02 娘はマントの中。
「とにかく、場所を変えてゆっくり話そう。落ち着いて話せる場所……」
どこ行っても、注目しているやじ馬がついてきそうだ。
ここは無難に、部屋の中に入れる宿屋にしておこう。
活動拠点の街キツミのマップを確認。HPなどを回復する宿屋があったはず。
ちゃんとマップが表示されて、ホッとする。うっすらと半透明だけれど。
人もどの場所にいるか、表示されいるのはゲームと変わらない。
フレンド登録していれば、名前表示もされるけれど……ここにはフレンドがいない。
元々フレンドはいなかった……。
とりあえず、宿屋にタッチをしてマーカーをつけておく。
そのまま、方向の矢印が視界に現れるので、ソラちゃんの手を引いて歩き出す。
ソラちゃんは、嬉しそうにニコニコしている。
私は注目を浴びすぎて、げんなりしている。
セクシーなロングドレスを着ているせいか。はたまたナイスバディなせいか。
注目の視線が痛い。こっそりスクショされるだけなら、まだマシに思えた。
そうだ。私のアイテムボックスには、マントがあったはず。
装備として設定すれば、マントを羽織ることになった。
もふもふの黒いファーがついた純黒のマントで、露出が隠せる。
男達の舌打ちが聞こえたが、気にしない。
スースーしていたウエストが隠せて、安堵。
「わー!」
手を引くソラちゃんは、マントの中だ。
大丈夫かと問おうとしてけれど、ソラちゃんは楽しそうにはしゃいでいる。
まっ、喜んでいるなら、いいっか。
「いらっしゃいませ! マタタビ宿屋へ!」
にっこりと出迎えてくれるのは、獣人の女性店員さん。
猫耳と尻尾を生やした種族である。
ゲームだと宿屋に入る直前、「休憩して回復しますか?」の文字が浮かぶけれど、それはない。
普通の宿屋のようだ。
「とりあえず、一週間、部屋に泊まりたいのですが、空いてますか?」
「はい! すぐにご用意できる一人部屋がありますよ!」
「ソラも! ソラもいるなの!」
一人部屋と言う女性店員に、自分がいることを主張するソラちゃん。
あ。マントに隠れてしまったか。
「二名です」
「失礼しました! 二名様ですね! 二人部屋でお間違いないでしょうか?」
ほっこりしたように微笑む店員さんは、マントから出てきた女の子に癒されたらしい。
私も可愛いと思いました。
「はい」
「宿代は前払いで5600ベリーとなります。そちらに食堂がありますが、別料金となります」
「わかりました」
きゅるるるっ。
「……」
「……」
「……」
マントの下からお腹の虫が鳴った。
お腹を満たしたばかりの私ではない。
マントを捲れば、恥ずかしそうに俯くソラちゃんがいた。
お腹空いたんだね。
「食事も今いただけますか?」
「かしこまりました! ではお食事中に部屋を整えておきます!」
「よろしくお願いいたします」
二人して、ソラちゃんを微笑ましく見てしまう。
女性店員さんとのやりとり終えた私は、ソラちゃんをつれて、広い食堂スペースに移動した。
開いている席について、テーブルの上に置いてあったメニューを見てみる。
よかった。字、読める。日本語に見えた。
「ソラちゃん。何食べたい? 好きなものは何?」
「ソラ、嫌いなものない!」
キリッと言い退けるけれど、またきゅるるるっとお腹が鳴る。
恥ずかしそうにお腹を押さえる姿、可愛い。
「じゃあ、すぐに作ってもらえるものにしようか。すみませーん」
「はーい」
呼びつければ、豊満な体系の女性がやってきた。
猫耳と尻尾をつけている。同じ毛色だから、受付の人と母娘かしら。
「この子がお腹を空かせてしまっているので、すぐに用意できる料理を出してほしいのですが」
「そうですね、出来立てのシチューとパンなら出せますよ」
「ではそれを一人前ください」
「あら、一人前でいいのですか?」
「あーそうですね……パンは二人前ください」
一人一品注文すべきよね。
「かしこまりました!」と女性は、カウンター奥へと戻っていった。
「ソラちゃん。召喚獣の召喚には、召喚石が必要だったよね? 違う?」
「うん、召喚石使った」
「どこで手に入れたの?」
召喚石は、クエストの特別報酬とかでもらえる貴重なアイテムだったはず。
借金で縛られていたこの子が持っているのは、おかしい。
「拾ったの」
あっさりと答えたソラちゃんは、ケロッとしていた。
「拾ったの、使っちゃったのかー……」
「うん! きっと、神様がくれたの! 人生一発逆転するために!! ママと会わせてくれたなの!!」
そういう考えもあるけれども。
「なんかすっごく大きな召喚石だったなの!」
「それを売れば、クランから解放してもらえたんじゃない?」
かなりレアな召喚石だったのかしら……と片隅で思いつつも、聞いてみた。
「ううん、絶対に盗られたもん……あの人、意地悪だもん」
しゅんと俯くソラちゃん。
確かに、ソラちゃん自身がお金を用意しても、いちゃもんつけてこき使い続けそうだもんなぁ。
私はソラちゃんを慰めるために、頭を撫でてあげた。
頬を真っ赤に染めるソラちゃんは、気持ちよさそうに目を細める。
何その表情。可愛すぎか。
「……」
実の親がいないのかいるのか、訊けそうにないな。
母を求めている時点で、いないに決まっている。
親なし子。そして雑用でこき使われている。可哀想だ。
シチューが運ばれてきたら、ソラちゃんはますます可愛い顔をした。
ほくほくと温かいシチューをスプーンで口に運べば、わふわふと口の中で冷まそうとし、そして咀嚼。ごっくんと飲み込み、目を輝かせる。落ちることを防ぐためのように頬を押さえ込む。
可愛い仕草である。
私も私で、パンを食べることにした。
丸みを帯びたパンをちぎって食べてみる。
んん! バターが効いている美味しい味!
やっぱり、ここは現実だ。文字通り、噛み締めながらも、考えた。
さて。どこまでゲームと一致しているか。調べないといけない。
とりあえず、メニューを開く。
本来ならボタンを押すところだけれど、握っていたはずのコントローラーはない。
さっきから念じているだけで開くのよね。
ゲームだと、【ステータス】【マップ】【設定】【お知らせ】【ヘルプ/サポート】【ショップ】が表示されるのに。
【ステータス】と【マップ】しか表示されていない。
左側には【クエスト】【アイテムボックス】【パーティ】【フレンド】【ミッション】【メニュー】の欄があるけれど、【クエスト】と【フレンド】機能は使えないみたいに文字がうっすらしている。
いや元からフレンドいないので、そういう仕様だけれど。
恐らく【クエスト】の方は、何も引き受けていないので、はっきり表示されていないのだろう。
このゲームでは、冒険者という職業があるけれど、私は登録をしていない。
冒険者として登録せず、自由に探索を楽しむプレイスタイルがあるので、それを選んでいた。
冒険者登録のメリットは、依頼を引き受けたらパーティを募集が出来ることとかで、ソロを貫く私には関係なかったのである。
冒険者登録が必要な依頼もあったけれど、それ以外を引き受けつつ、お金とレベルを稼いでいた。
ふっ。昔の話よ。
でも、今は情報収集のためにも、登録してみるべきかもしれない。
「ソラちゃん。冒険者ギルドに行ってきていい?」
頬一杯にパンを詰め込んだソラちゃん。
「ゆっくり食べて」
「うん! ママ!」
口元をナフキンで拭いてあげると、嬉しそうにニコニコしたソラちゃんにまた癒される。
「ギルド行くなら、あたしも行くなの! ママと一緒がいい!」
「んー……じゃあその前に」
ぱくっと最後の一欠けらのパンを口に放り込んだ私は、にっこりと笑い返す。
ソラちゃんは、きょっとんとした。
猫耳の女性店員さんから部屋の鍵をもらったあと、場所を聞いた仕立て屋に行き、サクッとソラちゃんの服を仕立ててもらったのだ。
ボロいワンピースのままでは可哀想なので、淡い水色のフリルつきワンピースを買ってあげた。
気に入ってくれたようで、くるっと回ってスカートを舞い上がらせたソラちゃんは「どう?」と満面の笑みで見上げてくる。
……天使かな???
「可愛いよ、とっても似合ってる」
それから仲良く手を繋いで、冒険者登録と依頼を引き受けられる冒険者ギルド会館へ向かった。
ギルド会館は、ゲームとよく似ている内装だ。
入って右にある掲示板が、依頼を張り出している掲示板。とは言え、見る限り、紙ではなく板で発行しているようだ。板が、ぶら下がっている。
左にはマップらしきものが、額縁に入れて飾られていた。
ゲームでは中央には何もなかったが、今はソファーが置いてあって何人かが座っている。
それを見てから、数人が並んでいるカウンターへと向かう。
「冒険者登録をしに来ました」
「はい。では、ステータスを確認しますので、こちらの石板に手を置いて魔力を込めてください」
ステータス確認か。
手を置こうとして、私は躊躇した。
そういえば、召喚されてから自分のステータス確認してない。
どう表示されるのだろうか。
そもそも、魔力を込めるってどうやるの?
「大丈夫ですよ。犯罪履歴がなければ」
受付の女性が、にこやかに言う。
私に犯罪歴なんてないんだけれど。
心配なのは、魔力の込め方だよ!
ええいままよ! とやけになって手を置き、力を込めた。
スッとスクリーンが手を置いた石板の上に表示される。
[名前 アエテル・ウェスペル レベル130
性別 女性 種族 人族
適性職 魔導師
称号 【魔女王】 異世界から召喚されし者
HP 390000/390000 MP 650000/650000
攻撃力5550 魔法攻撃力16000
防御力18050 素早さ6000
特殊スキル 能力透視 感知
犯罪履歴 なし]
あ、よかった。普通にプレイヤー名だ。レベルもそのまま……。
当然、犯罪履歴もなし。
「ひゃ。ひゃくっ、さんじゅう~っ!!?」
急に大声を上げたものだから、私もソラちゃんもびくっと肩を震え上がらせた。
声を上げたのは、にこやかに対応をしていた受付嬢である。
「れれれっレベル130!!?」
くるっと石板を回して、自分がよく見えるように正面から確認しては、頭を抱えて叫んだ。
古参なら、普通のレベルなんだけれど……?
ざわざわ。ギルド会館内にいる冒険者達が、注目してしまっている。
受付嬢は、卒倒してしまった。
「えっ、大丈夫ですかっ?」
カウンターを乗り出して確認するが、目を回している様子。
大丈夫ではなさそう。他の受付嬢が必死に揺さぶっているが、気を失っている。
「おい! そこのねーちゃん!!」
ざわつく後ろの方を振り向けば、どうやら私のことらしい。
「レベル130だって? どんなインチキをしやがった!?」
いや、インチキなんてしないし、そもそも出来ないのでは?
「罰を下してやる!! 決闘だ!!」
インチキと決めつけて、決闘を申し込まれてしまった。
「受ける筋合いないんで、お断りします」
「ハッ! つまり、インチキを認めるんだな!? レベルを改ざんしやがって!!」
「インチキしてません」
「往生際が悪いぞ!」
なんでそう決めつけるかなぁ……。
他の冒険者にも睨まれる始末。
なんとなく、絡んでくる男の冒険者を能力透視で見てみた。
[名前 ガルパン・ゲロレ レベル25
性別 男性 種族 人族
適性職 剣士 称号 冒険者
HP 6000/6000 MP 3500/3500
攻撃力2350
防御力1850 素早さ900]
「えっ、よわっ」
ほぼ初心者レベルではないか。
それで絡むとか正気なの?
思わず、口にしてしまった。
侮辱と受け取った男の冒険者は、青筋を立てた。
「表出ろ!!! てめーが格下だってことを思い知らせてやる!!」
「ママは強いもん!! ねっ!? ママ!!」
男の冒険者に言い返したのは、マントに隠れていたソラちゃん。
いや、ソラちゃんは、私の実力知らないよね。
証明して、と言わんばかりのキラキラな眼差しを注がれてしまった。
うっ……うっ……! ううっ……!
私は致し方なく、決闘を受け入れた。