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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:過激派ファンと暗殺依頼
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因縁

“涙目可愛いよアズレア様。25000L”


“つーかよく平気で進めるな。黒色の汚染があったら一発アウトで深海生物の仲間入りじゃないの?”


“二人実は知り合い?”


 考察。茶化し。他愛のない言葉。コメントが流れていくのを一瞥しながら、アズレアはぎゅっと、瓶にしまったままの«第六視臣フロスベルフ»を握りしめる。異界道具が示しだす目的地をじっと見据えた。


 グレンもまた、吊られるように意志を燃やし、自分の目の力を行使したが。目的の場所と自分たちの間には厄介な障害物があった。


 ……暗闇だ。施設が機能しないうえに浸水してるとなれば当然の結末で、撮影ドローンが周囲を映し出しながら照らしてくれてはいたが。


 充分な視界ではない。進むうちに浸水は腰まで満たして、アズレアは一度歩みを止めた。


「ふん、面倒だが潜るしかないようだな? 君ぃ、«第六視臣フロスベルフ»は何を映し出していると思う? これは君の目だ。君が必要なものだけを見据えてくれるはずだろう?」


「俺の目をどうしてあんたが持っているか教えてほしいんだがな……。いや、予想を言ってもいいか? 俺のオリジナルの肉体と関わりがあるとか? そうじゃなかったら、俺をデザインしたのがあんたとか」


 瞬間、視界を青色が過ぎった。視認すらできずに突きつけられる青刃。燃えるように熱を帯びて灯る心臓。どうやら、逆鱗を踏んだか踏みかけたか。


 アズレアは不快感を隠す様子もなく、険しい表情で睥睨を刺した。


「……不正解だ。たわけが。適当なことを言ってないで我の質問に答えてみろ」


 怒っていたのはほんの一瞬だけだ。すぐに笑みが向けられた。先に進むために髪を纏め結んでいく。


「……今までは金になるものだった。だが、デカキノコを売らない前提で俺たちが行動するなら――それは違う。……力か?」


「ボクは力も勇気も愛も度胸もあるのぽよ」


 無垢な言葉が通り過ぎる。ふんと、グレンとアズレアはそれぞれ鼻で笑った。ほだされるように息を吐いて脱力していく。


「答え合わせに行こうか」


 そう言ってアズレアは淀んだ水の中へ飛び込んだ。続けてデカキノコも。グレンは深呼吸を繰り返した。嫌そうに水底を見下ろす。


「……ちょっと待ってくれ。距離が少し不安だからな」


「溺れたらボクが助けてあげるから大丈夫のぽ」


 じゃぽんと、成すすべなく水中に引きずり込まれた。


 空気を吐き出すわけにもいかず、空気を漏らさぬように顔を抑えた。淀んだ水のなか、目を開けると僅かなしびれと痛みが奔る。薬品系統の痛みだ。


 水底には逃げ遅れた職員の衣服だけが、へしゃげた鉄骨やら金属棚にひかかっていた。血肉は残っちゃいない。


 区画の一部だけが浸水しているのはシャッターの関係上だろう。エアポケットになりうる場所も機械と植物が覆い漂い、息を着く場所はそのまま目的地となるしかなかった。


 長い潜水の向こう側。ばしゃばしゃと音を立ててスロープを這い上がる。  先に着いたアズレアが掃除をしてくれたのか、おぞましい海産物が痙攣して積み重なっていた。


「……ここは、監視室か? 当たり前だが動いちゃいないな」


 しかしどれだけ目を凝らしても、«第六視臣フロスベルフ»が示す先はこの機械だった。少なくとも、大層な異界道具だとか、そんなものはない。


「グレン、コードに電気を送ってみろ。生体機械自体は壊れていない。目が求めているものがわかるはずだ」


「自分の機体の電気じゃダメなのか?」


「生憎、面倒な女の対策に電気駆動じゃなくてな。頼めるか? 我は我でこいつを制御する必要があるんでな」


 そう言ってアズレアは自らを機械に接続すると、自意識そのものを走らせた。内部データのサルベージを行っているのだろう。


 目を閉じて脱力し、無防備を曝け出していた。


「尋ねるならいいかダメかぐらい聞いてくれよ……」


 拒否権は端から無かった。嫌がったところで徒労が過ぎるので、断る気もなかったが。


 グレンは呆れながら翡翠の雷撃を迸らせた。微弱な電力を流し込むと、機械が重々しい駆動音を鳴らして起動していく。


 呼応するように、手に取っていたケーブルが僅かに蠢いた。エーテル電光の管轄都市近くにあるからか、企業製品を使っているらしい。


“ネクロロボティクス?”


“いや、生きてるから違うだろ。照明とかも全部生物使ってるしあそこ”


 好き勝手に考察していく視聴者。


「だいぶ放置されてたはずだが……まだ生きてるのか」


 が、無数のモニターは真っ暗なままだ。カメラが壊れているのだろう。だが、過去のデータは別だ。


 サルベージが終わったのか、アズレアは苦悶するように頭を抑えながら、ニヒルな笑みとジトりとした視線を向けてくる。


「……見つけた」


 囁くような声と同時、モニターが過去の記録を映し出した。


 燃え上がる研究施設。このときには既に浸水しているようだった。水面を走り抜ける翠の雷光。無数の警報が劈く中心に立っていたのは一人の女だ。


 長く黒い髪の内側で鮮やかに映り込む碧色。飄々とした笑み。妖しく光輝する翡翠の眼差し。黒かっただろうスーツはびしょ濡れなうえに血まみれだった。


「……エインか? 彼女はエーテル電光の最高執行責任者だ。ここを襲った側だとは想い難いが」


 グレンが心当たりのある名前をぼやくとアズレアは不快感を露わにして目を細めた。


「怒るなよ。……色々装備を用意してくれたりしたんだ。人格インクの配合も彼女がやってくれてるから」


 事情を説明したが、アズレアは表情を歪めたままだった。グイと首根っこを掴まれて、眼と眼が目前にまで至近する。


 瞬間的に研ぎ澄まされた殺意が通り過ぎて、モニターに映るエインへと向かう。


「エインだと? 随分親しそうに名前を言うではないか。我のことなど一度も名前で呼んでくれぬというのに。……エイン・ルシフェラーゼが【碧靂ヘキレキ】……碧の色付きだと分かったうえでの態度か?」


 小さな口から漏れる呼気が震える。いつもの悠然とした態度は崩れていて、今に泣きそうな眼差しがジトリと、グレンの相貌を弱々しく見上げていた。


 ……だがそれも数秒だ。


「いや、すまない。掴みかかるのは――我が間違っているな」


 すぐにアズレアは脱力するとぎゅっと目を瞑った。


 惜しむように手を離す。

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