無双の男 フェラクリウス
この小説はファンタジー風の世界を舞台として作られている。
現実の中世ヨーロッパとは矛盾した気候、作物、カルチャーなどが登場するが、架空の世界の物語という事でどうかご容赦頂きたい。
また、この作品に直接的な性描写は登場しないが品性を著しく欠く表現が含まれるためR-15とさせて頂く。
七人の悪党が揃って地に伏すまで、三十秒もかからなかった。
累々と横たわる盗賊を見下ろすように、身の丈二メートルを超す大男が立っている。
この光景を作り出した張本人は息一つ乱れていない。
堂々と佇む威風に満ちた男。
外套の上からでも常人の倍近くある分厚い筋肉が隆起しているのがわかる。
前髪の長い野暮ったい頭に無精ひげ。
からし色の長いローブの上に羽織った薄汚れた外套。
三十代後半に差し掛かるこの男は旅の途中、宿を求めてこの寂れた村に立ち寄った。
村といっても、木造の家屋がぽつんぽつんと七軒ほど点在する小さな集落である。
農業を生業としているこの村には宿泊施設こそなかったが、ここ数十年めっきり減った客人をある老夫婦が快く泊めてくれた。
その日の夕刻。偶然にも賊の襲撃があった。
日頃の行いが運命を左右するのであれば村にとっては当然の幸運であり、賊にとっては必然の因果であった。
老夫婦が泊めた男は人間を超越した者。
のちに勇者と称えられる男、フェラクリウスなのだから。
「なんということだ…」
その有様に呆然と立ち尽くす老人。
フェラクリウスを泊めたジジイは彼の強さに絶句した。
隠れているよう指示を受けていた他の村人たちも異変に気付き、少しずつ姿を見せ始める。
「まさか…あの方が一人で…?」
村人たちが駆け寄り、口々に彼を讃える。
「ありがとうございます!」
「なんとお礼を言ったらいいか…」
フェラクリウスは事も無げに首を横に振った。
「一宿一飯の礼にしちゃあ安かろう」
彼をねぎらおうとしたジジイがハッと何かに気付き、萎れたまぶたを見開いた。
「旅のお方、腕に傷が…!」
フェラクリウスの右腕からじわりと血がにじんでいる。
涼しい顔をしているが、そこにはつい先程まで行われていた命のやり取りの残痕が刻まれていた。
「かすり傷だ。この程度」
フェラクリウスは革製の鞄から薄布を取り出し速やかに傷を覆った。
医療用とは思えないその形状に、ジジイは再び目を見開いた。
「その布…パンティーでは?」
フェラクリウスは手慣れた様子で傷の処置を終えると、やましいことなど微塵も感じさせない素振りで説明を始めた。
「長く旅を続けた経験から
この形状が最も止血に向いていると気付いた。
肌ざわりもよく、安心感も得られる」
「素晴らしいご判断です、旅のお方…。
このような使い方をされて
パンティーもさぞ喜んでいるかと思います。
コットンのヒップハンガーを選ばれるセンスもニクい…!」
ジジイはパンティーの素材と形状を一目で言い当てた。
それから、遠い過去を思うようにしみじみと語りだした。
「この村は今でこそ農業を生業としておりますが、
かつてはパンティー織物が盛んだったのです」
パンティーと織物という単語が自然に並んだだけなのに、これほどまでに危うい印象になるのか…と、フェラクリウスは無言で関心した。
「わしの若い頃は供給も過剰で、村には履いて捨てるほどのパンティーで溢れかえっておりましたわ。
道を歩けばよく落ちていたものですじゃ。
…使用済みのパンティーが」
「うっ…!」
突如、フェラクリウスは前かがみになると下腹部を抑えてうずくまってしまった。
ジジイが心配そうにフェラクリウスへと駆け寄る。
「いかがなさいました!?」
「股間周りを…斬られていたかもしれん…」
「本当ですか!?
お見せください!」
「なに、かすり傷だ」
「よかった…。それならツバでもつけておけば
すぐに治りますな。どれ。
お見せください」
「いや、いい。
それより早急に止血が必要だ」
「まさか血が…?
お見せください!」
「いや、いい。
だが、あいにく手持ちのパンティーを切らしてしまった。
悪いがパンティーを調達してきてくれないか」
「おまかせください。
うちのババアのパンティーでよければ
すぐにお持ち出来ると思います」
ジジイの言葉に、フェラクリウスは発作的に声を荒らげた。
「ばあさんのじゃ駄目だ!
…ばあさんが風邪をひくからな。
健康な若い娘のパンティーでなければ…
総合的に見るとそうだな、二十代でなければならない。
…贅沢は言ってられない。使用済みで構わない」
フェラクリウスはババアの健康を気遣った。
一刻も早く止血が必要な時だというのに自分よりもババアを慮るフェラクリウスに、ジジイはより一層胸を打たれた。
「わかりました…。
この村は過疎が進んで若い娘は一人もおりませんが…
必ず調達してきます!」
民家に向かって駆け出すジジイ。
「…頼んだぞ、じいさん」
小さくなっていくジジイの背中を見て、フェラクリウスは頼もしげに呟いた。
どれだけの時間、ここにうずくまっているのだろう。
フェラクリウスはじっと耐えた。
村人たちの心配そうな視線にじっと耐えた。
いつまで耐えればじいさんは来るのか。
…いつまでだって耐えてやる。
フェラクリウスが腹を決めたその時、遠くから足音が近づいてきた。
「ありました!
パンティーです!!」
ジジイの声が耳に届く。
忍耐が報われる瞬間。
フェラクリウスの目の前がパッと明るくなった。
「じいさん…すまない。
助かった」
歩くより遅い駆け足で近づいて来るよぼよぼのジジイに、フェラクリウスは心からの感謝を述べる。
しかし次の瞬間、ジジイの口から飛び出した言葉はフェラクリウスを大いに失望させた。
「男のものでも構いませんな!?」
それを聞いた途端、フェラクリウスの表情はあからさまに険しくなった。
「じいさん。
パンティーってのは女性用ショーツの事だ。
男の下着はパンティーとは呼ばない。
パンツだ。
使用済みなら汚パンツだ。
はっきりと形状が違う。似てもいない。雑菌も凄い。
男のパンツはこの世で最も止血に向かない布だ。
自分で履いてろ。お腹冷やしちゃうからな」
「それがパンティーなのです!」
ジジイの握りしめた手の中から現れたのは、黒いレースのフリルが付いた紛れもないパンティーだった。
これで股の間を治療出来る…!。
フェラクリウスの瞳が輝いた。
「それをどこで…?」
「村を出て行った息子のタンスです。
息子は時折女性ものの服を着て街へ出かけていたので、もしやと思い確認したところ…
案の定、しっかり下着まで“レディースショーツ”を身に着けておりました。
どうぞ。まごう事無きパンティーです。
使用済みですが、贅沢は言ってられません。
形状に問題はありませんし、誰もお腹を冷やしません」
フェラクリウスは眉間にしわを寄せ強く目を瞑ると、次の瞬間には何事も無かったかのようにスッと立ち上がった。
「股間、傷付いて無かった」
時間はかかったが、フェラクリウスは股間の無事を確認した。
斬られたと思ったのは勘違いだったようだ。
ジジイは安堵の表情を浮かべた。
「本当ですか、よかった…。
お見せください」