1-2
可惜夜ヒビキです。これを読んでくれている人はきっと1-1も読んで下さっているでしょう、ありがとうございます。書くことが思いつかないので続きは後書きの方に回したいと思います。
それでは、本編どうぞ。
まさか、あの時別れた優が、転校生として僕の学校にやってくるとは――彼女を一目見た瞬間、僕の心臓は大きく跳ねた。優に再び会えた、という喜びだけではない。彼女は中学、高校と学校生活を重ねるうち、大層な美人になっていた。要するに一目惚れである。自己紹介を終えた後彼女が僕の隣を通り過ぎるルートでこちらにやって来たのをこれ幸いと思い、僕は彼女に声をかけた。
「…ゆ、ゆーちゃん」
ゆーちゃん、とは僕が小学校の頃の彼女の呼び名だ。ちなみに僕は、彼女からカズと呼ばれていた。瞬間、彼女の目が僕の服装を捉え、次いで僕のリュックとそこについているミルキーマウスのぬいぐるみへ、そして最後に僕の瞳へとむけられた。瞬間、彼女の目が大きく見開かれ、僕にしか聞こえないほどの小声で驚きの声を漏らした。
「カズ――!?」
それと同時に、クラス内が少しざわめきだした。どうやら僕の目の前で優が止まったことを不思議に思っているらしい。それに彼女も気が付いたのか、すぐに僕に囁いた。
「――下校中に話したい。今は知らないフリをして」
「あ、あぁ」
だが、この一瞬のやり取りは、早くも誤解を呼んだようだった。
「なになに、和也君ってもうあの子のこと知ってる感じ?」
「まったく隅に置けない奴だ。あとで尋問だな」
クラスメイトに茶化され、僕は顔を赤くして俯くことしか出来なかった。誇張でなく、湯気の一つでも出ていたに違いない。昔は同じことをされようと一緒に笑っていたが、今では僕も彼女も思春期真っただ中である。こういう話に対する耐性は、ほぼ皆無だった。それは彼女も同じようで、急いで席に座ったきり何も話さなくなってしまった。
それからホームルームと始業式が終わるまで、僕たちは恥ずかしさから互いの顔を直視できなかった。
「ふぅ、酷い目に遭った…」
始業式が終わった後、僕はクラスメイトから質問攻めに遭っていた。もともと人と話すのがあまり得意でない僕は、何かを尋ねられる度に「あぁ、そうだね」などと単純な受け答えしかできず、結局下校時間は予定より1時間も延びてしまった。流石に彼女はもう帰ってしまっただろう、あんなことがあったとはいえやっぱ彼女と話したいな、何ならもういっそ家に突撃するかなどと下心丸出しの思考が行動に移される寸前、物陰から優が飛び出してきて手を振った。
「カズ、こっち」
「しかし驚いたな…ゆーちゃんが僕の学校に転校してくるなんて」
「私も最初はびっくりしたよー。カズが同じ学校、同じクラスにいるなんて、今でもちょっと信じられないや」
「でも、僕もゆーちゃんもちゃんとここにいる。それに僕は嬉しかったよ、ゆーちゃんがまだ僕のことを覚えててくれて」
「まぁ、小学生の時あれほど一緒に遊んでたらいやでも覚えてるよー」
笑いながらそう話す彼女の顔の中に昔の面影を感じ、嗚呼、やっぱり今僕の隣にいるのはゆーちゃんなんだ、と改めてこの奇跡を嚙み締めた。
「また…あの時みたいに、2人でどこかに遊びに行きたいな」
「そうだね――そういえば、カズの家ってどの辺り?」
「あぁ、すぐ近くだよ。この道をまっすぐ行って、3つ先の交差点を曲がったところ」
「えっ、えぇ!?私の家のすぐ近くじゃない」
「本当かい!?それなら――」
と言いかけて、思わず口ごもる。転校して初日で昔みたいに遊ばないか、というのは少しおかしいだろう。けれど――。
「どうしたの、カズ?」
「あぁ、いや、えっと…その、良かったら、今日僕の家に来ないかな?」
僕の言葉に優はちょっと驚いたような表情をしたものの、すぐに顔をほころばせて、最大の笑顔で応えた。
「うん、もちろん行くよ!」
学校の荷物を持ったままだったが、優は真っ先に僕の家までついてきてくれた。
「母さん、ただいま!」
「お、お邪魔しまぁす」
僕に続いて、少しぎこちなく優が挨拶した。
「おかえり、和也。…あら、お友達?」
「初めまして、今日和也君と同じ学校に転校してきました、神田と言います。よろしくお願いします」
「――神田?」
母の眉がピクリと動いた。
「――?私の顔に何かついてますか?」
「いいえ、何でもないわ。ゆっくりしていってね」
「えぇ、ありがとうございます!そうさせていただきますね」
「えぇっ、これカズが!?」
数分後、僕の部屋に入って来た優は、僕が焼いたクッキーに舌鼓を打っていた。
「いやいや、母さんと一緒に作ったんだよ。僕だけじゃこの味付けはできないさ」
「それでも美味しいよー!…ねぇ、他にも色々作ってるの?」
「あぁ、こう見えて最近お菓子作りにハマっててね」
僕が少し照れながら言うと、彼女は目を見開いた。
「へぇー、あの不器用なカズがそんなことするようになったんだー。ちょっと意外かも」「ぶ、不器用は余計だよ!」
僕の言葉に、彼女は歯を出して笑った。
「あはは、冗談冗談。――そうだ、今度私も一緒に作ってみていい?」
僕はすぐに、首を縦に振った。
「あぁ、もちろん!」
それから僕と彼女は毎日のように遊んだ。昔のように野外を駆け回るのではなく、彼女と一緒に室内でお菓子を作ったり漫画を読んだりゲームを読んだりだったが、それでも一月が経ち、二月が経った頃には、出会った当初は少し距離があった僕と彼女もかつての僕たちのように仲が良くなり、毎日のように二人で遊び、笑いあった。そんな日々がこれからも、ずっと続いていく――
と、思っていた。あの日、すべてが終わり、すべてが始まるまでは。
その日、僕はいつものように優を家に誘った。
「今日は母さんと一緒にケーキを作ってみたんだ。…食べてみてくれるかな?」
「もちろんだよ!私は甘いものが大好きなんだから」
放課後、僕と優は僕の部屋に二人で座り、母がケーキを持ってくるのを待っていた。
「今日のはフルーツをこれでもかと詰めたショートケーキだよ。君が昔、すごく好きだったやつ」
「本当!?ありがとう、カズ!何か嬉しいな、私の好みまでちゃんと覚えてるなんて」
「ゆーちゃんとは毎日のように遊んでたからね。忘れるわけないよ」
「あはは、ありがとうカズ。…そういえば、あの"樹"も覚えてる?」
「あぁ、もちろんだよ」
あの樹、とは、僕たちがまだ滋賀で暮らしていたころに、僕と優がいつも遊び場として使っていた場所に生えていた大きなケヤキの木のことである。目を閉じると、今でもあの風景が脳裏によみがえる。
「あの場所で、いつも遊んでたからね。あの樹が僕たちを、いつも見守ってくれていたんだ」
「うん…そうだね」
そして、窓の外を見上げ、呟く。
「また、会えるかな…」
彼女の独り言に、僕は右の親指をぴんと立てて答えた。
「あぁ、いつか会えるさ。僕たちがその樹のことを忘れない限り、きっとね」
ちょうどその時、母がケーキを持って来て――事件は、突然起こった。始まりは、部屋に入って来た母の何気ない一言だった。
「そういえば貴方――どこかで会ったことがあるかしら?」
「えぇ、ずっと前の話ですが…和也君が小学生の時によく一緒に遊んでいました」
その瞬間、母は持っていたケーキを取り落とした――黒光りするナイフを除いて。刹那、温和だったはずの母から今まで感じたことのない感情のうねりを感じ、僕の二の腕は激しく粟立った。――いいや、この感覚は前に一度、どこかで…
「――同じ苗字、同じ地元…そう、そうだったのね…これも運命のめぐりあわせかしらねぇ…ッ」
「な、何やってんだよ母さん。いったん落ち着いて、お茶でも飲んできなよ。第一、めぐりあわせって何の話なの?」
僕の言葉に、母はナイフを握り、荒い息を続けたまま答えた。
「あんたは知らないだろうけど――
私の主人の浮気相手は、あいつの母親だったんだ。そうして生まれたのがあの子なんだよ」
その言葉を、僕は信じられなかった。そしてそれと同時に、僕は母から感じていた強い怒りの波動の既視感の正体を悟った――あの時だ。僕の父の浮気が発覚し、僕と母が故郷を離れたあの時にも、母は同じような怒りを宿していた。――しかし、それでは今の僕と優の間の状況に矛盾が生じている。彼女が僕の、腹違いの妹だとでも言いたいのか?それならばどうして――
「――どうして僕とゆーちゃんは幼馴染なんだ?僕の方が先に生まれていてもおかしくは無かっただろう?」
「そうね。でも、あの人は私が妊娠している間からずっと、あの女と関係を持っていたのよ。私が妊娠してからほどなくして、あの女の妊娠も発覚したわ」
「なるほど、そういうことだったのか…」
「…畜生、あんたが――あんたが、私の主人を奪ったんだ!私の主人を、私の人生を――ッ!!」
半ば狂ったように、僕の母は右手を振り上げて優に歩み寄った。
「ちょ、落ち着けよ母さん!仕舞ってくれ、そんな物騒なもの!」
僕は母が振り上げた右手首を掴み、必死に抑えようとした。だが、火事場の馬鹿力とせもいうべきか、母は逆に僕を押し倒してきた。それでも負けじと必死に食らいつく。
「放しな和也!!私は今ここで、復讐しなければならないんだ!!」
「目を覚ませよ母さん!!そんなことをしたところで、復讐なんかになるわけがない!!」
「和也は黙ってなさい!あなたに分かるはずがないわ、私の――私とあの人の、苦しみがッ!!」
母は完全に理性を失っているようだった。口から唾液が垂れており、目も焦点が合っていない。
「いい加減に、しろ…ッ!!」
そこから先は覚えていない。僕はきっと、優のことを守るために必死だったのだろう。
気が付くと、部屋のあちこちが散乱し、棚に飾ってあった写真やプランターなどはほとんどが落ちていた。そして、母が握っていたはずのナイフはいつの間にか僕の腕に収まり――母のみぞおちのあたりに、深々と突き刺さっていた。僕がそれを認識する間もなくナイフはそのまま皮膚を切り裂き、その傷口から大量の血が止めどなく溢れ、呆然とする僕の体に飛び散った。
僕の目の前で、母はぐらりと体勢を崩して倒れ、そのまま動かなくなった。白いクリームで覆われたスポンジは、瞬きする間に紅く染まった。
そして、優の小さな悲鳴が、僕の耳にいつまでもこだましていた。
はい、最後まで読んでいただきありがとうございます。
さて、ここから若干のネタバレ注意!本編を読んでいない人はいったん戻って読み直しを推奨します!
はい、それでは…
今回の話から、ようやく物語が動き出します。先に言ってしまうと、この話を含めてあと3話しか予定してませんが…笑
それにしても、今回の話で退場となった和也のお母さんみたいな狂気じみたキャラを書くのって本当に難しい…SAOの新川君みたいな感じに仕上げたかったんですがなかなかどうしてうまくはいかないものですねぇ。皆さん本当にすごい…
さて、少し長くなってしまいましたが次回の話を少しだけ。
次回からは、タイトル通りのシナリオが進んでいきます。別サイトで投稿した際は年齢制限の箇所が大部分を占めていたのでその辺の書き換えを今頑張ってます。頑張って来週の日曜には投稿出来たらなぁ、と思っている次第です。
それでは、次のお話でお会いしましょう。