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2.インストール

「かしこまりました」

 シシリカイレの後ろに控えていた男の子が応えた。

「初めまして、土岐 淳一郎です。山口県出身、2010年生まれの19歳。こっちに来て三年です」

 少年はきれいなお辞儀をした。日本で普通に育っていては得られない姿勢の良さだ。良くあることなのか、自己紹介もこなれている。

「……え?あ、小故島志津江です。15歳、高一です。あ、埼玉出身です」

 四歳差にも関わらず、生まれ年が十年以上違う事を何と言って良いか解らず、同じような内容で自己紹介をする。

「トキ君は日本からの転移者で、ここでは研修生みたいなものです。この国の常識や生活を実地で学んでもらいながら、便利グッズの開発や界渡りの研究等いろいろ手伝ってもらっています。協力の内容や詳細は彼が説明します。私がいて話しにくければ席を外しますよ」

「じゃあ先生は隣でお待ち下さい」

 志津江ではなく土岐が答えてしまった。別段居ても構わなかったが、居なくても構わないかと思い直す。シシリカイレは自分の分のカップとコースターを持って隅の扉から出ていく。部屋には志津江と土岐と、シシリカイレが連れてきた少女の三人になった。良いのか置いていって。

 土岐は少女を気にすることもなく、造り付けの戸棚から紙とペンを取り出し志津江に差し出した。

「ここでの“協力の具体的な内容と詳細”の話ですよね。多分色々聞きたいことあると思うんですけど、まずザックリ俺が説明するんで後から質問とかしてもらって良い?これメモに使って」

「あ、はい……」

 渡された紙はアンケート用紙とは異なりわら半紙のような、ざらりとした手触りだった。こちらのほうが安いのだろうな。そんな事をぼんやり考えていると、向かいのソファーに腰掛けた土岐が、こちらの様子を伺っている。志津江は手持ちぶさたでペン回しをしていた。これは話しにくい。ペンを止め居ずまいを正す。ようやっと少年は口を開いた。

 異界の研究については、紙面でのアンケートを行い、それらを元に面談で質疑応答するという。チートや異能を得たと申告したものは能力の研究も行うらしい。申告はしつつ研究を拒否する事も可能。能力にも寄るが、何ができて何が出来ないか、能力の詳細を知るためにも、あるなら受けた方が良いと土岐は言う。この研究協力は短期のため、客人としてホテル住まいのような扱いになるそうだ。午前中二時間、午後は三時間程度付き合えば、他の時間は好きにして良いらしい。豊富な蔵書を読んだり、庭を散策したり、街中に出て買い物や観光を楽しむ者も居たと聞いて軍資金の出所が気になる。

「……とまぁこんな感じですけど、何か聞きたいこととか言いたい事あればどうぞ。際どい事でも良いですよ、そのためにシシィには出てもらったんだし」

 そうだったのか。しかしシシリカイレは確かに居ないがソファ後ろに控えている女性が気になる。彼女は紫がかった髪に彫りの深い端正な顔立ちで、要はファンタジー世界の人間にしか見えない。この世界の、しかもシシリカイレ付きの人の前で滅多なことが言えるはずがなかった。口ごもる志津江の視線に気付いた少女はにこりと微笑んで言う。

「私の事はお気になさらず。この世界生まれこの世界育ち、前世は日本人の転生者です」

 そうは言われても。と思ったのが通じたのか、

「島崎はな、30代独身喪女、新型ウイルスのパンデミックでもリモワしないクソITのブラック勤務、独り暮らしで感染して受診もままならず死亡、からの悪役令嬢転生すわ」

 すわ、と来た。これだけ流暢に俗語を操れるなら確かに日本人だったのだろう。

「そんな訳で大丈夫だから、気になることはある?」

 あるにはあるが。下で働いている以上、上の意向に従っている訳でそんな相手にいくら同郷でもあまり変なことは言えない。が。

「本当に大丈夫なんですか?実は人体実験とか犯罪的なことしてたりしません?」

 言い切ると同時に土岐と島崎が弾けるように笑いだした。他に聞く宛も無いので聞いてみたが、志津江としてはかなり踏み込んでの質問に激しい動悸がしている。二人に爆笑された今まだ心拍は落ち着かない。

「そ、れは俺の、知る限りでは、ないなぁ」

「私も……っく、知らない、ですねぇ……っ」

 ここまで笑われると言うことは信じても良さそうだ。

「お二人は私みたいに一時的じゃなくて、ここで働いてる?んですよね、職業斡旋ですか?」

「そうだね、俺は元々アニゲからラノベまでオタクだったから、シシィの研究テーマに合致してたんでスカウトされた形かな。それまでは拾ってくれた冒険者の雑用してました。でも体力的にキツくて足引っ張ることも多かったし、こっちの方が給与も良くて世話になった人に異世界人保護の報奨金が出たから、結果win-winで別れて円満就職ですよ」

 語り終えたのか土岐が目線をやると、今度は島崎が語り出した。

「私はいわゆる公爵令嬢として生まれたけど、この世界は私が読んでた漫画にそっくりだったんですよね。私は王子の婚約者で、王子に近づくヒロインを虐める悪役。末は公衆の面前で婚約破棄と断罪されて修道院、のち還俗して高齢者の後妻っていう。シナリオ回避のために協力あおいで拾ってもらった形ですね」

 元の世界を知っていて、理解を示してくれる相手は転移後初めて。それなら自分が聞きたい話題にしよう。

「あの、今お世話になってる村を出たい、んですけど必要な物とか、気を付けることありますか?」

「村を出るだけであれば特には」

 国境を越えるには出側で発行された身分証が必要であり、入側で職を手にするにはその国での身分証が別途必要と言う。交通手段とそれに伴う金銭や旅支度が必要という尤もな話に至って志津江は意気消沈してしまった。パン屋夫妻がそんな金額を志津江にくれるとは思えず、逆にいかに利益を得るか皮算用をしている節がある。余程うまくやらない事には、独自に得た収入だって没収されるだろう。僅かに顔色を悪くした志津江に、島崎は村を出る以外に目的が無いなら、方法があると提案した。

「先程少しお話ししましたが、このままここで働くのも一つの手ですよ」

 魅力的なお誘いだが、騙されるのは嫌だ。志津江自身はシシリカイレを信用しても良いと感じているが、決断するには自信が無かった。だって今まで人生で大きな決断を、自分の意思で主体的に下した事なんて一度もない。高校受験もしない選択肢はなく、受かった中から友達が多く制服の可愛い学校を流れで選んだだけだ。こんなただでさえ自分に親身な人間のいない異世界で、有ったはずのもっと良い未来を潰すのはとんでもない恐怖だ。村に戻る未来がそんなに良いとは思えないけど。そんな彼女の不安を知ってか知らずか、島崎はこの世界の若者が独り立ちするケースを具体的に教えてくれた。大抵は実家住まいで働いて、お金がたまれば独立をするらしい。業種によっては住み込み労働をする場合もありここで働くのであれば志津江も住み込みとなる。寮みたいなもので生活し風呂トイレ共同、食事は食堂。家賃光熱費を引いた金額が給料として支給されるが『世間よりはちょっと良い金額』との事。うまい話だが特に裏はなく、強いて言うなら多くの徒弟を抱えることで必要経費として計上されシシリカイレの節税になるとの事。

 本当か解らない、信用できそうだけど自分の判断に自信が持てない。仮に本当だとして、それほどのお金持ちの元で働くなんて、みあうだけの働きが自分に出来るのか。不安が志津江の胸を内側から引っ掻く。

(でも村に戻って売り飛ばされたり、こき使われながら愛人にされるより絶対良い)

 もうパン屋の旦那に偶然を装って着替えを覗かれたり奥さんに睨まれて怒鳴り散らされるくらいなら、たとえ同じ末路だったとしてもここで丁寧に騙された方が遥かにマシだ。

「ここで働かせてください!」

「じゃあ仕事内容も説明しますね」

「ここで働きたいんです!」

「湯屋じゃないから。俺ただの研修生だし」

 大声を聞き付けたシシリカイレが様子を見に戻って来た。志津江が働きたいと意志を伝えると、彼はローテーブルの引き出しから今度は契約書を取り出す。とても簡素な内容なのに読む気がしないのはどこの書類も同じだなと志津江は思った。


□甲は乙に王都平均以上の衣食住を保証する。

□乙は甲の求めに従い、国法、倫理、同義に反しない範囲で就労する。

□甲は乙に働きにみあった賃金と知識を与える。

□乙は己の意志でこの契約を終了させる事が出来る。ただし十日前までに甲へ申告をする義務がある。

□本契約の期限は締結より半年。期限終了二十日前までに継続をするか甲乙間で協議する。


甲 シシリカイレ


 乙の隣に名前を書けば契約成立するんだろう。ペンを手に取る。

「待って、まだ仕事の話してない」

 土岐の言葉に、シシリカイレがペンを取り上げてしまった。

「こんなはずじゃなかった、とはお互いに言いたくありませんからね」

 だから話を聞いてからにしろと彼は言うが、不安は募る。

「大丈夫、ここ希望者の採用率百パーだから。自分から止めるって言わない限りは拾ってもらえるから安心して」

 土岐の言葉に少し落ち着いた志津江はひどく落ち着かない気持ちになった。ここでは誰もが自分を大事にしてくれる。村とは大違い。優しくて嬉しくて。その先の考えに蓋をする。今開けたらダメになる。

 土岐はまた作り付けの戸棚に向かい、ボードゲームやそれを作ったときの覚書を見せる。

「どう?割と出来そうじゃない?」

「そうですね」

 自信は無いが。あまり期待もされていなさそうなのでホッとした。

 使用人労働の面は実際に現場見学をさせてもらう。環境は良さそうだ。和気藹々としていて労働内容や人間関係も悪くはないだろう。

 世話になっていたパン屋でも家事を手伝っていたので問題無さそうだと伝えるとようやくペンをもらえた。


乙 小故島志津江


「ではこれからのお話をしましょうか」

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