03 冒険者登録。
決闘を引き受けたはいいけれど……どうしよう。
私のレベルだと、初歩の魔法を当てただけで……相手が死ぬんだが。
ここは、リアル。HPが0になれば、当然死ぬだろうし、生き返る魔法なんて実在しないに決まっている。
リアル、怖い。殺し、よくない。絶対、だめ。
異世界に来て早々、殺人事件を起こすとか勘弁してほしい。
どうやって、殺さずに勝てばいいのだろうか……。
ソラちゃんの期待を裏切らずに、相手を殺さないで勝つ方法……。
街中では、決闘は許されない。ゲームと同じである。
だから街の外に出ようと、歩いている最中。見物したい冒険者がぞろぞろついてくる。
そんな中、ソラちゃんが足を止めた。
手を繋いでいるので、私も足を止めると、下の方に引っ張られる。
何をしているのかとマントの下のソラちゃんを確認してみた。
立ち上がったソラちゃんは、満面の笑みで木の棒を差し出してくる。
「いい感じの棒!!」
……意味不だけれど、天使のような可愛さ。
「あ、ありがとう」
とりあえず、木の棒をもらっておく。
そして、閃いた。
この木の棒で戦えばよくない!?
愛用の杖(最強装備)で叩いても、多少攻撃力が上がるから一撃で死亡するが、木の棒なら大丈夫じゃない!?
ナイス、ソラちゃん!!
私はいい子いい子と、頭を撫でた。
「よし、ここでいいだろう。ってなんだその棒は!?」
街の外に出てすぐに、男の冒険者は振り返って私が持つ木の棒に気付く。
「私の武器」
「舐めくさりやがって!! 死んでも知らねーかな!?」
それはこちらのセリフである。
「決闘はどちらが死んでも罪にはならねーんだぞ!」
にたり、と笑った。
それで、決闘か。私を殺す気でいるのか。レベル25で。
罪にはならないとはいえ、夢見が悪くなるので、殺しは避けたい。
ので、木の棒に頼る。
「子どもの前だから? 殺さない努力はしてやんよ! 早くそのガキ引き離せ!」
「イヤッ! ママから離れない!!」
「わかったわかった」
「何!? さては子どもを引っ付かせて、オレ様の本気を出させないためか!? ひでー母親だぜ!!」
「本気出しても構いません。この子に傷はつきませんので」
とんでもな勘違いするから、はっきり言ってやり、私は片腕でソラちゃんを抱え上げた。
ソラちゃん、ほんと軽いなぁ。しっかり食べさせてあげなくては……。
見物の冒険者達のブーイングも受け流して、木の棒を持つ右腕を伸ばした。
「名乗っておきましょう。私はアエテル・ウェスペル! 二つ名は【魔女王】! レベル130の魔導師!」
二つ名は言う必要なかったな……。
相手が困惑しているわ。
「魔女王? わけのわからないこと言いやがって……! オレ様はガルパン・ゲロレ!! レベル25の剣士だ!! さぁかかってこいや!」
「いや、あなたから来てください。動くの、面倒なので」
「なんだと!? 余裕ぶっこくなよ!!!」
ソラちゃんは、庇うために後ろの方へ。念のためだ。
切りかかるために飛び込んできた冒険者ガルパンは、とつもなく遅く思えた。
がら空きのお腹に打ち込むことにして、私は加減、加減加減と注意を払って、木の棒を当てる。
その瞬間、後ろの方へと冒険者ガルパンは吹っ飛んだ。
なんなら、何回か後転していった。
そして、バタン。
能力透視で死んでいないことを確かめてみる。
HPが残りわずかだけれど死んでない。
よかったぁー。人殺しになってないー。
さっきまでブーイングとヤジを飛ばしていた見物の冒険者達は黙り込んだ。
むしろ、青ざめている。血の気が引いているようだ。
受付嬢のように卒倒しないといいけれど。
「大丈夫か!?」
そんな中、冒険者達を押し退けて駆け付けたのは、少年。
それも、美少年だ。白金髪がキラキラした青い瞳を持っている。
白い襟付きシャツに腰にベルトを巻き付けた黒いズボン姿とシンプルな格好が、とても清潔的。
美少年が心配したのは、冒険者ガルパンだ。
この状況だと、普通は心配するか。
「回復薬、使います?」
「いいのかい? 使わせてもらうよ」
歩み寄って差し出せば、美少年は受け取った。
そして容赦なく瓶の口を冒険者ガルパンの口に押し込み、液体を流し込んだ。
「ごふっ!」と噴き出す冒険者ガルパンだったが、美少年は注ぎ込み続ける。
「ゲホゲホッ!! な、何が、起きて……っ!? ギルマス!!」
ギルマス。冒険者ガルパンは、美少年を見るとそう呼んだ。
ギルマス、ギルドマスター!?
この美少年が!?
「全く……無謀はやめてくれ、ガルパン。レベル130にレベル25が勝てるわけないだろう?」
はぁー、と肩を落とすギルマスこと美少年は、立ち上がると私を真っ直ぐに見上げた。
「レベル130なんて、そんなでたらめなレベルなわけっ!」
「いや、彼女は確かにレベル130だ。僕の目にもそれが映っている」
「!」
この少年……能力透視のスキル持ちか。
見られているなら、こっちだって見てやる!
[名前 テンペス・ドリームメ レベル52
性別 男性 種族 ハーフエルフ
適性職 弓使い
称号 ギルドマスター 冒険者
HP 160000/160000 MP 80000/80000
攻撃力8850
防御力7050 素早さ3600
特殊スキル 能力透視 感知]
ハーフエルフか。ギルドマスターなのは、間違いない。
しかし……ギルドマスターですら、レベル50か。
これは、もしかして……この世界の冒険者は皆レベルが低い???
「こちらの冒険者が失礼をしてしまい、申し訳ございません」
ぺこっと謝罪をしてくれた。
それを見て、どよっと冒険者達が動揺する。
「気が変わっていないのなら、冒険者登録の続きをして欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
とても礼儀正しく、にこやかに笑いかけてくれる。
「異世界から召喚された【魔女王】様?」
称号もしっかり見られているし、事情を話して、情報をもらうべきだろう。
「謝罪を受け入れて、登録手続きをします」
それだけを言って、私はソラちゃんを下ろして、手を引いた。
少し怯えた様子だということに、今気付く。
「どうしたの? ソラちゃん」
「……」
答えてくれない。
さっきの決闘が怖かったのだろうか。
でもソラちゃんは、ギルマスの美少年を気にしている。
チラチラ見ては、私にしがみつく。
「あの、ギルドマスター。この子と知り合いですか?」
「? いえ……見たことがありませんが……。なんだか怯えていますね」
ギルマス美少年が覗き込めば、またびくっと震えて怯えた反応をするソラちゃん。
少々傷ついたように苦笑を浮かべるギルマス美少年。
「ああ、もしかしたら……弟と間違えているのかもしれません」
すぐに心当たりを口にした。
「弟がいるのですね」
「はい。少々素行が悪いと言いますか……かろうじて犯罪履歴はないです。冒険者でありクランをまとめるリーダーなのです」
「クラン……。この子がいたクランかもしれませんね。クランでこき使われていたみたいです」
「……それは、可哀想ですね」
ギルマス美少年は顔を歪めて呟くと、それっきり黙り込んだ。
でもギルド会館に戻ると、気を取り直したように、にこやかな笑みに戻る。
「二階で話しましょう」
「さっきの受付の女性は、大丈夫でした?」
「はい、意識を取り戻しましたよ」
カウンターそばにある大きめの階段を上がりながら、受付嬢の無事を聞く。
安心していれば、応接室のような場所に案内されて入った。
向き合うように、ソファーに座っておく。ソラちゃんはマントの中にもぐって、私にしがみついたままである。
「召喚儀式の場に、雷鳴が轟き黒い炎が上がったという噂を聞きました。そしてあなたの称号に”異世界から召喚されし者”があることから推測して、あなたは召喚儀式の場で召喚されてしまった異世界の方……で間違いないでしょうか?」
「話が早くて助かります。そうです、この子が召喚したようです」
言い当ててくれて、本当に助かる。
マントの上から、ソラちゃんの頭をぽんっと軽く叩く。
ギルマス美少年は果たして、信用出来るかどうか。
迷うところだけれど、立ち位置で信用することにする。
これまでわかっている事情を話しておいた。
「異世界から人を召喚出来ること自体初めての事例ですが……称号についていますし、事実だとは思います。その子の願いを叶えた謎の召喚石……気になりますね。元の持ち主は誰でしょうか……」
拾ったものを使ったことは、咎めないらしい。
「どのくらい大きな召喚石だったんだい?」
「……」
「あはは……よほど弟が怖いんだね」
ギルマス美少年が問うけれど、ソラちゃんは答えない。
「どのぐらい大きな石だったの?」
私が代わりに訊くと、ソラちゃんは両手で大きさを示してくれた。
バレーボールぐらいの大きさだ。
あれ。普通の召喚石のサイズって、どのぐらいだろうか。
いつも画像でしか表示されていないからな。それを使用ボタンを押して使う。
通常の召喚石のサイズはどのくらいか。
ギルマス美少年を見てみれば。
「大きすぎるね……」
心底驚いた様子で、苦笑を漏らす。
「拾った場所を教えてもらえるかな?」
私が答えるように促せば、ソラちゃんはしぶしぶ答えた。
「召喚儀式の場のヨイ通りの方の裏路地……」
「ふむ……そこを重点的に調べてみるよ。モーサ、入っておいで」
ギルマス美少年が一つ頷くと、モーサという女性を呼びつける。
入ってきたのは、茶髪の美しい女性。受付嬢と同じ制服に身を纏っている。
でもこちらはズボンを履いていて、スッと伸びた細い足だ。
「じゃあ、冒険者登録をしよう」
「こちらのカードに血を一滴垂らしてください。身分証の代わりとなりますので紛失しないようにお気を付けください。依頼を受注する際にも必要になります。また登録料は、3000ベリーです」
隣に立って、ポーカーフェイスで説明をしてくれる女性が差し出してくれたのは、銀色の装飾が施されたカード。
言われた通り、私は3000ベリーである銀貨三枚を置いて、針にちくりと指の腹に刺す。カードに血を落とせば、水面が揺れるように光った。
名前と種族と性別。そして、レベルが表示されている。
他には、ランクにブラウンレベル1と表示されている。依頼達成率0とまで、書いてあった。
「ランクがブラウンレベル1……」
「申し訳ございません。ギルドの決まりで、登録はランクをブラウンから始めることになっています。ウェスペル様のレベルでも、ギルドの規則は変えられません」
私のレベルを知っていての対応らしい。
「構いません。ランクについての説明をお願いしてもらってもいいですか?」
「はい。ランクはブラウンとシルバーとゴールドに大きく分けられて、またレベル1、レベル2、レベル3まであります。レベル3を越えれば、ランクアップするという仕組みになっています。レベルの上げ方は、依頼達成をこなしていくと上げっていきます。依頼の達成率が下がれば、レベルもランクも下がりますのでご注意ください」
「なるほど、わかりました」
よくわかった。そういうシステムか。
「その子は、冒険者登録しないのかい?」
「え? 可能なのですか?」
キリがいいところで、ギルマス美少年が問う。
その子とは、もちろんソラちゃんのことだ。
「ソラちゃんがいくつになるかによるけれど……そのMP量と特殊スキルだと利用されかねない。保護のためにも、身分証としても、必要だと思う。十歳以下でも、ギルドマスターとして特例で許すよ」
ソラちゃんに能力透視を使ったのか。
確かに、私も初めて見る特殊スキルだ。
保護のために冒険者登録をすべきだと助言してもらったのなら、素直に聞き入れるべきだろう。
「ソラちゃん、歳いくつ?」
「え、知らないのかい? もっと互いに知っておくべきじゃないかな?」
またもや、ギルマス美少年が苦笑を溢す。
「九歳なの!」
「やっぱり十歳以下なのか……最年少冒険者の誕生だね」
そういうことで、ギルマス美少年・テンペスくんの許可を得て、ソラちゃんも冒険者登録をしてくれた。
ちょっと針には怯えていたけれど、それも乗り越えて、冒険者カードを手に入れて、目をキラキラと輝かせる。
テンペスくんにようやく心を開いたらしく、手に入れたカードを突き付けた。
「可愛い娘さんですね」
「本当可愛いですよね」
テンペスくんも、私もほっこりと癒されている。
可愛いは、正義。