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高校でまた、同じ目にはあいたくなかった。だから自分磨きは怠らなかったし、成績だって落とさなかった。
『夏美ちゃんって肌綺麗だよね』
『夏美はいつも成績いいよな』
そう言ってもらうことだけがすべてだった。
どこか変なところはないか。またなにか言われるんじゃないか。いつもそればかりが気になって、どうしても鏡を手放すことができない。
そしていつしか、ナルシストと言われるようになっていた。
あたしは、ナルシストなんかじゃない。
ナルシストは、自分のことが好きな人だ。自分が大好きで、自分を愛していて、自分を抱きしめたいと思う人たちのことだ。
あたしは違う。自分のことなんてこれっぽっちも好きじゃない。抱きしめたくもないし顔も見たくもない。
――夏美はナルシストって言わない。
成沢くんはそれに気づいていた。
彼なら一目でわかったんだと思う。あたしが頻繁に鏡を見る理由も、爪の手入ればかりする理由も、自己陶酔のためじゃない。自分の醜いところを、必死に隠すためのことだと。
教室に戻らなきゃ。そう自分に言い聞かせても、あたしはどうしてもこの場から動けずにいた。動こうとしてもおしりがぴったりと床にはりつき、立ち上がることさえできなかった。
膝が震えている。それを抱く手も震えている。がたがたと震える衣擦れや、かちかちと鳴る歯の音が聞こえる。それはまぎれもなく自分のもので、止めようと思っても身体はいうことを聞かなかった。
顔は大丈夫。身体は大丈夫。どこも変なところなんてないから、なにも言われたりしない。わかっているのだけど、教室を飛び出したときのあの視線をどうしても忘れることができなかった。
取り乱すなんてみっともない。いつも静かで冷静で、落ち着いている子でいたかった。
大声で笑うような、品のないことはしたくなかった。人を見てげらげらと嘲笑う人にだけはなりたくなかった。
笑われる人にも、後ろ指を指される人にもなりたくなかった。
教室に戻るでも、帰るでも、とにかくこの場から動かなきゃいけない。でも、身体がついてこない。震える膝と懸命に戦っているうちに、誰かが階段を上る足音が聞こえてきた。
隠れることも、逃げることもできない。あたしは呆然と、誰も来ないはずの場所に来た彼を見上げた。
「……成沢くん」
彼は、ばりばりと気まずそうに頭をかいた。
○○○
「あやまらないからな」
そうぶっきらぼうに言って、成沢くんはあたしの隣にどかっと座りこんだ。
彼が来た驚きで震えこそとまったけど、あたしはいぜん、身動きをとることができなかった。肘と肘がぶつかるぐらい近い距離にいる成沢くんに、自然と身体がこわばる。まともに顔を見ることもできなくて、あたしは膝に顔をうずめた。
「なによ、笑いに来たの?」
「違うって」
「授業はどうしたのよ、探しに来たの?」
「もう昼休み。夏美を探してたわけじゃなくて、ここ、俺の憩いの場なの」
そのわりに、どうしてお弁当と一緒に購買のパンをたくさん抱えてきたんだろう。たしかに成沢くんがよく食べるのは知っていたけど、むりやり手に握らされたメロンパンとコーヒー牛乳はあたしのために買ってきたのだとしか思えなかった。
「ここ、静かでいいだろ。人が来ることもめったにないしな」
「……うん」
「とりあえず、顔あげたら? そんなことしたらよけい化粧落ちるぞ?」
成沢くんの指摘に、あたしははっと顔をあげる。顔にかかる髪を、手ぐしで直してくれたのは彼だった。
あぐらをかいた膝の上にお弁当を広げて、成沢くんはミートボールをつつく。本当にただご飯を食べにきただけなのかと、あたしは呆然とその横顔を眺めた。
不思議と、彼が隣にいることが嫌じゃなくなっていた。成沢くんの顔を見た瞬間、身体のふるえがとまったのは確かなことで、スカートのプリーツが乱れようと中が見えそうになっていようと、自分がとてもひどい顔をしているであろうことを見られても、必死に取り繕うとは思わなかった。
「……あやまらないからな」
もう一度、成沢くんが言う。視線はお弁当に落としたまま、口調もぶっきらぼうで、その姿はいつも教室で見る彼の姿とは違うものだった。




