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黒目がちな瞳が好き。
ふっくりとした唇が好き。
なだらかな鎖骨が好き。
胸まで伸ばした髪が好き。
しなやかな細い手首が好き。
長い指先の小さな爪が好き。
膝の上にあるほくろが好き。
あたしは綺麗。
あたしは美しい。
あたしはとても、美しい。
○
「――ほら、ナル美、またやってるよ」
「夏美ちゃん? あ、ほんとだ」
手鏡を覗きこむあたしの耳に、いつもの声が聞こえてきた。
「あの子、時間さえあればいっつもああやって手鏡のぞきこんでるんだよね。前、お弁当食べながら見てたときはほんとにびっくりしたけど。知ってた?」
「メイク直すのでもあんなに頻繁には見ないよね。休み時間ごとにああじゃない? 私、夏美ちゃんがほかの子と話してるのほとんど見たことないよ」
「わたしらのことなんて興味ないんじゃない? 自分のこと見てるのが楽しいんだろうし、ほんとナルシストだよね」
マスカラがおちていないかチェックしながら、あたしは手鏡の角度を変えてちらりと視線をやる。するとふたりは「うわ、見てるし……」と呟いたきり、話をしなくなった。
そんなに嫌なら、あたしを見なければいいだけのことなのに。
乾いた唇にリップクリームを塗り、あたしは鏡をブレザーのポケットにしまう。メイクは毎日してるけど、みんなのようにばっちりつくってはいない。自分の良いところが引き立てばそれでよかった。
授業の合間の休み時間は、いつも同じことをして過ごした。
まず、顔のチェック。メイクが崩れていないか、新しいニキビができていないか確かめる。もしそこで脂浮きや、肌荒れがあったらすぐに手入れをする。ニキビも悪化させないようにすぐ薬を塗った。
次に見るのは、爪。透明のマニキュアがはがれていないか、形は変じゃないか、間になにか入っていないか。歪みがあったら、すぐに直す。だからカバンにはいつも手入れの道具一式がはいっていた。
最後に、髪。櫛を入れながら、枝毛ができていないか目をとおす。毎日トリートメントをしているから傷みこそないけど、髪だけはどうしても乱れやすい。中学のころから伸ばし続けている髪を丹念に梳くのはとても楽しかった。
それでもまだ時間があったら、クリームで手や足をマッサージする。ひとりで黙々としているうちに、十分なんてあっという間にすぎていった。
友達なんていらない。ああやって、人の悪口ばっかり言う醜い人なんて必要ない。
あたしは綺麗でいたい。綺麗な身体を保って、綺麗な言葉だけ聞いて、綺麗なものだけ見ていたい。
だから、あんな人たち必要ない。
「……でも、うちらのクラス、ナルシスト多くない?」
「多いっていうか、ふたりでしょ」
「じゅうぶん多いってば。なにも一クラスにひとり、ナルシストいるわけじゃないしさ」
騒がしい教室の中で、やけにあの二人の声が耳に届く。これぐらいの会話はいつものことだからいい。だけど気に入らない人の悪口を言って、二人で嘲笑っているときの声だけは、聞いているといつも嫌な気分になった。
「――なんだよ、また俺のこと話してたのか?」
新たに加わった声に、あたしははっと顔をあげた。
「俺のことかっこいいって? 言われなくても知ってるよ」
「そんなこと言ってないし! ほんとナル沢、ナルシスト野郎だし!」
ぎゃあぎゃあと声をあげるふたりに、彼は大きな口をあけて豪快に笑っている。手加減なく背中を叩かれて、いってぇと声をあげるその姿は不思議とみんなの目を引いていた。
成沢剛志くん。通称、ナル沢。
彼はあたし同様、クラスでナルシストと言われている人だった。