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第4課題 LEECH 第4問

「あの……ごめんください」


 金文字で行李輸送株式会社とセンス無く書かれた曇りガラスの扉をガラガラと開け、勇気を持って発した私の声は、麻雀牌を取り囲んで大声で談笑する男たちの声に一瞬でかき消された。


「そんじゃ行かせてもらうぜ、リーーーーーチ!」


「李ちゃん、またリーチかよ。ノリノリじゃん」


「マジかよ、さっきの半荘でもリーチ一発ツモで上がってたしな」


「さっきどころか、今日ずっと李社長の独り勝ちじゃないですか。俺ここで社長に上がられたら、マジで給料日までカップラーメンオンリー確定っすわ。ふわぁ」


「おーおーおー、シケた声だすんじゃねぇよ。まだリーチしただけじゃねぇか。上がれるかどうかなんて分かんねぇだろが」


 李と呼ばれる男にツモ番が回って来た。


 その李と呼ばれる男は麻雀牌をグイッと掴むと、親指でいやらしく、じっくりとじっくりと、とても執拗に盲牌をする。


 そして勢い良く指先に握られた二萬牌を皆に見せるように卓に叩きつけた。


「リーチ一発ツモ、ってか、四暗刻! 役満来たよ! 俺様の運勢は昇竜拳バリに上がってるぜ。こりゃなんか良い事あんぞ! あっひゃっひゃっひゃ。ぷぁー」


 品格の欠片も無い笑い声とタバコの煙を同時に辺りに撒き散らした。



「あのー、すみません」


「は? 誰?」


 入口に一番近くに座る4人メンツの中で、その言葉づかいから一番下っ端だと思われる茶髪ヤンキー風の男が振り返り、ようやく私の存在に気付いて反応した。


「今日14時からパート募集の面接で来ましたのりと申します。面接のご担当の方をお願いできますか?」


 すると李と呼ばれる男が麻雀卓の椅子に座ったまま、ようやく視線を私に向ける。


 そして視線で私を盲牌し始めた。


 じっくりといやらしい目つきで、私の顔を、体を、指先を、舐め回す。


 やがて椅子から立ち上がると、灰皿が机の上にあるのにも関わらず、ヴァージニアスリムの吸い殻を右足で執拗なくらい揉み消した。


「採用」


「へ?」


「だから、さ・い・よ・う って言ってるじゃん。明日からよろしくね」


 この人一体何を言ってるの?


「で、でも、まだ履歴書も見て頂いていないし、面接もしないですよね? それで、どうして採用って事になるんですか?」


「へ? じゃぁ採用やーめた。でいい?」


「いえいえいえいえいえ、是非とも採用して欲しいです……ただ、ちょっとこういう感じ、今まで経験したことが無かったんで……」


「俺は行李輸送株式会社社長の李だ。俺のモットーは流れに乗る。今日の運勢考えると、あんたはひょっとするとあれかもしれなんだ……だから採用」


「あれってなんですか?」


「まぁ、女神みたいなもんだよ。採用って言ってんのに、これでもまだ不満?」


「いえいえいえいえ、不満なんてありません。これからよろしくお願いします」


「おーおー、そんなに堅っ苦しいのは無し、無し」


 李社長が椅子からようやく立ち上がり、私の方に近づいてきた。


 そして私が手に持っていた履歴書をおもむろに奪い取ると、ふんふんと言いながらとりあえず目を通したようだ。


「おー、俺と同い年じゃん。まじで運命感じるわー。だから敬語とかじゃなくて、タメ口で全然問題ないから。よろしく、楽しくやろうぜ、鐘子ちゃん」


 私に握手を求めてきた。


「よろしくお願いします。李社長」


「ほら、ダメダメ。敬語禁止って言ったじゃん。『よろしく幸雄』でしょ?」


 幸雄って一体誰だよ? 


 ひょっとしてお前の事? 


 うわー気持ち悪い、と思いながらも、ここから早く逃れたい思いで差し出された手を握り返す。


「よろしくね、幸雄」


 するとこちらが思った以上に強い力で握り返され、私の全身から力が一気に抜けてしまった。


 よろけて転びそうになった瞬間、李社長、いや(今後も同様のやりとりが続くと面倒なので不本意ながらも)幸雄が私の腰にもう片方の腕を回し、抱きかかえるように私を支えてくれた。


 その姿はタンゴでキメのポーズを決めるダンスカップルにも見えるかもしれない。


 最悪。


 そして挙句の果て、幸雄が私の耳元でこう囁いてきた。


「こちらこそ、よろしく。鐘子」



 言うまでもないが、私の全身に鳥肌が走り抜けた。

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