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 正直、成沢くんのことは苦手だった。

「夏美って、いっつも鏡見てるよな?」

 だからなるべく距離を置こうとしているのに、なぜか席はあたしの前。だから彼はことあるごとに話しかけてきて、自習の時間ともなれば勝手に机をつけてあたしのプリントをうつしはじめた。

「自分の顔ばっかり見て飽きないのか?」

「……飽きない」

 自習の課題を早々と終えたあたしは、また鏡をとりだして自分と向き合っていた。メイクこそ崩れていないけど、表情のチェックをしたくなったからだ。いつも正面から見ている自分の顔も、すこし角度をつければまた違って見える。それも把握しておきたかった。

 右から見た顔より、左から見たほうが表情が明るく見える。歯を見せて笑うより、唇だけにしておいたほうがいいみたい。自分がより綺麗に見えるポイントを見つけたときの喜びが、あたしにとってなによりの快感だった。

 そんなあたしを、成沢くんがものめずらしそうに見てくる。彼はあたしと違って、手鏡を眺める習慣はない。道行く窓ガラスや鏡で自分をチェックすることはあるけれど、気にするのはむしろ自分を見ている周りの目。学校行事でやたらカメラにアピールしたりするのはいつものことで、『俺ってカッコイイだろ』が口癖だった。

 みんなはあたしも成沢くんも同じナルシストだというけれど、厳密にいえば種類が違う。だからあたしは成沢くんが苦手だった。

「なんでそんなに鏡見んの?」

「好きだから」

「自分の顔が?」

「そう」

 どんなに冷たく返しても、彼は決してあきらめない。鏡を閉じて真正面に向き合い、睨むように見つめてみても、あっさりと笑い返されるだけでまったく意味がなかった。

 成沢くんはたしかにかっこいいと思う。背こそそんなに高くないけれど、運動神経がいいので体育のときによく目立つ。くしゃくしゃの蓬髪が活発な動きにあわせて揺れて、ころころと変わる表情は嫌な印象なんて決して与えない。

 だから成沢くんは、クラスでとても好かれていた。

「そんなに俺、かっこいい?」

「ばかじゃないの」

 あたしがきっぱり言い放つと、成沢くんは肩をすくめて舌を出す。そんな愛嬌のあるしぐさをどうして自然にできるのか、思わずあたしが感心しているうちにぱっと手鏡を奪われた。

「夏美はいつも、こうやって自分のこと見てるのか」

 へぇ、とにやけるようにして、成沢くんが鏡の中の自分をのぞきこむ。角度を変えて観察したり、笑顔をつくってみたり、さらにはおちゃらけてポーズをとってみたりと、完全にあたしの習慣をからかっていた。

「返してよ」

「やだ」

「成沢くんには必要ないでしょ」

「まぁ、な。俺はどっから見てもかっこいいし?」

 鏡ごしにウインクを決められて、あたしは奪い返そうと身を乗り出す。けれど成沢くんの反射神経には敵わず、どんなに手を伸ばしてもあっさりとかわされてしまうだけだった。

「夏美。鏡の中にうつってる自分がすべてじゃないぞ?」

「なによそれ」

「鏡の中でばっちり決めてても、自分からじゃ見えないものもあるってこと。目を閉じてるときの顔は、自分じゃわからないだろ?」

「そんなの、言われなくてもわかってるわよ」

 突然なにを言い出すんだろう。さっさと鏡を取り返してしまいたいけど、成沢くんにいいように遊ばれてる姿はどう見ても綺麗じゃない。あたしはじっとこらえて、彼が自ら返してくれるのを待つことにした。

 言われなくてもわかってる。鏡で見る自分がすべてじゃなくて、むしろほんの一部なこともわかってる。自分じゃ確認できない姿がいっぱいあるのもわかってる。

 でも、大丈夫。あたしは綺麗で、あたしは美しいんだから。

「鏡がないと怖いんだろ?」

「いけない?」

「夏美、ほんとは自分のこと好きじゃないだろ?」

 ふいに、成沢くんの表情が変わった。

「だから、いつも鏡見てるんだろ。変なところはないかって気にしてるんだろ。ごまかしてるところ、崩れてないか心配なんだろ」

 いつもの飄々とした笑みが消えて、見たこともないまっすぐな瞳があたしを見つめてくる。その見透かすような視線がこわくなって、あたしは思わず唇を噛んだ。


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