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7.第二回竜眠会議前半

 オリエンテーションは午前中に終わり、呼び出しやエマとの軽食を終えて、図書館ことシシリカイレ邸の寮に帰ってきたのはおやつ時だった。ドアの隙間にメモが挟み込んであり、夕食前にゲームについての検証会を行う旨が記されている。確かに必要だろう。やんごとない方々と知り合ってしまった。

(本当に乙女ゲームの世界だったりする……?そんな事ある?)

 解らない。そもそも異世界転移自体があり得ない話だ。ゲームや漫画の世界だ何だと言うくらいあり得ない事ではない。事が政治に絡むからきちんと検証しないといけないのは解る。ここに置いてもらえるのも研究協力あってこそだ。それでも。

(もう帰りたいな……)

 環境の変化に疲れてしまった。制服がなくて良かった。ベッドにうつ伏せてもシワを気にしなくてすむ。しかしスカーフはシワになるのでうつ伏せたまま襟元から抜き取った。


「コジー!いる?大丈夫?」

 連続ノック音と共に、ドア越しながらよく通る声で呼び掛けられて志津江は目を覚ました。あのまま眠ってしまったらしい。

「あー……居ます、大丈夫です……」

 ずっと横を向いていたのか首が痛い。さすりながら起きる。心配をかけてしまったが、部屋に入らずにいてくれる事がありがたい。心を尊重してくれているように感じた。

「これから晩御飯だけど食べられそう?」

「大丈……っ検証会!」

 慌てて部屋を飛び出せばそこにリジィがいた。

「コジーが疲れてるの皆解ってるから問題ないよ。顔洗ってきなよ」

 涎でもついていただろうか。必要ないとは思ったが言えず、顔を洗って出直せばまだリジィが待っていてくれた。二人並んで食堂へ向かう。

「疲れてると思うんだけど、検証は早めにしておいた方が良いと思う。明日からも学院は有るわけだし。晩御飯の後か、ご飯食べながらになるかな。コジーはどうしたい?」

 どれくらい時間がかかるかは不明、食後開始の場合寝るのが遅くなるかもしれないとの事だった。他のメンバーに障りがなければ食事中に始めたいと伝える。終わらなければ食後の時間も少々であれば使う事になった。リジィは決まった予定の連絡か、口元に手を当てて何事か呟いている。あれも魔法だろうか。終わった頃合いを見て志津江は声をかけた。

「ありがとう、予定狂わせちゃったよね、ごめんなさい」

「良いよ気にしないで!そうやって気をつかってくれるコジーだから私達は合わせるよ」

 言い方が少し面白かったのでつい、気を使わないコジーだったらどうなのかを聞いてみる。

「え?そりゃ合わせないでしょ。こっちの予定もあるんだから何時に来てくださいね、で終了。こっちの興味に付き合わせてる分には衣食住に謝礼まで出してるんだからこれ以上を望むなら双方合意ならず、残念でしたね、でお帰りいただくよ。シシイの趣味であって慈善事業じゃないから」

 背筋が震えた。引き続き礼儀正しくあろう、調子に乗らないように気を付けようと思う志津江だった。

 肝の冷える話をしているうちに食堂についた。料理の乗ったトレイを受け取りそのまま食堂を出る。向かうのは検証会を行う会議室だ。二人が着いたときには円卓にシシリカイレとサカラが着いていた。サカラは先に食事を終えているのか紅茶とクッキーを楽しんでいる。

「オコジマさん、初日でお疲れの所恐れ入りますがどうぞ宜しくお願いしますね」

 そう言ってシシリカイレは穏やかに微笑んで会釈をする。彼の前には紙とペンしかない。食後だろうか。話していると程なくして土岐が二食分のトレイを持って来た。うち一食分をシシリカイレの前に置く。パシリだったらしい。

「土岐貴方ねぇ……」

 サカラが呆れ声で咎める。両手がふさがり足でドアを開けたのがいただけないらしい。

「いや誰か手伝い頼もうかと思ったんだけど皆食べてんのに悪くて」

「それならワゴンを使いなさい」

「あ」

 思い至らなかったようだ。土岐の小脇に挟んだバインダーが滑り、慌てて抱え直していた。

「次回から気を付けると言うことで良いでしょう。そろそろ始めましょう」

 シシリカイレの執り成しで第二回竜眠会議が開幕した。


 早速視界共有をしてシシリカイレ、リジィ、サカラ、土岐の全員が見られるようにしてから志津江はコマンドを唱える。

「トップ」

 眼前にに開いた画面には変わりなく、竜が宝石を抱き込んで眠っている。ただ以前はスタートしか無かった所にメニュー項目が四つ増えていた。


オープニング

ロード

ライブラリ

コンフィグ


「コンフィグコンフィグ!」

 土岐のテンションが上がった。何をどう設定すると言うのか。確かに気になるのは解る。

「トキ君落ち着いて。いずれにせよ全て確認は必要ですからオコジマさん、コンフィグからお願いします」

「はい、コンフィグ」

 志津江が唱えるとゲームをした事があれば誰もが大抵一度は見たことがあるだろう設定画面が開いた。


音量 ON/OFF

・BGM ON/OFF

・声量 ON/OFF

・SE ON/OFF

文字速度 遅/普/速

ヒロインマスク ON/OFF


 音量は各項目の下にスライダーがあり、無段階調整が出来るらしい。現在摘まみは全て真ん中に位置している。音量はON、文字は 普、ヒロインはOFFが白く光り、アクティブになっていた。え、これここからどうするの?志津江はそっと手を伸ばしてBGMのスライダーを恐らく大の方へスライドさせた。触れはしないのでイメージでの操作だ。


ポーン


 良くある電子音が鼓膜を打った。煩くても煩わしいのでもう一度摘まみを動かす。今度は真ん中へ。すると、先程よりはやや小さく電子音が鳴った。念のため他の項目も動かしてみるが同様にポーンと音が鳴るだけだ。土岐はシュールさにか、少し笑っている。サカラは特に何の反応もない。書記のため手元の紙に何事か書き付けていた。

「ほぅ……」

 シシリカイレとリジィは感心しているようだった。まあコンフィグなんて見る機会はそう無いだろう。

「このヒロインのオンオフって何だと思います?」

「あれでしょう、ガチ恋勢のためにヒロインの顔あるなしが選べる」

 オープニングではヒロインの顔はことごとく見切れていた。しかし現在はOFFだ。設定前に流れるからオープニングだけは強制的に見切る仕様か。

「ここはそのままで良いですかね…?」

 弄って志津江自身に何か起きるのも怖いし、何も起きない保証もない。満場一致をもってコンフィグ検証は終了した。


 続いてオープニングへ移る。

「オープニング」

 志津江が唱えれば、相変わらずの低予算ゲームあるある素人MAD動画が流れ始めた。ヒロインが見切れているのも人物が白飛びしているのも変わらない、と思われたその時。

「ストップ!」

 思わず叫んだが正解だった。動画は表示されている画面で停止している。

「一時停止あんだ……」

 土岐の声は純粋に言葉通りの感嘆だったが、他の面々は別の事に驚いている。今表示されているスチルには攻略対象と思われる人物が描かれていた。似顔絵の上手い絵師が描いたコミックイラストのようで、黒子などの特徴が無いのに他の人物と間違えようがないほど良く似ている。

「リュカだね」

 今日の出会いを知らないリジィが特定出来るくらいに。転生者として異界研究協力をしていたと言うし、ファーストネームを呼ぶ程度には知り合いなのだろう。

 スチルは薔薇園で微笑みながら一輪差し出して来る所だ。心当たりをリジィに問われ、薔薇を髪に挿された一幕を説明する。

「わざわざ忘れ物なんて言って差し出して来るあたりキザというかトレンディですよね」

 と志津江が締め括れば、サカラが言葉を選びながら口を開いた。

「多分、妖精対策だと思いますよ。彼は精霊が見える、志津江は精霊がまだ見えない。もし妖精が薔薇をあげると言っても聞こえないからスルーする。無視されたと妖精が怒り出す前に、忘れた事にして差し出してくれたのでは?あの薔薇園、精霊が飽和してますから」

「精霊と妖精って何か違うんですか?」

 聞けばそこからかという顔をされた。加護が判明した時点で精霊とのつきあい方を教えると言っていたが、淑女教育を最優先したためまだ教わっていない。

「俺も詳しくないけど、妖精が悪もん、聖霊が良い奴、両方引っくるめた呼び方が精霊ってだけ知っとけばとりま大丈夫」

「トキ君も間違いではないのですが流石に乱暴すぎるので補足しますと、妖精が悪戯好き、聖霊が神の使いと覚えておいて下さい」

 解りやすいが志津江は入学で一杯一杯だ。覚えていられる自信はない。諦めてまた習おう。

 一時停止していたオープニングを再生と唱えれば続きが見られた。他に変わったスチルは無い。だがフィニッシュに表示されるシルエット攻略対象五人のうち四人分立ち絵が表示されていた。一人は変わらず白飛びだ。全員どれが誰か特定出来るくらいに似ている。神絵師すごい。

「エルヴェ・ガティネ様、セイクハイリ殿下、リュカ・ベルナール様、アンリ先生……で合ってます?」

 サカラに聞かれても正直一度聞いただけの横文字など覚えていない。シシリカイレの名前だって最近やっと覚えたところだ。解る範囲で答えて、合っているかはサカラに判断してもらおう。

「センター金髪が大公の息子さん、左隣銀髪が護衛つき同期、右隣茶髪が転生者で薔薇の人、右端黒髪が先生です」

「志津江、後でお話があります」

「……はい」

 淑女教育で人の名前を覚えるのはマストと言われていたのにこの体たらく。寝る時間が遅くなるかもしれないが昼寝をしたから残念ながら問題ない。 志津江はお説教を覚悟した。


 検証は食事を摂りながらという話だったが、あまりの変化に気を取られて誰も手をつけていない。そのためここで一旦食事休憩となった。料理は当然冷めていたが、シシリカイレが全員の料理に向かって一閃するよう手を払えばスープや肉から湯気と香気がのぼり立つ。

「電子レンジ……」

 志津江の呟きに土岐とサカラが噴き出した。

 気を取り直して夕食を摂る。話題は志津江の今日の出来事だ。検証しながら聴取するより先に聞いておいた方が話が早いと言う事らしい。それはそうだ。

「ガティネ様に道案内いただき、セイクハイリ殿下にプリントを見せ、ベルナール様に薔薇を髪に飾られアンリ先生と面談した、と言う事で間違いないかしら?」

 サカラが要約した。盛り沢山だ。相違なしと志津江は頷く。

「いずれも仕方がない事だったとは言え、その相手がことごとく王公貴族なのは気になりますね。偶然か、必然か……」

 シシリカイレの言にリジィと土岐も同意する。ほぼ全ての貴族階級は学院に通うが、平民も数多い。その中でも上位貴族と知り合う確率はいかほどか。

「お、”世界の強制力”です?」

 土岐の面白がる響きに場は軽くなったが志津江はややイラッとした。あの成り行きを強制力と言われたら、自分の言動も強制力に操られた結果みたいではないか。

「トキちょっと感じ悪いよ。シシイ、どう?」

 リジィの優しさに少しときめきつつ、何がどうかは解らないが志津江もシシリカイレの言を待つ。視界の端で土岐が謝罪の会釈をするのが見えた。

「そうですね、違和感はありませんから微細なものは解りませんが、強制は無いものと思われますよオコジマさん」

 志津江は少し泣きそうになった。誤魔化したくてスープをすする。温かい。ここの人間は自分の心を慮ってくれる。無神経も居るが。

「すみません、今さらなんですが世界の強制力って何ですか」

「はい!挽回させてください!」

 土岐が勢いよく挙手した。特に否やもない。土岐が説明する事になった。

 いわく、ゲームや漫画の世界であった場合、そのシナリオと外れる流れになった時に元のシナリオへ回帰しようとする不自然かつ超常的な調整の事。

「そんな事起こりうるんですか?」

「さあ?タイムパラドクスの方がイメージしやすいかも。過去の世界にタイムトラベルして、過去改変したとして、その改変は本当に未来に影響を与えられるのか。過去の自分と遭遇して、本来起こり得ない状況になったときどうなるのか。色々議論はされてるけど実際は解らない。タイムトラベルは出来ない訳だし検証のしようがない。だから理論上はそう考えられる、というだけの話だよ。ただ人が考え得る事は起こり得るって言うからね」

 土岐はマッシュポテトを食べながら結論をぶん投げた。己の領分を超えそうだと判断するなり投げ出すのが彼の癖らしい。生きやすそうだと志津江は思う。土岐が投げたものを拾ったのはサカラだ。

「ジュール・ヴェルヌなら少し違いますね。ヴェルヌが言ったのは”人間が想像できることは、人間が必ず実現できる”。タイムトラベルで言うならタイムマシンは必ず作れる、と言うこと。人が想像したから世界の強制力が働く、という意味ではなくてよ」

「トキはしゃべる前に考えて。コジーは考えないでしゃべって」

 流れ弾に当たった。何故この流れで志津江には考えるな、なのか。ひとまず頷いておいた。怒られたくないし。

「さて、では明日もありますしそろそろ次に移りましょうか。食べながらで構いませんので」

 シシリカイレに促され、志津江は次の項目を開く。

「ライブラリ」

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