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 その部屋の第一印象は“割と地味だな”だった。応接間なのだろう。身の丈を超える大きな窓、大きなソファーにローテーブル。壁を飾る地図のタペストリーが目を惹くが、それがどの程度の精度なのか、そもそも架空か実在の地形かも解らない。気になってよくよく見れば、とても密な織をしており手の込んだ物だと解った。家具にしても丁寧な造りをしている。恐らく新しい時は華やかだったのだろうが、使い込まれるうちに華は落ち着き品のよさだけ残ったらしい。


 今日は国のトップに程近い大賢者との面談だ。異世界から転移してきた者は大賢者の元に来ないといけないらしい。連れて来てくれた兵士は任意と言っていたが、平民に武力系公的権力の要求を断るのは難しい。転移者を保護した者にそれなりの金額が大賢者から支払われるとかでパン屋夫婦は志津江を喜んで兵士に差し出した。この面談に臨んだ者は、ほぼ帰って来ないと言われているにも関わらず。保護してくれた事には感謝をしても、特に仲が良かった訳でも無いので別に構わないと言えば構わないが、釈然としない。

 それなりに良いワンピースを着せられてきたが、それでもきっと浮くんだろうなと思っていた。だが清潔に保たれ丁寧に扱われていても、あまりに古い屋敷や家財に緊張の糸は弛む。部屋に案内してくれた侍女だかメイドだか綺麗な使用人が用意してくれた焼菓子を口にすればその懐かしい味に吹いた。何でこんな後世欧州風異世界でスーパー御用達のプチプラメーカークッキー。美味しい大好き。日本のメーカー品ではなく、味を似せてこちらの世界で作られたものだろうが似ている。お茶も口にすれば向こうの世界の物に似ている様な、そうでないような。そんな益体もない事を考えている所に、ノックの音が響いた。

「……どうぞ!」

 カップを置いて立ち上がり、慌てて返事をすれば重厚なドアが軽く開く。

 老けた壮年か若い老人か。ワイシャツとスラックスに黒いローブを羽織り、体は弛んだところもなく若々しい。年の頃が良くわからない男性は、高校生くらいの男女二人を伴い入ってきた。

「お待たせして申し訳ありません。どうぞかけて楽になさって下さい」

 男はそう言いながら軽く一礼して向かいのソファーへ腰を下ろした。少年と少女はその後ろに控えて立つ。

「今回は招きに応じてくれてありがとうございます。私はシシリカイレと申します。ここまでは遠かったでしょう?」

「割と近い……いや距離は遠いですね。あ、私は小故島志津江です。あ、シヅエ、オコジマです。」

 転移の魔方陣を使わせて貰ったが、直線距離では徒歩十日はかかるらしい。

「オコジマシヅエさんですね。オコジマと言うのがファミリーネームで合っていますか?」

「あ、はい。発音バッチリですね…」

 使っている言語が異なるためか志津江はこの世界で名前を正しく呼ばれた事がなかった。

「そうですか?ありがとうございます。こちらでは珍しい響きですよね、まとまりの良い語感だと思います」

「あ、りがとうございます……」

 褒められたお礼に相手の名前も褒め返したかったが……名前何だっけ?

「私の名前はどうも異界の方には覚えにくいようですので、どうぞシシィと」

 良くある事らしくサラリと流されたが志津江にはありがたかった。頭の中でシシィ、シシィと繰り返す。今日の間は覚えていられそうだ。オコジマさんと呼んで良いかと伺いがあったが、志津江は生返事で承諾した。さほど拘りが有るわけでもない。

「改めて、オコジマさん。本日は招きに応じていただきありがとうございます。ここについて、色々お聞きの事もあるかと思いますが、中には噂が一人歩きした物も多い。ですのでまずは私達の事をお話しします」

 その上でご協力いただけるか、判断して下さい。そう告げた声は暖かく穏やかで、それだけで信頼に足ると志津江は思った。家族のお決まりのお小言『お前は無鉄砲なんだから物事を決める前には必ず相談するように』が脳裏をよぎった。


 さて、まず軽く国について話しましょう。国や王と言うのは解りますか?重畳。ここはヒーディカーレという王国です。その王都ラーディの郊外です。王都の中心部はそれは栄えていますよ、ええ、ここよりも。時間があれば行ってみるのも良いでしょう。

 続けますね、ここは本が多いので図書館と呼ばれていますが、公共施設ではなく私の個人宅です。お陰で家主の私は大賢者なんて過分な呼称も頂きましたが、恥ずかしいので使わないでいただけると助かります。ここでは個人的趣味の研究をしています。新しい道具や魔術の開発ですね。具体的には……今は馬車のサスペンションの改良。解りますか?そう。

 要は金持ちの爺さんが趣味で色んな研究をしていると言うことです。商品開発以外にも、異界の研究もしていましてね、いえ、言語や生活様式等ですよ。例えば…オコジマさん、その栗毛はブリーチですね。元は黒髪黒目……名前から恐らく日本出身ではないでしょうか。学生でしょう、中学か、高校か……MK5と言う言葉は?そうですか、ではおこ、と言うのは?成る程。貴方は平成の生まれで、その後半を生きて、こちらに来た。どうでしょう?

 今お話ししたような内容を研究しています。異文化への好奇心ですね、異界渡りをされた方がいらっしゃったらお声かけしています。

 オコジマさんにお願いしたいのは先程のような民俗学的研究の協力です。大体五日から十日程度ですね。その間の衣食住はこちらで負担します。終わりましたらこちらの世界の生活拠点にお戻りいただけますよ。その足もこちらで負担します。中には元の世界に戻られる方もいらっしゃいます。その為か、異界の人間が大賢者に呼ばれると二度と帰ってこない、なんて噂もありますね。間違いでは有りませんが、間違っても物騒な理由ではありません。もしここにいらっしゃるまでの間に、誤解をさせるような応対をした者がいたなら教えていただけると助かります。今後の為に改善致しますので。

 協力はしたくない、帰りたい、と言うのであれば私が責任をもってお送りします。異界への帰還を希望されるのであれば、帰るための手段を調べるためにどうしても異界渡りの時については研究協力いただく必要がありますけれど。ただ、元の世界に帰れるかどうかはケースによるので、オコジマさんが帰れるかは現時点では解りません。

 異界へ戻られる場合は、その条件によって滞在期間が延びることもあります。その時は家事手伝いや企画開発等仕事をお手伝いいただくこともありますので、予めご了承下さい。

 企画開発とは言っても、お伺いした異界文化で、生活に便利そうなものがあればこちらの素材や技術で再現する程度です。商品化すれば販売もしますよ。ほらこちら、美顔ローラーです。中々に人気でしてね、今度サイズ展開することになりました。

 ご希望があれば、職業訓練や就職先の斡旋もしています。オコジマさんはパン屋の御夫婦の所で生活されていると聞いていますので、私達の助力は不要かもしれませんが、出来る限り貴方の希望に添う準備があります。

 どうでしょう?ご協力いただけないでしょうか。もし決めかねているなら、相互理解のために少しお話ししませんか?異界の話が難しければ、こちらに来てからの事でも構いません。今度は貴方の事を聞かせてもらえませんか?


「私が住んでいたところは田舎なんですけど、家までの間にある森を歩いていて、気づいたらもうこの世界でした。迷い出たところにある村で拾ってもらって衣食住を世話してもらう代わりにお仕事手伝ったりとか。あ、皆さん割とすぐわたしが異世界人だって気付いてたんですけど、良くあることなんですか?」

 転移までの経緯はエグく男性に対して話す内容でもなかったため、差し障りない転移後の話をする。

「そうですね、大きい都市に数人いるかどうか、という具合でしょうか。会ったことが無い人の方が多いでしょう。でも異界の方がもたらす物は利益になる事も多いですから、有名ではあります」

 シシリカイレは文化的・技術的知識の事を指しているのだろうが、志津江には人買いの言葉に聞こえた。村では少し良い生活をさせてもらっていた。常識の無い志津江の世話をやいてくれた村人達。その仕草や目線、言葉の端々が、これから彼女を売りに出す算段をしていた。少しでも良い値で売れるように、傷をつけずそこそこ大切に。水商売ではなさそうだったけど、そうか、私はこの人に売られたのか。志津江は胸がひどく冷たく重くなった気がした。実際には異界人の発見と保護の報償金だし終われば村に戻る事になっているが、志津江にとっては金が動く事実があるだけだ。ここには相談すべき家族がいない。そうだ自分は無鉄砲だ。頼れる相手が居ないなら、空手で飛び込むしかない。

「あ、の協力って、話をするだけで良いんですか?私のやることと、その見返りについて知ってから決めたいです」

 自分の要求をストレートに、しかし相手の機嫌を損ねないよう日本スマイルを浮かべてあくまで軽く言い放つ。志津江は自分の鼓動が早く、熱くなるのを感じた。緊張で汗が出る。脇大丈夫かな。

「解りました。協力の具体的な内容と詳細ですね。私がこのままご説明も出来ますが、書面もあります。何なら、今こちらで職業訓練を受けている日本出身の方と直接話していただく事も出来ますよ。他にも希望を仰っていただければ、可能な範囲で対応します」

 シシリカイレは志津江の決死の要求をサラリと受ける。至れり尽くせりだった。

「あ、じゃあ紙と、あと日本出身の人?にも話聞いてみたいです」

「解りました。ヒリカは読めますか?日本語でご用意しましょうか」

 良く解らなかったが、両方貰うことにした。シシリカイレはローテーブルの引き出しから、二組の紙束を取り出して寄越した。見れば片方は日本語で『ご協力のお願い』とある。何かの利用規約のような文章量に、読むことを諦めた。日本人に聞こう。

「解らない所は説明しますので

目を通していただけますか?」

バレている。とても気まずいが素知らぬふりでページを捲る。文字は大きく、内容もとてもシンプルだった。


一、情報収集は異界研究が目的である

二、過程で得た情報は個人が特定できる形では公開しない

三、研究以外に情報を使う場合は事前に許可申請をする


 以下、協力は拒否も可能であるとかザックリと記されていた。末尾には上記に同意するという一文と、サインをする欄が設けられている。

「具体例はトキ君お願いしますね」

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