第4課題 LEECH 第1問
山梨県都留市は人口3万人程度の田舎街。
JR東海が2027年の名古屋開通を目指して開発しているリニアモーターカーの試験施設、いわゆる山梨リニア試験場と、武田信玄に由来する史跡を除けば、山と川と素通りするだけの高速道路と退屈な時間しか無い。
東京出身の私には全く縁もゆかりもないこの都留。
医大で遺伝子組み換え研究の第一人者で医学博士を務める一回り年上の主人、孝 一が新規に開業する医大病院の院長に任命されたのをきっかけに、今まで長年エンジニアとして働いてきた外資系IT企業を退職し、主人に寄り添ってこの地に、私こと孝 鐘子も赴いた。
年齢、性別、国籍を問わず、成果だけを求められる外資系独特の企業文化に若かった当時の私はとても大きな魅力を感じ、今の主人と知り合って結婚した後も、寝る時間を惜しんでバリバリ仕事をしていた。
しかしIT業界の目覚ましい技術革新についてゆけず、最新のノウハウと柔軟な発想を身に纏った若い世代に仕事を徐々に奪われていた。
そんな悩みを抱え込み続けていたある日、何気なく風呂上りに鏡に映る裸の自分をマジマジと見てみると、そこには長年手入れをしてこなかったツケが回ったカサカサの肌、垂れ下がった胸、雑草の如く群がるムダ毛。
そして疲れ切って魅力の欠片も無くしてしまったムンクのような私が不気味な笑顔を返していた。
自分の潮時はもうとっくに訪れていたことを痛感し、退社を決意した。
私の退社から間もなく都留に引っ越すと主人に言われ、はじめは都留が何処にあるんだかさっぱり分からなかった。
鶴かとも思った。
山梨県だった。
ただ山梨県といえども東京寄りだと聞いたので、エステやネイルサロンに通って女として磨きなおしたり、仕事の疲れを癒すべく家でゴロゴロしたり、ショッピングを楽しんで暫くゆっくりと過ごそうと考えていた。
しかし、甘かった。
都留にはエステも無い、サロンも無い、セレクトショップもまるで無い。
吉幾 三の「おら東京さ行くだ」の世界。
主人は着任早々から開業したての病院を軌道に乗せるべく奔走していた。
オペレーションが難しい緊急搬送急患への対応を24時間体制でサポートしたり、併設された最新鋭の施設で長年の課題を研究したりする為に、都留生活の日中は病棟で、夜は病院の宿直室で過ごす日々だった。
独りぼっちの私は仕方ないので、家の中で出来る限り自分時間の暇を潰すことに没頭した。
初めてチャレンジしたスマホゲームでは課金ルールを知らずに1日で数万円を使ってしまったり、朝から晩まで2チャンネルで元会社の同僚の悪口を匿名で書きまくったり、こんなクソ田舎に相手がいる訳も無いのに不倫サイトで都留市の不倫希望男性を探し求めたりしていた(もちろん検索結果はゼロ人)。
そして何の成果も得られずに虚しく数週間が過ぎた。