままよいしょするならうちの宿はどうだー? モーテルバニーホイップより安いし気軽だぜ」


 行き交う人々がそんなことを言ってくるのも無理はない程度にムギは顔を真っ赤にしていた。不意に見上げる眼差し。気圧されるようにグレンは僅かに距離を取った。


「……お金もありますが。本当に感謝しています。初仕事がダメになったときの末路は……あまりいいものではありません。大半が死にますし、そうでなくても良くて身体を使われるぐらいで、酷ければ肉のために増やされたり、肉体のデータ化、死体機械化……。数えきれない可能性があったし。エーテル電光とつながりがある以上、何もかも可能だったはずです」


「しなかったのは気持ちよくないからだ。……人格インクの調合でそういう性格になってるんだよ。目の前で死なれるのは好きじゃないし、誰かを似たような境遇にするのも嫌だった」


 じゃらりと鳴る鎖。意図せずに首を引っ張ったようで、弱弱しい呻きが漏れた。……こんな話を散歩中にするもんじゃない。


“グレン・ディオウルフ。エーテル電光中央センターに来てください。エイン様がお待ちです。200000L”


「二十まッ……!?」


 ムギが驚愕に狼耳を揺らすなか、どうしようもなく嫌な予感がしてグレンは神妙にホログラムを睨んだ。


「……ッそういうことらしいから。散歩は終わりだ。別に俺は死なせたくないから買っただけで、お前を奴隷にしてこき使うつもりもない。自由にしていい。養うほど金もない」


「いずれ恩は返します。必ず。そのときは……また会いましょう。散歩は……別に、望むならいいです」


 頬に微熱を帯びたまま双眸が向かう。じとりと、アズレアとも違う純粋で生真面目な視線だった。最後の言葉は嫌味か開き直りでしかないが。


「変なこと言ってると言質取られておかしな契約結ばされるぞ。青色のな」


 冗談を言いながらエーテル電光へ向かった。こんな形で呼ばれるのは初めてだった。アズレアも見ているだろうに。あんな連絡方法は挑発か、牽制か。


 だから余計に気がかりで、だんだんと歩く脚は早くなっていく。


 ◆

↓の☆☆☆☆☆ボタンを★★★★★に変えたり、感想をぜひとも遠慮なくしてくれたまえ。特に今回は雌犬が哀れと思うなら可愛いとでも言ってやれば喜ぶんじゃないかね?

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