ミナマタ港湾
“なんで誰も銃使わないの?”
“弾代が払えないからだろ”
「この区画じゃあ使用禁止だ。すぐに懲罰警察が来る」
グレンは半歩、踏み出した。少女もまた、距離を詰める。
知覚が鋭く死の臭いを嗅いだ。互いに隙もなく、武器の届く間合いまで近づいていく。散らばったゴミを踏みしめて、緊張を張り詰めながら、くつろぐように脱力したまま。
そして、――射程に触れた。
瞬間的に血走る瞳。見開く眼が互いの得物を睨み据え、重々しく斬撃と殴打の円弧が衝突した。
凄烈な衝撃が纏う雷撃を閃かせ少女の腕を切り裂く。左前腕。浅い。
互いに重い一撃を打ち流した。グレンは続けざまに殴打を強く横薙ぐ。
「貴方の攻撃は重いけど、遅いね。待ってくれると思うわけ?」
少女は高く跳んだ。重力などないかのように宙でくるりと旋回し、ツヴァイハンダーの刃が頭頂部へと向う。
薙いだ鎚を止めることはできない。そのまま力任せに振り切って、身体ごと振られた。身体の軸を武器に委ね遠心力で加速してみせる。
ギリギリで向けられた斬撃を避けきった。地を穿つ刃がコンクリートを容易く砕いて、砂塵と破片を舞い上げる。
「従え。«第六視臣»」
途絶えた視界を補うために異界道具のトリガーを唱えた。
痛みと共に顔と腕に広がる龍の鱗。片眼は爛々と輝いて知覚しなければならない敵の位置だけを知らせる。
必要のない情報全てが排斥され、視覚が研ぎ澄まされた。グレンは義体の腕を伸ばし、仕込み刃で袈裟斬る。
巨大な刃に正面から受け止められた。響く痺れに構わずそのまま腕を伸ばし掴みかかるも高く跳んで距離を取られる。再び振り下ろされる斬撃。
避け、殴打を振り上げ、金属がぶつかり合う。巨大な武器を軸にして蹴りあげるも少女は身を屈め回避した。そのまま懐に潜り込むと、文字通り牙を向けて噛み付いてくる。
義手を噛ませた。鋭い犬歯が垣間見える。そのまま腕を振り払い、再びスレッジハンマーを振り下ろす。当たらない。
敵の斬撃を屈み避け、動き、薙ぎ払い――加速していく。実力は互角程度だった。グレンは膂力と直感で対人戦闘の経験不足を補い、少女は速度とリード協会の技で距離を詰めていく。
「ッ――――」
追い詰められていたのはグレンだった。所持している異界道具は«第六視臣»だけ。一方敵は奥の手も見せていない。
いくら体内電気を放とうとも対策済みらしい。感電したところで攻撃の手が怯む気配はない。
攻防は加速し続ける。呼吸の間もなく振るわれる巨大な斬撃の嵐。
さながら舞うように乱れ、不規則な円弧の軌跡。
ついに残像が重なり始めた。狡猾なフェイントのなかに紛れ込む殺意が首元スレスレを撫で抜ける。
時折、鈍色の刃先が肌を掠めた。そのたびに皮膚が裂けて鮮血が飛び散る。通り抜ける無数のコメントが荒ぶり、神経を逆撫でる。
しかしどうしてか、思考は冴えていった。
まるで思い出していくかのように、増えていく傷に反して身体は軽くなっていく。心臓を灯す蒼い炎すら心地良い。瞳孔が細くなるほど鼓動は早く脈打って、限界まで五感を研ぎ澄ましていく。
絶え間なく振るわれる大刃をくぐり、殺気を嗅いで首を逸らした。
少女が技に捕らわれているような実感。頭ばかりが狙われている。剣の一撃に拘る。
――自分は?
こんなことを考えるのもあの人形女の手のひらの上な気がして釈然としないが。使えるものは使うべきだろう。
そう考えて、グレンは振るい薙いだスレッジハンマーを少女へ向けて放り投げた。
「ッ――!?」
少女は動揺したが僅かに動きを強張らせながら深く身を屈め、奇襲の一撃さえも避けて見せる。が。
「アレキサンダー!!」
グレンはその名前を叫んだ。瞬間、デカキノコは決定的な隙をたしかに捉えてくれていた。
バネのように跳び、巨躯そのものをぼよんと、背後からの激突。少女の華奢な身体が容易く吹き飛んで、重々しい地響きと共にゴミ山に突っ込んだ。勢い凄まじく、腐臭と土埃が舞い上がっていく。
死にも気絶もしていないだろう。ゴミ山のなかで怒気を帯びたうめき声が響いている。
「僕、役に立ったのぽ?」
「思ってたよりはずっとな」
それでもデカキノコがちっちゃいお手々を伸ばしたから、不本意ながらハイタッチを重ねた。
「よし、逃げるぞ」
“捕まえてお散歩は?”
“敵前逃亡は死刑だぞ”
「バカ言うな。防電装備相手に不利なんだよ。だから港湾まで行く」
スレッジハンマーを拾うと同時、ボロいアパルトメントが連なる廃墟通りを突っ走った。
ひび割れた舗装路は都市の中心から離れるほど薄汚れた海水に侵食されていて歩くこともできず、倒壊した建造物を跳び、跳び、疾駆していく。
大半が水没した区画を通り抜けると巨大な座礁船と防波堤が視界に映り込んだ。――ミナマタ港湾だ。
入口である水門の前、無数に漂うゴムボートの一つに見覚えのある少女がいた。撮影ドローンが青い髪、露わになった球体関節を映し出していく。
「やぁやぁ、無事に合流できて我は嬉しいよ」
露出した肌。おそらく表通りの安全で綺麗な海で購入したのだろう黒いビキニ。ふんと、したり顔で髪を纏め結ぶとジッとこちらを見つめた。
“ヌッ! 50000L”
“一般視聴だとモザイクまみれじゃん。 10000L”
“アズレア様、美しすぎるだろ。死ねや寄生虫”
所詮他人事だからコメントは称賛の嵐だ。だがどこを見渡しても他に肌を露出しているような服装を着た輩はいない。
「……海を舐めてるのか?」
「我はもとより機体だ。色付きでも相手にしない限りはどんな服装だろうと問題はないさ。それより君こそ着替えたまえ。ミナマタ港湾は水着着用義務がある。そうだろう?」
都市にはルールがある。細かく言えば自治区ごとに。
銃が使用できないだとか、一部の敵対企業の製品の販売、利用不可だとか、幸福剤の配給があるため他の嗜好品は一切禁止だとか。
ミナマタ港湾において言えば、他の装備に比べて防御性の低い潜水装備を着用する職種が多いための措置だ。
「分かってる。だからここまで逃げてきたんだ。電気対策が装備由来なら引っ剥がせるからな。……それよりお前、知ってただろ。暗殺依頼が来てたこと」
こくんと、肯定。苛立つようにグレンは牙を軋ませた。
「そう怒るな。君は強くならなきゃいけないんだ」
「なぜ? 現状生活はできていた。暗殺依頼もないし、おかしな契約もなかったからな」
「それで、人格インクの型番を購入する金額はたまらずインクと生活費のみを繋いで、いつ自分を購入できるのかね? そのうち探索できるダンジョンも尽きれば遠出をするか危険な仕事をするしかない。だが車もなければ、装備も整っていない君が――――いつ、自由になれるのかね?」
誰よりも自分勝手な奴に正論を突き付けられて、グレンは顔を歪めた。何かを言おうと口だけが大きく開いて、怒鳴ろうと思うも言葉は出てこなくて――ため息。
「…………つらいことを言うなよ」
やさぐれたぼやき。アズレアは苦い笑みを浮かべて慌てて手が宙を泳いだ。
「な、泣くんじゃない! 泣くと動画素材にされてしまうぞ……! それに君は切り抜けたじゃないか。あれは良い機転だったと思うぞ?」
「……はぁ。変に励ますな。俺が無様だろ。それに、動画素材はお前の所為だし……完全に。……もう行こう。さっさと行けばあの暗殺者も諦めるかもしれないからな」
呆れながら、安堵するように肩の力を下ろした。アズレアは満足げに笑みを浮かべていたが、不意に思い出したかのように蠱惑的に口角が吊り上がる。
「ところで――我のこの姿、どう? 似合うかね?」
アズレアの問いかけに呼応するように、不快なぐらい彼女の周囲を撮影ドローンがぐるぐると巡っていく。
ギィギィと音を鳴らす機体の肌は白く、恥ずかしげもなく曝け出されていた。胴回りの球体関節に食い込む黒い水着の紐。
深い青髪も纏められたせいで額さえも隠れていない。ローアングルに、俯瞰するように。華奢な背から足首まで。ドローンは稼ぎ場とばかりに全てを晒していく。
グレンは今一度一瞥して、歯が浮くような感覚がしてすぐに目を逸した。
……彼女は危険だ。強者ゆえの無警戒さが容易く人のテリトリーに踏み込んでくる。
牙を見せた蠱惑的な笑みも、魅入られそうになるほど頭のなかで警戒信号が響いている気がした。どこまでが自然な仕草か分からなくなってくる。
信じていいのは何気なしに髪を書き上げる仕草ぐらいだろう。
「……コメントに聞けばどうだ? 全員肯定的だろ」
“違う。そうじゃない”
“ざこしね”
“男のツンデレなんていらんねん”
飛び交う野次。黒い布地と軋む球体関節。
グレンは誤魔化すように澱んだ水平線をじっと眺めた。
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して、今回のオマケはリード協会についてだな?
リード協会
「我々は首輪を携えましょう。標的を吊るし、自らの首に誓約を誓います」
リード協会は暗殺を主軸とした便利屋組織であるが、彼らは必ず見せしめとしてその首を吊るし衆目に晒し上げる。
リード協会の構成員自身も首輪をつけられており、雇用契約に反すれば首輪は鈴を鳴らすだろう。彼らは標的を追う狼であり、依頼に絶対的な番犬でもある。リード協会の多くの者は身体改造によって獣のような尾と耳が生えているのが特徴だろう。
リード協会のアクティブスキルを3つ以上装備時、CPコスト3以上の攻撃スキルは頭部命中にできる。また、対象が束縛状態であれば攻撃命中時、自身に激情II次I
リード協会のロゴは狼、そして絞首縄がモチーフにされている。




