青碧
「はっ、格好つけるのだけは一人前になったらしいな。サムネ意識か? 貴様がアズレアチャンネルに出演できる最終回が今だろうからな。やれ。雌犬。オレが後ろから――痛ッ!?」
過激派ファンのナドゥルが苦悶を浮かべ声をあげた。宙に刻まれる青い火文字。この場所に刻まれた誓約が同数での戦闘以外を拒絶している。……すなわち、アズレアは戦ってくれないということだ。
おかげで撃たれずに済んだが。
リード協会の犬女が両手剣を構え、刃を向けて飛び降りてくる。宙で身を縮めるように脚を折り曲げると、空気を蹴って急加速し、相まみえた。
「ッ――!!」
ギリギリで体を逸らし避ける。重く地面が揺れ砕け泥水が舞い上がる。――突き抜けていく刃風は肌を撫でるだけで切り裂いてくる。
「あなたに恨みはない。依頼主のほうが嫌い。けど、仕事だから」
言い訳のように呟かれたぼやき。
リード協会の暗殺者は的確に首元へ刃を振り上げ、遠心力にわざと振るわれるように円弧を描いて地面を滑り駆ける。
「……その可愛い水着も依頼者の嗜好か?」
白銀の尾と耳に合わせたような、純白の水着。防御性は皆無で、密着するような布地が身体のラインだけを主張する。
“とっ捕まえてその服装のまま街お散歩させたらグレンのアンチやめる”
“金が無かっただけだと思うが”
“この子は生命配信者じゃないの? 配信者ならグレンよりこの子応援したいのに”
「てめえら……殺すッ――!!」
少女は恥辱に顔を染めると牙を剥き出しにして踏み込んだ。
逆鱗を踏み抜けたらしい。瞬間的に高ぶる激情が横薙ぐ斬撃を激流のごとく振るっていく。
「従え。«第六視臣»」
グレンは映像にあったオリジナルの動きを模倣するために異界道具の引き金を唱えた。
痛みと共に顔と腕に広がる青碧の龍鱗。爛々と輝く眼が研ぎ澄まされた剣戟の軌跡を捉え続ける。可視化していく。
敵の斬撃を受け止めることは難しい。巨大な重量と加速から生み出される斬撃は真っ向から相手をすれば、斬れずとも砕け、断ち切られるだろう。
ならば――避けるだけだった。すでに見た技だ。
少女の振るう研ぎ澄まされた剣技はあまりに完成し過ぎていた。さながら舞うように乱れる不規則な円弧の軌跡も、パターンがある。そして狙う場所は必ず――首だ。
この身体が戦い方を思い出すのと似たようなものだろう。
彼女の戦い方は自分で会得したものではない。狼耳や尾の施術、腕に刻まれたバーコードと黒い爪痕。そうして身体に刻み込まれたものでしかない。
グレンは冷静に身を翻した。
――俺も自分のものではないが。
こみ上げる自嘲。異界道具の眼と共鳴し合うほどに鼓動が早まる。
アズレアが関わってくれた理由が自分ではない自分の世話だと想うと情けなくなってくる。だが、心地良い。……気が触れている。
「くそ、すばしっこい……」
鈍色の刃先が肌を掠めることもなかった。
両手剣が振り上げられ顎元をすくい上げようとするならば背を反らす。
力の流れに身を任せるように少女が高く跳んだ。宙転し、振り下ろされる刃。息を付く間もない連撃。避けていく。
屈み、翻し、跳び距離を詰め、離し――繰り返す。嵐のような刃風だけが肉体を削り切り裂いた。致命傷にはなりえない。
互いに加速するほど息が荒れ溢れていく。リード協会の少女は鋭い視線を濁した。先に気力が摩耗したのは少女だ。巨大な刃を振るい続け、牙の隙間から溢れる白い吐息。
「なんで――、さっきはこんなッ…………!」
蒼白していた。感情的に吐露される余裕のない言葉。
「導け。《蒼輝刀》」
アズレアから受け取った青く透き通った刃を構えた。握り込むと、嫌になるくらい馴染んで――使い方など悩むことはなかった。
唱えると、心身に共鳴するように気力が吸い取られていく。反して、刀身は青い光輝を増していくと、空気が裂けた。
切っ先を少女へと突き向けて、距離を詰めた。少女は牙を軋ませながらも斬撃を打ち流そうと両手剣を構え向ける。
刃が正面から激突することはなかった。グレンの斬撃を叩き潰すように振り下ろされた質量、膂力、加速、鋭さ。空間を切り裂き光の飛沫をあげて肉薄したが。グレンは間合いを読み、寸前で急停止した。
地面を砕く斬撃の殴打。火花が飛び散ることはない。劈くような金属音もなかった。
正面切ったが、真っ向から衝突する気など端から無かった。
視界を遮断するように舞い上がる水を斬り立ち、彼女が振り下ろした剣の上に踏み込む。ダンと! 脚で剣の連撃を抑え込み、少女の態勢を崩して見せる。
そのまま《蒼輝刀》を足元へ。分厚い刀身の根本へ突き刺し貫いた。
鈍色の刃が少女の手元から落ちていく。
「ッ――があああああ!!」
少女の瞳が見開いた。限界にまで細く強ばる瞳孔。剣を失いながらも鋭い牙を向けて首元に飛びかかる。
「その衣服だと痛いが死ぬなよ……!」
グレンは躊躇いなく放電した。迸る碧の雷撃が、防電性のない白い布地を引き裂いて身体へ巡る。
子犬のような悲鳴。白目が向かうと力なく少女は倒れた。
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CODE-WALKER
コードウォーカーは対怪物特化の便利屋であり6つの課で構成されている組織である。
下位の課は他の課が仕留めた巨大な怪物の解体処理を担当する。しかし巨獣の卵や血、及び生き延びた個体。死後も動く肉体などの危険性は極めて高く、彼らに求められるのは正確に敵を仕留めること。そして、決して生き残りを生み出さないことであった。
一方で三課から一課までは怪物の殺害そのものが職務となる。
そのため彼らは強力な生命体を確実に射殺すために大口径の装備を好んで装備する者が多い。また、暗所での職務が多いこと。不可視の怪物などへの対応。目視による発狂防止のためにAIによって視認できる者を調整された四眼鏡を正規装備としている。




