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第一章は今回で最後です。ここまで読んで下さりありがとうございます。前書きの段階で引き返されたら何も言えませんが…
さて、今回の話も例によってハーメルンの方でも投稿しています。正直こっちの方がいろいろ見直した後なので質は上がってる方だと思います。ほぼコピペしただけだし。
僕は、これまでにないほど焦っていた。
それもそのはず、つい昨日まで元気にしていた優が、突然倒れてしまったのだから。彼女の顔色は悪くなる一方だった。
僕たちの目的地はもう目の前だというのに、彼女は歩けなくなってしまった。
「くそっ…こんなのってッ――」
僕は背負っていたリュックを投げ捨てると、優をその背中に背負って再び歩き出した。彼女の消えそうな、それでもまだ生きようとしている息遣いが、微かに聞こえた。
「大丈夫だ、優。君を一人になんてさせないさ、絶対に」
そして僕は、今までよりもゆっくりとした歩みで進み始めた。
<side 優>
――大丈夫だ、優。
誰かが、私の名を呼んでいる。誰だろうか、不思議と懐かしい。この声は――
「カズ…?」
ゆっくりと起き上がり、周りを見回す。頭がずきずきと痛むが、無視して状況を飲み込む。どうやら私は、だれも住んでいない古民家の布団で寝ていたようだ。いったい誰が、と思いながら周りを見回すと、隣で和也が寝ているのが目に入った。
「良かった、カ――」
しかし、私はそこで言葉を止めた。和也はいつ死んでもおかしくない、というべき状態だった。呼吸は絶え絶えになり、やせこけた頬はもう4、5日何も食べていないことを物語っている。
「そんな…!一体、どうして――っ!?」
収まらない頭痛に呻きながらも、和也の様子を見、私は少しづつ、あの日の記憶を思い出していった。
あの日、私は突然の頭痛で倒れ、それを見た和也が駆け寄ってきた。そして、彼は背負っていたリュックを投げ捨てると、私を――
「――っ!!まさか、カズ…私を背負って、ここまで…?」
この時一瞬の恥じらいを感じてしまった自分を、私は深く恥じた。私が倒れている間、持っていた荷物を置いてきてまで私のことを運んでくれたというのに。
視界がぼやけたのは、しばらく何も食べていなかったせいか、それとも。
「ごめん、カズ…私は、何もできなかったのに、あなただけ…っ」
止まることを知らない涙でぬれた顔を、和也の顔に押し付ける。その衝撃のせいか、和也がゆっくりと動いた。
「うっ…」
「カズ――!!大丈夫、なの…?ううん、それよりも、私――」
私の言葉を、和也は手で制した。
「僕は、大丈夫だよ。心配いらない」
「でも――」
「いいんだよ、ゆーちゃん。もう、何も言わなくていい。もういいんだ」
ゆっくりと立ち上がった彼は、私の頭を一撫でして、言った。
「さぁ、もうすぐだよゆーちゃん。僕たちの旅の、終着点は」
<side 和也>
視界が、揺れる。
一歩踏み出すたびに足がもつれそうになり、意識も飛びそうになる。
それでも、僕たちは少しづつ進んだ。きっと、あの場所で待っている。
そして、辿り着いたその場所には、何もなかった。手入れの行き届いていない藪の中に、切り株が一つ。僕らが昔大好きだったあの木は――僕たちがバカみたいにはしゃぎあった遊び場は、もうそこにはなかった。
「嘘、でしょ――」
僕の横で、優が膝をついた。もう、僕も限界だった。僕たちの旅は、こんなにもあっけなく終わってしまうのだろうか――
――そんなことないよ。君たちがここで遊んだ記憶は、まだ枯れてはいない。思い出はいつだって、色褪せることはないよ。
幻聴だろうか、ふと聞こえた声に導かれるように、僕は切株の方へと向かった。
「カズ…?」
優も、最後の力を振り絞って、再び歩き出す。しかし、もう少しで切り株に手が届くというところで、2人ともその場所で倒れてしまった。ピントの合わない視界の中、僕は切り株の端に光るもの――光って見えた、だけなのかもしれない――を見た。
「見て、ゆーちゃん…あれを」
僕の指差す先に、ゆーちゃんも視線を向ける、その先で、小さな一凛の花が、風に揺れていた。
「…まだ、枯れてないんだね」
「あぁ。僕たちの記憶は、まだ続いていくんだ。そして、僕たちの旅も」
言い終えた瞬間、視界が揺らぎ、暗転した。
「あれ…変だな。何も見えないや」
「私も…でも、カズのことは、分かるよ。ほら、ここにいる」
僕の頬に、彼女の手が触れた。その感覚すらも、遠くへと消えていく。
「ねぇ、もし生まれ変わったらさ――」
優の声が、頭の中で響いた。
「――絶対にもう一度、カズと会う。それで、今度は結婚して、子供も作るんだ」
「いいじゃないか。名前は、どうする……?」
僕が発した言葉は、自分の口が動いたのか、それとも自分の頭の中に浮かんだ言葉なのかは分からなかった。けれど、きっと彼女には伝わっている。
――男の子だったら希で、女の子だったら響にしようと思うの。
――おいおい、両方とも女の子みたいな名前じゃないか。
――いいじゃん、可愛いんだから。きっと、2人とも立派な子だよ。
――あぁ、そうだといいな………
――また、2人で一緒に旅しようね。
――もちろんだよ。何度生まれ変わっても、僕たちはずっと一緒だ。今度こそ、僕の作ったショートケーキを食べてもらうよ。
きっと、どこへだって行けるさ――……
* * *
――2人の男女高校生が東京で失踪してから半年が立とうとしていた頃、彼らは何と滋賀県で、遺体で発見された。彼らが死亡してから少なくとも1週間は経っていたようだが、不思議なことに2人の遺体が発見された時、何かに守られるようにして全く腐っていなかったという。身元を調べると、2人の出身地がまさに2人が発見された場所だということが分かり、警察は男子生徒の母親が自宅で亡くなっていたこと、2人は幼馴染であることと関連付けて捜査を進めていたが、真相の掴めぬままこの事件は時効となった。
そして、15年が経った。
「――み!希!」
誰かが、僕の名前を呼んでいる。目をこすりながら起きると、双子の妹の響が、布団のそばに座り込んでこちらの顔をまじまじと見つめていた。
「もーっ、いつまで寝てるつもりなのよ?今日から二学期、始まるんだよ?先にご飯、食べてるからね」
踵を返して僕の部屋から出ていく彼女の背に一言、
「あぁ、ごめん響。すぐにそっちに行くよ」
そして、僕は大きく伸びをしてベッドから出た。
――あの日、発見された遺体のそばで、2人の赤子が眠っていたという。DNA解析を行ったところ、その赤子は2人の子供――そして、双子であることが分かった。2人が倒れていた場所にあった切株に彫られていた文字から、その子供たちは「希」、そして「響」と名付けられた。それが、僕と妹らしい。
正直、両親の顔なんて見たことがないから、周りからいくら「可哀想だ」と言われても悲しいと思ったことはないし、両親という庇護があることが羨ましいと思ったこともない。けれど僕は、15年前に亡くなった2人ののために、精一杯生きていこうと思う。
なぜなら、2人が付けてくれたこの名前は、きっと2人がこの世界に残した残響であり、希望なのだから。
うっすらと差し込んだ朝の日和が、一枚だけ残っていた幼い両親の写真を優しく照らした。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
さて、前書きでも言いましたがこの話で第一章は幕引きとなります。が、希と響の後日譚を書くことも計画中です。この話はまだ終わりません。
この小説自体は、登場人物を変え場所を変え、時代すら変えながら続いていきますので今後もお付き合いください。
そして、前にも言ったように新しい小説を二つほど、現在絶賛執筆中でございます!
1つはもう二話分書き終えてあるので来年度から投稿できるかと思います、もうしばらくお待ちください。
それでは、次のお話でお会いしましょう。