過激な言動
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「くそ、クソ!! 『グレンとかいう三流便利屋風情がイキがるな。すぐにお前の死体を黒い海に沈める』……よし、送信」
過激派ファンのナドゥルは船の操舵を放棄し、アズレアチャンネルにコメントを連投していく。
――許せない。なぜあんなぽっと出が気に入られる? 美しい青色が濁ってしまうじゃないか。あんな素人は相応しくない。
荒波が今にボロ船を呑み込まんとしていたが関係ない。アズレアチャンネルは命より重い。
『アズレア様が可愛がってくれているのに澄まし面の無自覚寄生紐男。椎茸と共にじめじめと掃き溜めで海水のスープでも飲みながら一生、その辺で生い茂っていろ』
送信。再び黒い波が打ちつける。潮が撫でた肌を灼いた。狂う水面。晴天のまま降り始める雨は腐食性で、劈くような匂いが揮発して鼻腔を突き刺してくる。
「そんなコメント送っている場合ですか!? このままだと船が沈みますよ!?」
姦しい声をあげたのはリード協会の犬女だ。
荒ぶる白いケダモノの尾。海中から迫る魚たちの手に気づいているのか、耳が怯えるように震えている。
アズレア様と違い金欠極まりなく、軽犯罪者を晒し上げるための薄く密着した水着を着こなしていた。
お似合いだなぁと、ナドゥルは達観したように見据える。
「マクリントックに放棄船がある。それを使えば帰りはどうにかなるだろう。ごちゃごちゃうるさいぞ。だから犬なんだよお前は。わかったら大人しくワンワンと鳴いて待っていろ」
「ふん。下品な物言いですね。界隈の民度が知れますよ。契約においてわたしは貴様の番犬じゃないんです。暗殺対象を追う猟犬です。それがリード協会ですよ。それを最安暗殺プラン契約の貴様が犬だのワンワン言うのはどうだろうか?」
「……既に呼んでいるが?」
「誰が今の言葉で提案だと思うんですか!? グルルルル……!!」
ムギは苛立つように牙を軋ませたが。はぁ、とナドゥルはため息をつくだけだ。
やがて小さなボロボートそのものを転覆させかねない大波が迫ってくると、新米暗殺者は死を覚悟するようにぎゅっと身を縮めた。
「ッ……素人が色のついた場所に出るなんて無謀ですよ。黒い海に出て無事じゃ済まないです。波は生きているんですから。あの二人がおかしいんですよ。どうしてあんな晴天と平穏を保てるんですか!?」
「違うな。おかしい……否、超然的であられるのはアズレア様だけだ。あの寄生虫は獅子の背に乗った蛆以下だ……!! オレなら自らの力でこの海を超えることだってできるってのによォォォォォ……!!」
身の丈ほどの巨大な銃を構えた。銃身はさながら箱のように無骨で、頭部ほどの銃口以上に、エネルギーを蓄えておくための部品が大半を占めていた。
重々しく荒波へ照準を定める。
白く眩い光が収斂し低く駆動音を響かせるなか、数秒のチャージをおいて引き金を振り絞った。
次の刹那、放たれたのは弾丸でも砲弾でもない。それは波動だった。光線とも形容すべきか。白い一条の熱は海中から迫る不明な怪物を波もろとも貫いて、一直線上に僅かな道を築き上げていく。
ナドゥルは反動に振り回されることなく銃を制御してみせると、わずかなしたり顔を浮かべ舵を握り直した。
「嗚呼、どうしてこのオレの活躍を見ているのがよりによって犬ころなんだ……!! アズレア様! 待っていてください! もうすぐ追いつきましょう! そしたらそのクソ……!! クソ野郎をすぐに切り刻んで撒き餌にして、釣り上げた魚で夕餉を作ります! よろしければ一緒に食べましょう! オレは舵料理洗濯全て尽くします! ……送信と」
「ッ……そんな強いならどうして私を雇ったんです……?」
「バカか? 一人より二人のほうが殺しやすいだろ。それにオレはあくまで対怪物が専門で人殺しじゃあないんでな。そこはお前の技量だろう? まぁ、犬には難しいことはわからないか」
「……嫌味な言い方ですね。まぁ、……獲物は仕留めますよ。首輪をかけてね。そうじゃないと後がない…………」
憂うように自らの首輪を撫でた。怪訝な眼差しでナドゥルを一瞥していく。
「……彼を殺して貴方はどうされたいのですか? 動画を観ている限り、彼女は相当気に入っているように思えます」
「次から最安プランは頼まん。殺しの理由を尋ねる暗殺者がどこにいる? …………気に入らんから殺すんだ。本当に気に入っているならアズレア様はオレを消し飛ばすし、そうでないならそれまでだろう? どちらに転んでも得しかないじゃあないか」
――イカれている。
そんな率直な言葉は流石に口にしなかったが。辟易とするようにムギは苦笑いを返した。
沈むかけていくボートを蹴り跳ねて、マクリントック研究連盟の研究所へと上陸していく。
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