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 ゲーム画面の存在が判明してから一ヶ月ほど、全く進展はなかった。学院の入学は春秋の二回で、志津江の入学は三日後だ。つまりまだシシリカイレの元に居り、異界研究協力の傍ら淑女教育を受けている。貴族も通う学院に入る事と乙女ゲーム画面の件から、高位貴族と関わりあいになる可能性が高いためだ。事前準備で避けられるトラブルは避けておいた方が良いからと、使用人教育は後回しになっている。場所は対貴族用の洗練された応接室、指導員は公爵令嬢サカラだ。

「まあ良いんじゃない?伯爵令嬢相当には見えるでしょう」

 カーテシーをする志津江に及第を告げる彼女はそこそこ満足げだった。続いてお茶会作法に移る 。

 優雅に席につき、さりげなくスカートの皺を伸ばすところもチェックされている。気は抜けない。二人のカップに紅茶が注がれ、歓談の時間に入ってようやく志津江は疑問を口にした。

「伯爵って貴族でも結構良い地位では……?平民がそこまでやったら逆に反感かいませんか」

「ルローなんだからちょっと良くできる位でちょうど良いのよ」

 転移者は名乗るとき姓の前に“ルロー”を付けるようにと聞いてはいたが何の意味があるのか。胡瓜のサンドイッチを手にしつつ尋ねれば、知らなかったのかと目を見張られた。

 聞けば、転移者はその異世界の知識で国の発展に貢献することが多く、男爵相当の地位が認められていると言う。役に立たなかったり逆に不利益を生じさせる人も中には居るため、正式な爵位としての扱いではなく慣例との事。

「名字と名前どっちを先に名乗るか解りにくいから、見分けにつけてるだけだと思ってました」

「それもあるでしょうけど。解らない事は必ず直ぐに私かマリヤに聞いてちょうだい。貴族相手だと何が起きるか解らないから」

「はい……?」

 そう言われても意図が掴めずぼんやり返事する志津江に、サカラはため息をついて忠告する。その間も紅茶を口にする仕草は流石に公爵令嬢だ。優雅。

「SNSは無くても貴族は情報社会だから気を付けなさい。ピンとこないみたいだから言うけど、商人でヤクザな女子中学生と思って相手しなさい」

「情報量が多いです」

 言葉を噛み砕くために紅茶を口にする。要は計算高く荒事も辞さない上に倫理観に乏しくエグいこともする、と言うことらしい。

「全員ではないし立派な方もいらっしゃるけど、下を見れば果てがないし、居るでしょクラスに一人か二人はそういうの。しかも同じクラスだから避けようがない」

 いやに実感のこもった忠告だった。悪役令嬢に転生した事で何かあったのかもしれない。もう少し仲良くなれたら聞いてみたいと思った。あ、このレモンタルト美味しい。

 お茶会作法も及第点をもらって終了した。マナーを習いはしたが話題選びはどうすれば良いのか、処世術までは学んでおらず、実際のお茶会に出たこともないため、不安しかない。そう申告すれば後日、具体的には学院でお茶会が始まる時期までに模擬お茶会を開催して貰えることになった。


 午後、仮眠室の床を箒で掃きながら、志津江はマリヤにサカラとの会話や不安点をこぼした。

「所属するグループによって違うから何とも言えないけど、高尚な話をするのは上位貴族だし、程よく下位や平民のグループに混ざれば普通に恋ばなとファッショントークだよ」

 マリヤがベッドメイクをしながら事も無げに言う。

「マリヤさんこれどこ置きます?」

「一度洗濯してから再利用するから洗濯室で」

「了解です」

 淑女教育の後の空いた時間、志津江はマリヤの手伝いをしている。使用人教育は卒業後でも良いし、学院で生計を立てる手段を模索すれば良いとシシリカイレには言われている。ただ、する事が無かった。外に遊びに出るにも先立つ物も土地勘も無い。図書室に膨大な蔵書もあるらしいが気が向かなかった。結果、自由時間にはここで働いている様々な人達とコミュニケーションを取りつつ使用人見習いをしている。今は私語を交えながらリネン類の扱いについて教えてもらっていた。手際よくシーツを捌きながら、様々なことを話す。自分の事、日本の家の事、日本とこちらの違いや好きな食べ物。その中で知った、マリヤは転移者であり、鞠谷撫子というれっきとした本名だという事実。不用意に名前について聞かなくてよかった、と志津江は安堵の溜め息を吐いた。

「小故島さんが手伝ってくれて本当に助かる。ここ、広さの割に使用人少ないから 掃除とか結構大変で」

「人は少ないのにめちゃくちゃ広いですよね……」

 シシリカイレの私邸というが、とんでもなく広かった。初めて訪れた時、王都から林を抜けた先にある広大な庭園を更に突き抜けてたどり着いた屋敷もかなりの大きさだと感じたが、序の口と知ったのはその翌日だ。その屋敷は迎賓館としてのみ使われており、就労するものはその迎賓館から庭園を挟んだ更に奥の屋敷で生活する。居住棟、理論棟、実践棟とがあり、実践棟は更に理系実験を行う棟と体育館のような体育系の施設に別れ、総合した敷地面積は地方大学のキャンパス程の広さがあった。

 迎賓館には専用の使用人が居るが、その他は使用する本人達が身の回りの事を行うことになっている。とは言え共同利用の水回りや、誰も使わない空き部屋等手が届かない所もあり、マリヤ達はそこを賄っていた。

「使用人として残ってくれたら嬉しいけど、学院で色んな道見えて来ると思うから後悔しない道選んだら良いよ」

「マリヤさんは後悔してるんですか?」

 深く考えもしない、言葉の応酬としての質問だった。

「……私は絶対に帰りたかった。最初から帰還魔術の研究にも協力した。でも、こんなファンタジー滅多に無いし折角だから楽しもうと思って学院にも通って、まあ色々あったけど実際楽しかったよ。休みには帰るための研究して、卒業する頃にちょうど帰る方法も見つかったし、最高だった」

 しかしマリヤは今もここに居る。志津江は背中がゾワゾワした。枕を叩く単純作業なのに体が動かない。

「……二十五年経ってた」

 志津江が掴んだままの枕をそっと取り上げたマリヤは、心中を覗かせない優しい手つきで枕を叩く。

「ここで三年のんびりしてる間に、元の世界は八倍の早さで進んでた。学院なんか行ってる場合じゃなかったのに」

 枕をベッドに戻したらこの部屋は終わりだ。次の部屋に移るためにマリヤが掃除用具を抱える。志津江はランドリーバッグを抱え上げる。

「帰るかどうかは後からでも決められる。帰るための方法だけは早く探しといた方が良いよ」

 喉が貼り付いて声も出ない志津江は、軽く顎を引くように頷いた。これが精一杯だった。

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