第4課題 LEECH 第9問
こうして私のパート生活が始まり、テレビとスマホをサーフィングするだらだら生活が一変した。
朝は7時に起床し、体にこびりついた脂肪を落とすべく、家の近所を1時間かけてウォーキング。
その後リビングで腹筋とスクワットを50回ずつ行ってからシャワーを浴びる。
そしてモーニングサラダを食べながら経日新聞を読み(幸雄およびその同僚には全く関係無い日本の経済動向だが、私のプライドが経日新聞を読まないという選択肢を除外した)、化粧水と口紅だけの簡単な化粧を施して出勤をする。
行李輸送で行っている仕事は ①エクセルを活用した経理業務(エクセル機能の大半が使用されずに無駄) ②電話による顧客照会応対(自分一人で見積もりを出すのに2日は要らなかった) ③庶務(ゴミ捨て、注文書ファイリング、作業着クリーニング) と、カメでもできる仕事。
稼げるお金は中学生の小遣いレベルだが、お金を稼ぐというより仕事を通じて世の中の役に少しでも立っているし、日本経済と繋がっているという実感がある。
そして何より、幸雄をはじめとする職場メンバーから浴びせられるエロ視線が、私の女としての意識を鼓舞させてくれているのが一番の収穫だった。
私は甲府の百貨店で買った丈の短い(ブランド品でない)スカートや胸元の開いたダボダボのシャツを作業着代わりに身に纏い、職場で頻繁に屈んだり、脚立に上ったりして、胸チラやパンチラのチャンスを積極的に提供することに励んだ。
そしてエロ視線シャワーを浴びる事が至福のひと時になっていった。
アベノミクスの効果が疑わしいパッとしない日本経済だが、インターネットを通した購買スタイルへの移行によって物流業界は好況が続いており、猫の手も借りたいほどの万年人手不足に陥っている。
行 李輸送の社員は社長の幸雄の他にドライバー3人(つまりは面接初日に麻雀卓を囲んでいた4人)、そして私を合わせてたったの5人しかいない超零細企業。
私が一通りの事務を一人でこなせると判断するや否や、幸雄もトラックで外回りをするようになってしまった。
私が10時に出社するとほぼ同時に私を残して皆が外に赴き、夕方に皆が戻ってくる前には私のパート終了時刻午後4時を迎え、一人で鍵を閉めて一足先に事務所を出る日々が続く。
日中は私のみがポツンと独り留守番状態で、話し相手といえば電話の向こうの荷主ぐらいだ。
あーあ、せっかく独りぼっちの生活から抜け出せたかと思ったのに。
せっかくエロ視線を浴びるという新たな快楽を覚え始めたばかりなのに。
いざという時に備えて引き締めた私の腹筋はシックスパック寸前になってるのに。
本当に、あーあだ。
でも、仕事の世界で長らく生き抜いてきた経験は私の体の奥深くにまで染み込んでしまっており、誰もいない事務所はサボり放題であるのにも関わらず、独りぼっちの寂しさを紛らわせるべく、積極的に建設的な仕事をしてしまう。
私の前任の事務員は銀行で事務職をしていたという幸雄の親戚のおばちゃんで、幸雄の先代時代から務めていた。
でもこのおばちゃん、ほとんど仕事しないで日中は茶を啜り、煎餅を齧り、ワイドショーに熱中してばかりしていたそうだ。
もちろん簡単な支払業務等はしていたらしいけど、そのぽっちゃりした体系が示すように、整理整頓が特に苦手。
事務所や倉庫は本当に荒れ放題で、数日かけて下駄箱の裏からようやく経理台帳を見つけた時には、まるで武田信玄の隠し財産を探し当てたような気分だった。
これじゃ流石に作業効率が悪すぎるし、それ以前に汚すぎるのよね。
また毎朝のトレーニングで筋力がついてしまい、(当初の目的と不本意ながら全く違うが)一人で重たいモノでも運べるようになっちゃってるし。
「事務所を片付けよう。そうね、まずはこの事務机ね。要らないものは独断で捨て、判断に迷うものだけを段ボールに纏めておいて、後でみんなに断捨離してもらおう」
よしっ、と両手にビニール手袋を装着した。