2-1
──人間とは不思議な生き物である。世論に流され、悪でないと分かっているはずの相手を悪だと決めつけることを当たり前のように行っている。が、その流れに従わないものも少なからず存在している。時に彼らは"変革者"──Revolutionary、とも呼ばれた。
これは、一人の青年と一発の弾丸の物語──。
「──ク!起きろマック!」
激しく体をゆすられ、俺はむくり、と体を起こした。その隣で、同僚のベンジャミン・スミスが聞きなれた声で笑っている。
「まったく、流石はマックだぜ!こんなガタガタの道を走り続けてるボロ車の中で寝られるなんてよ!」
「少し不思議な夢を見ていた気がする。2人の男女が、どこまでも走り続けていって──いや、そんなことはどうでもいい」
ようやく意識が覚醒し、俺は今回の任務を思い出した。
「確か、今回の任務はドイツからの捕虜を乗せたトラックの護衛、だったか?」
すると、後ろの席からこれまた聞きなれた声で返答があった。
「そう、なんでも今回やってくる奴らは特別らしいわ。いつもより多く護衛が付いて、ただの通訳係の私たちにもその任務が回ってきたってワケ。それにしたって──」
先程まで後ろでずっと機械いじりを続けていた同僚のリリー・ホワイトは、俺達の乗っている車を見回し、ため息を一つついた。
「いくら実戦経験がないからって、なにもここまで旧型の自動車に乗せなくてもいいじゃない。エンジン音はうるさいくせにろくにスピードでないし、これじゃあガラクタ同然よ」
「しょうがねぇよ、リリー。俺が運転免許もってたおかげで歩きながらの護衛にならなかっただけありがたいと思っとけ」
「あーはいはい、ありがとうございますベンジャミン様。ところで…」
ベンジャミンからの絡みをするりと抜けたリリーが、声のトーンを低くした。
「今回の任務、何かおかしいと思わない?」
彼女につられ、自然と俺の声も低くなる。
「なんだと?」
「さっきもいったけど、今回の任務はなにしろ護衛が多すぎる。相手はただの捕虜だって言うのに…」
「確かに、な。だが──」
俺は目の前を指差した。
「見えたぞ、港が。そろそろ捕虜を乗せた船がやってくるはずだ」
船の到着予定場所のすぐ近くに車を停めてから汽笛の音が聞こえてくるまでに、俺達は15分と待たなかった。やってきた船が積んでいたのは、軍の教習所から見えた捕虜が乗っているコンテナのようなものと変わりなかった。
通常のコンテナではなく、彼らは側面が大きく抜けているコンテナに、繋がれた状態で乗っている。そのため、どんな人物がどこに乗っているかなどはこちら側から丸見えだということだ。
「さーて、いい女は乗ってないかなぁ~…」
隣でベンジャミンが気持ちのいいとは言えない声を出しているが無視して、俺はコンテナの中を見ながらメモの上でペンを走らせた。
実は、俺は昔から人間観察というものが好きだった。あの人はこんなものが好きだったのか、など新しい発見が毎日あったため、子供のころから常に紙とペンは持ち歩いていた。大人になり、軍に入ってからもその癖はなかなか抜けず、今日もこうしてコンテナの中にどんな人物が、どんな表情で乗っているのかを観察していた。そして、その中に──
俺は、"彼女"を見つけてしまった。
髪や服がぼろぼろの者が多い中で、彼女は長く透き通った髪と白いロングのワンピースを着ていた。加えて、絶望的な顔を浮かべるものが多い中、彼女だけは何故かうっすら微笑んでいる。偶然に違いないが、一瞬だけ目が合った。その瞬間、気味が悪い、という感情が浮かぶよりも先に、心臓がどきんと跳ねたような感覚がした。そういう事に経験の浅かった俺は、この感覚が何なのか、その時は全く分からなかった。
そうしているうちに、彼女らを乗せたコンテナは輸送車に運び込まれた。すぐさま俺達を含めた周りの護衛用の車が続いて出発する。俺達の車の中では──きっと他もそうだろうが──例の女性の話題で持ちきりだった。
「なぁ、あの白ワンピの女見たか?もちろんマックも見たよな?綺麗な人だったなぁ」
「あぁ、確かに美しい人だった。俺は少し気味が悪いと感じたがな」
「なにそれ、最悪じゃん。そんなこと言うからじゃないの、あんたにずっと彼女ができない理由」
再び機械いじりに戻ったリリーからそう言われ、俺はうっ、とからだがよろめいた。
そう、恥ずかしながら俺は生まれてこの方彼女など出来たためしがない。いわゆる、「恋人いない歴=年齢」というやつだ。そもそも、昔から俺は巷では有名な小中高大一貫の名門男子校に通っていたため、そういう話は全くと言っていいほど入ってこなかったのだ。故に今まで誰かを好きになったという経験もないし、恋人が欲しいとも思わない。
「…と、とにかく、どれだけ美しくても捕虜は捕虜だ。俺は捕虜とは恋に落ちたりしない」
「まったく、昔から変わらないなぁマックは。優秀なのにこの頭の固さだ、勿体ないぜ」
だが、俺はベンジャミンの皮肉じみた発言には応えなかった。俺達の走っているすぐ横の森で、何か気配を感じたためだ。
「…悪い予感がする」
ぼそりと呟くと、リリーが顔を出した。
「はぁ?やめてよ、冗談じゃない。今私たちは捕虜の護衛でただでさえ忙しいってのに、おまけで何が付いてくるって──」
言葉はそこまで続かなかった。突然、俺達の車を謎の武装集団が取り囲んだのだ。近頃はアメリカが戦勝国となったことで浮かれているものも多いというが、彼らはその成れの果て、と言ってもいいだろう。その証拠に、奴らの被っている覆面の正面には「独兵をアメリカに入れさせるな」などといった文字が書かれていた。
やむを得ず、俺はベンジャミンに合図して車を停めた。すぐさま、俺達を取り囲んでいたグループのうち屈強そうな男が進み出て来る。
男は護衛の先頭車両に乗っていた人物と何やら話しているようだったが、数秒後に銃声がした。次いで、何かが地面に倒れる音。撃たれたのは間違いなく、車両に乗っていた男だろう。銃声が響いた直後、他の覆面男たちが一斉に捕虜を乗せたトラックに飛び掛かった。銃声が飛び交う中、トラックはバランスを崩しその場に転倒した。さらにトラックのエンジン付近が発火し、現場は騒然となった。
たまらず俺も行動に移した。確か軍用車であれば、どこかに1つは護身用の銃が入っているはず――果たして俺が探し求めていたものはすぐに見つかった。弾の残りを確認すると、一発のみ。
「クソッ──おいお前ら、ここで待ってろ」
軽く毒づいた後、俺はベンジャミンとリリーに一言そう告げると、車から飛び出してトラックの方へと向かった。
軍人だった父から訓練を長いことつけられていたお陰で、身のこなしや敵の殺気に気づくことにはかなり慣れている。俺は飛び交う銃弾をぎりぎりのところでよけ続け、トラックのコンテナ付近へと辿り着いた。偶然にも、そこはあの気味の悪い女の捕虜がいた場所とそう遠くなかった。
無意識に彼女が繋がれている方に視線をやると、まだ彼女はそこにいた。他の捕虜はトラックが横転した際の衝撃で枷が外れ全員どこかへ逃げ出したようだが、彼女だけは厳重に繋がれていたのだろう、まだ動けないようだった。
そこまで確認した瞬間、彼女はその艶めかしい瞳で俺の視線を捉えた。
瞬間、体中を何かが迸る感覚。二の腕が粟立ち、思わず両腕をさする。なんだ、この感覚は。彼女の目を見ていると、まるで──そう思っていた次の瞬間、俺は危険を顧みず彼女に近付き、彼女を縛っていた枷を外しにかかった。
「……助けて、くれるのですか……?」
たどたどしい英語で、彼女は囁くように俺の耳に話しかけた。その口から紡がれる、決して滑らかとは言えないはずの単語が、俺の頭の中で何度も響く。
「えぇ、こういう事はほっとけない性格なので。あと、自分通訳者してるのでドイツ語わかりますよ」
彼女の声のこだまを意識から外し、ドイツ語で話す。自分でも何故か分からないが、俺はなるべく彼女のことを安心させようとしていた。ほどなくしてそのことに俺が気付いた時、彼女は小さく笑っていた。
「……ふふっ」
「何かおかしいことでも?」
俺が怪訝な表情を見せると、彼女は今度こそ屈託のない笑みをこちらに向けてきた。
「いえ、あなたみたいな人と出会えてよかったです。本当にありがとう」
刹那、再び体中を何かが迸る感覚がした。今度のそれは先ほどよりも強く、加えて俺の心臓がどきんと大きく跳ねた。まるで、俺が彼女を最初に見た時のように。
確信した──俺が、彼女に一目惚れをしてしまったこと。今まで恋人など不要だと思っていたこの俺が、異国から、それも数年前は敵だった国からやって来た捕虜に。
「──っ」
思わず、彼女から顔を逸らす。それと同時に、彼女を縛っていた枷が外れた。彼女はぴょんとトラックの荷台から飛び降り、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました。この恩は、どこかで必ず。……ところで、あなたはこれからどうするんですか?」
「……!俺は──」
そこまで言いかけて、ぐっと言葉を飲み込む。この状況では、真っ先に車へと戻るのが先だ。そもそも、捕虜の枷を外すことだって軍の規則に反している。けれど、俺は──
「おーい、マック!」
無謀にも、この状況の中で車から出てきたらしいベンジャミンの声が俺の背中に当たる。だが、俺は振り返らなかった。どこかへ行こうとする彼女の前へ、一歩踏み込む。
「……?」
不思議そうな表情をする彼女に向かって、俺は今自分がすべきことではなく、自分がしたいことを優先することにした。すなわち──
「俺は、あんたと──」
だが、言葉はそこから続かなかった。俺のすぐ後ろでトラックのエンジンが大爆発を起こし、ベンジャミンは道路側に押し戻され―──俺と捕虜の女は、道の脇の崖に、成す術もなく吹き飛ばされた。
「──!──!!」
ベンジャミンが何かを叫んでいるがよく聞こえない。そういえば彼女は大丈夫だろうか、そもそもこんな場所から落ちて俺達は無事なのか。そして、俺は彼女のことを──様々なことが俺の頭の中で渦巻いた直後、意識が途切れた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
そして、更新かなり遅くなってしまってすみませんでした…
さて、今回から新章突入!舞台は大戦後のアメリカです。ドイツからやって来た捕虜の女性と恋に落ちてしまったマックの運命やいかに……?
それでは次回もお楽しみに!感想、評価、レビュー待ってます!