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「べつに……」
もらったコーヒー牛乳のパックにストローをさしながら、あたしは呟く。唇がつんととがっていて、まるで子供のようだと思ったけど、自分ではうまく直すことができなかった。
一口飲んで、その苦さと甘さに、こわばっていた身体がほぐれていくのを感じる。ほっと一息ついたあたしを見て、成沢くんがそっと笑った。
その笑みですら、いつもと違う。あたしと目があっても、おちゃらけたりしない。俺ってかっこいいだろ、とも言わない。苦手だな、と思う彼の姿は今、ここになかった。
「……あたし、ナルシストじゃないよ」
「知ってる」
言って、成沢くんは箸を置いた。
「俺も、ナルシストじゃないし」
「うそだ」
「ほんとだよ」
たっぷり、三秒は見つめあったと思う。
「夏美と一緒なんだ」
ややあってから、成沢くんがそう笑った。
笑ったというべきか、息をついたというべきか。唇こそ微笑んでいるけど、その眉根は寄ってしわが刻まれている。苦笑にも似た、今にも泣き出しそうな、弱々しい表情だった。
「ほんとは、自分のこと、あまり好きじゃない。自信なんてないし、かっこいいとも思ってない」
「でも、俺はかっこいいって、いつも言ってるじゃない」
「夏美の鏡と一緒だよ」
背中をどっぷりと扉にあずけ、彼は天井を仰ぐ。のけぞった喉がたくましいけど、吐き出す声はかすれて聞き取りづらい。
「俺ってかっこいいだろ、って言って。それでいつも『調子乗るな』って言われるけどさ、でも嫌われてはいないだろ? ……なんだろうな、人に好かれてるかどうかを確かめたいんだよ」
鼻の頭をかきながら、成沢くんがすこし言いよどむ。すると踊り場はしんと静まり返って、お互いの息づかいしか聞こえなくなる。下の階ではいつもどおりみんながいるはずなのに、その気配が階段を上ってくることはなかった。
「人に好かれる自分はさ、自分でも好きだと思えるんだ。だから、人に好かれてるのを確かめたくて、いつもああやってるだけ」
「……うそ」
「ほんとだってば。まわりが勝手にナルシストだって言うだけだ」
夏美と一緒だと、その言葉を繰り返して、成沢くんがあたしの頭を撫でた。
「だから、夏美を見てると、もう一人の自分を見てるような気分になるんだよな……」
大きな手を頭に乗せられて、あたしはほっと落ち着く自分がいることに気づく。長い髪を上から下へと伝う指先に、不思議と、心地よさのようなものまで感じていた。
「人の目がこわくて、なにか言われるのがこわくてびくびくして、自分を隠そうと必死になってさ。友達なんていらない、一人でも大丈夫だって自分に言い聞かせて、本当はひとりが怖くてたまらないくせに」
ずばり、図星だった。
「前の俺もさ、そんな感じだったんだよな。夏美のこと、全部わかるわけじゃないけど、それでもわかるものがあったから放っておけなかったんだよ」
「放っておいてくれればいいのに」
「ほんとに夏美は、いじっぱりだな」
「いいじゃない別に」
「ほんとはかまってほしいくせに」
「成沢くんってほんと自意識過剰だよね」
「知ってる。だから、夏美には助けが必要だなって思ったんだよ」
やっぱり、成沢くんにはなんでもお見通しだった。あたしはもうなにも言えなくなって、泣き出しそうなのを気づかれないようにまた顔をうずめて隠すことしかできなかった。
「日に日にひどくなってくの、見てたからさ。そのうち自爆してつぶれるんじゃないかって、ひやひやしてた」
だから、自習のときに言ったのだと。あたしの頭を撫で続けながら、彼は言う。
「自分のこと、好きになれないけどさ。それでも自分を磨いて綺麗に見せようとか、そういう行動に出るっていうことはさ。夏美の心の根っこは、まだ自分のことが好きなんだって、俺は思うんだよな」
違う? と訊かれても、あたしはこたえることができなかった。成沢くんも特別それに答えが欲しかったわけではないようで、すこしあたしの様子をうかがい、また口を開く。
「夏美は自分を守ろうとしてるだけ。俺も守ろうとしてるし、それはみんなやってること。ただ人それぞれ方法が違うだけでさ、それを見てどう思うかも人それぞれなんだよ」