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終末の青春配信  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:過激派ファンと暗殺依頼
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同じ瞳

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



『おい。まさか死んだんじゃないだろうな?』


 依頼主の叱責がゴミ山のなかで響いた。リード協会の暗殺者は、ムギ・フィアリーは険しい表情を浮かべた。


 敏感に狼の耳を揺らし、纏わりついた不快なものを尻尾で振り払いながらゴミから這い出ていく。


「……生きています。契約時間は過ぎていないためこのまま任務を継続致します」


 首輪に声を向けた。買ったばかりだったスーツがボロボロになっているのを見ると泣きたくなってくる。


 ――初めての仕事が一番死にやすいなんて上司に言われたけどその通りだ。一番安い金額の暗殺依頼は新入りしかやらないし、力や手腕がある依頼者はそんな奴に殺しをさせない。精々、鉄砲玉が私の役目。


『標的……いや、寄生虫はミナマタ港湾に向かった。オレも向かうが、お前も依頼料程度の仕事はしてみせろ。奴の妻や子供、親族全てを赦すな』


「彼は独身ですが……、了解しました。すぐに向かいます。臭いはまだ続いているので1km圏内ですし」


 ムギは口元を拭った。両刃剣ツヴァイハンダーを持ち直し、疾駆する。ヒビ割れた舗装路を、水没した家屋の屋根を、廃材で作られた橋を渡り進み急速に標的との距離を縮めていく。


 ――幸い標的はそう遠くはない。嗅覚で追跡できる範囲内だ。それに離れたところで奴らは配信している。それを見るだけでいい。


移動して間もなく、ミナマタ港湾の水門が見えた。エーテル電光の自治区の一画、沿岸部から海上に掛けて造られた船の墓場だ。


「おい、止まれ。指定された衣服以外は着用禁止だ。看板にも描いてあるだろう?」


 水門の警備員が警鐘を鳴らした。その看板とやらの前まで引っ張られていく。


 ――ミナマタ水産が販売する衣服類以外の着用を禁止。対人銃器の携帯を禁止。水溶性の弾丸の使用を禁止。特定水産物の採取の禁止及び違反時の処罰について――――。


 ぐだぐだと長い文章と写真。要は、衣服の違反らしい。


「……なら一番安いのでいいので売ってますか?」


 何も良くはない。が、スーツと身体強化にほぼ全財産を使っている。追加で買うほどの金は露ほどもなかった。支払いを行ったが残高不足エラー。


「君ならそうだな……。宣伝モデルの被写体になってくれるなら割引しよう」


「…………ならそれでお願いします。ってこれ、なんですかこの服」


「一番安い規定の衣服だ」


 露わになる脚。密着するような白い防水布はくっきりとボディラインを晒し出す。尻尾の考慮がない所為で後ろから見れば臀部さえ垣間見えているかもしれない。


「いや、恥ずかしいのはともかくこれでは仕事が……」


 防電はおろか防刃。衝撃緩和もない。あるのは防水性だけだ。


「ほら、カメラ見て。ちゃんとピースして」


「ッー……」


挿絵(By みてみん)


 恥辱を噛み殺し終わるのを堪え続ける。……早くこの仕事を終わらせよう。この辱めの借りを標的に全て返して、そして報酬を受け取る。保釈金さえ集まれば私は――。


「もういい? 写真」


 頷きを返された。逃げるように港湾の奥へと進んでいく。


『入れたようだな。七のJだ。そこにある船は使っていい。追跡を続けろ。オレが追いつくためにな』


「了解です」


 ムギは淡々と返事を返し、不快な視線を振り払うように何度も尾を振るった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ブクブクと黒い海水の中でスクリューが渦を巻いていた。ミナマタ港湾を抜けて赤い荒野の沿岸、赤褐色の塩海へと向かい舵を切っていく。


 波に揺れるゴムボート。充満する潮と磯臭さ。燦々と照りつける日光は視聴者の大半からすると羨ましいものらしいが、殺人的だ。


 デカキノコは塩と日にやられてすっかり干されていた。皺くちゃになって身体が縮んでいる。


「さて、視聴者諸君。これから向かうのはだねぇ。WCFIの下部企業、マクリントック研究連盟の廃棄バイオスフィアさ。バイオスフィアはわかるかね? 人工的に生物が生息する環境を造って研究するための建造物とでも言えばいいだろうかな?」


 暗殺者が追ってきているにもかかわらず、アズレアはぺらぺらと目的地について説明し始めていく。したり顔をカメラに向けて、ムカつくほどに知的な眼差しが端末に映り込む。


 ――そもそも、どうして彼女は«第六視臣フロスベルフ»で得た情報を言う前から知っている?


 不信感にも近い疑念が湧き上がったが。どうにも対処はできない。


 グレンはジッと水平線を見詰め続けた。彼女は……分かり切っているが底が知れなかった。


“バイオスフィア自体は珍しくないと思うけど”


“よっぽどの事故がない限り価値のあるものは残らない”


「ふふん。だが事故は起きるものさ。こんな世界だからね? その上、あまり便利屋だのスカベンジャーだのに漁られていないことは確かだろう。なにせ場所が場所さ。海上から海中に掛けてのウォーターフロント。それにこのあたりは――」


 荒波が飛沫をあげた。撮影ドローンが過剰なまでの回避行動を取るなか、アズレアは平気な様子で海水を浴びて、ぺろりと舌で舐めてみせた。


「この海は他のどの場所よりもしょっぱくてねぇ? 生半可な装備は使い捨てになるだろう。君のそのスレッジハンマーもさ」


“また撮影ドローン壊れそう”


“もっと水着映して! 違う。野郎のほうじゃない。 10000L”


「そろそろ買え時だったから都合はいい。けどそもそも……お前はどうして俺の目的地がわかる? それにどうしてこうも構うんだ? 俺にカメラをつける理由も、暗殺者を泳がせている理由も……君の目的が何もわからない」


 波がうねり赤い砂塵が海風によって吹き荒むなか、グレンはアズレアに疑念をぶつけた。思えば、ファーストコンタクトの時点で、彼女は偶然ではなく意図してあそこにいたように思える。


「むぅ。女というのは秘密が多いほうが魅力的だと思うがね?」


“そうだよ(肯定)”


“素直な方が好き”


 好き勝手に流れるコメントに、ふんとアズレアは鼻を鳴らした。青い髪が揺れる。湿度を帯びてジトリと向けられた眼差しは、何を考えているかわからない。


 ……この状況を楽しんでいるようにも、懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも見える。深く覗き込むほど、沼に引きずり込まれるようだった。


「まぁ、いくつか答えられる範囲では答えようか。まず、目的地が分かる理由についてだが、これが一番簡単さ。異界道具の目は一対存在しているんだよ。わかるかね? 君に埋め込まれている眼のもう片方はわれが所持している」


 アズレアの胸元から青い炎が広がると、彼女は機体のなかからソレを取り出した。


 ……爛々と見開き蛍光する眼球。生きているかのように脈打ち、瑞々しい。


 共鳴するようにグレンは眼を抑えた。間違いなく、彼女が持っている眼球も«第六視臣フロスベルフ»だった。


「なぜそれをお前が持っている」


 アズレアは答える前に、すぐに眼を自分の身体にしまい込んだ。向けられる視線は鋭く、表情は険しい。


「なぜだと思う? まぁ、少なからず繋がりや共通点があるということさ。……それは縁とも言えるだろうね。すなわち、偶然ではなく運命ということさ」


 仰々しく華奢な腕を振り仰いだ。そのまま太陽を全身で浴びるように、ゴムボートの中央で仰向けに伸び広がっていく。


「結局、はぐらかすわけか?」


 少女の視線は陽光で溶けるように潤んでいた。


「そんな言い方はしないでくれ。胸が痛くなってしまう。少なくとも、一つの真実は君に曝け出したじゃないか。嗚呼、カメラをつける理由も知りたいかね?」


 足の指がグレンの手をぎゅっと掴み捉えた。一瞬で身体の軸を崩し引き寄せ、わざと押し倒されるかのように密着してみせる。


“あーいけません!”


“日干しになったキノコに船の操縦させてイチャつくなよ”


“グレンしね”


 流れていく言葉を流し見るとぎゅっと頬を掴まれ、ただ一点にアズレアと向い合せにさせられた。彼女は僅かに頬を赤らめると。自嘲混じりに口角を釣り上げていく。


「……それも単純な話さ。君をずぅーっと……観ていたいんだ。傍で感じていたい。それだけさ」


「……なぜ?」


 問いかけると、身体を押さえつける身体が緩んだ。虚を突かれた様子でアズレアは目を見開いて、半開きになった口で呻く。


「っー……なぜだと? ふん、乙女に聞くものじゃあないさ。そういうのはね」


 するりと、アズレアは力無く拘束を解いた。

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[良い点] えっちだ… [一言] 話数ここじゃないけど強風オールバックネタ上手いなと思った
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