06はじまったばかりの街の人たち
……もう、やめてくれ。頼む。
あああ、おっ、お願いします。なんでもします。これ以上、体を削るのは勘弁してください。
はあっ、はっ、はは。
……。
はい、全部、わかりました。
……ぎ銀、ですか、はい、これだけです。
ほんとうです。2本しかもらってないんです。1本は使ってしまいました。だから、これしか残っていません。受け取ってください。
はい、ありがとうございます。
いえ、当然のことだと思っています。出過ぎたことでした。
とんでもない。なにか考えがあって、というわけではありません。ただ用事を増やせればと思ってのことです。
はい。
……はい。
その通りです。あの街から注文をもらえるなら、このあたりでも商いがしやすくなるだろうと思っただけでして。
いえ、決してそのような魂胆など。あの街が中継地になれば、もう少し広く商いができると。お願いします。命だけは。
……はい、なんでも用意します。させてください。
もちろんです。こう見えても、もう長くやってる商人ですから、大きな街から、はぐれ狩人まで、ツテだけはたくさんあります。なにをお求めでしょうか。
……どこにも負けない武器、ですか。
わかりました。では、こうしましょう。あの街からの注文の内容を聞き次第、すぐにお伝えします。そうすれば、あの街が身につけようとする技も、作ろうとする武器も、すべてあなたたちのものになるでしょう。
使い勝手のよい、優れた武器を作るには、いろいろ試してみないといけません。その手間を、あの街に任せるということです。程よい頃合いに、技を高め終えた人が、あなたたちのために働くようにします。
いえいえ、お代は要りません。当然です。ただ、あなたたちのために動くことを約束します。
はい、約束です。
それは……命の恩人だからです。ここで殺されても仕方ないはずなのに、生き延びることを許された。あなたたちのために尽くさないと、神様が許してくれません。
いえ、裏切るなんて、そんなおそろしいこと。いま約束しましたので、そのようなことをすれば、神様からの災いに怯えながら、それこそ死ぬよりも辛い思いで過ごしたのちに、1つずつ四肢を焼かれて死んでしまいます。
そんなことありません。商人にも神様がいます。
商人にとって、取引の約束は、神様と結ぶものでもあります。商人として長く生きてきましたので、これは絶対に守らないといけません。
畠仕事もせず、河川工事にも参加しない。命をかけて戦うわけでもありません。そんな人が生かされているのは、神様に許されているからです。たとえば、神官。彼らは神様の声を届ける役目を担っています。
とんでもない。神官のような、なんと言いましょうか、知識をもっていません。商人は、人が作った物を動かすだけです。人の営みを、努力を、自分の手柄にして生きているのです。それなのに生かされているのは、約束を守るから。取引の約束をなにがあっても守ります。やり遂げます。
ええ、だから、生かされているのです。
神官ではありませんので、神様の声を聞くことはできません。なので、はっきりとはわからないのですが、必ず約束を守る人を、この地上に置いておきたいのではないでしょうか。そう考えないと、商人として生き続けていることに、変な話ですが、我ながら納得できません。
はい、商人にとって、取引は、神様との約束なのです。いったん取引を結んだら、それを守らないと、神様に生かされている理由がなくなってしまいます。
繰り返しますが、これは取引です。命を助けてもらって、その代わりに、どこにも負けない武器を調達する。……ですが、どこにも負けないものは、まだ作られていません。
もちろん、すでにある武器の中で、一番のものを用意することは可能です。ただ、どこにも負けないものとは言えません。しばらく経てば、新しいものに負けてしまいます。お求めのものは、これから常に、新しく作られ続けます。
無礼を承知で言いますが、武器を持つこと自体を目的とするわけではないでしょう。戦うための武器です。戦うときに、どこにも負けないものでないと、お望みのものとは言えないでしょう。
ええ、その通りです。ですから、これからずっと、新しい武器をあなたたちに届けようと思います。生かされたわけですから、命ある限り、いえ、死んだ後にも続くように、武器を調達できるようにしたいと思います。
……実を言うと、もともと考えていたことでもあります。
はい、もちろんです。説明します。どこから話しましょ……うあああ、すいません、すいません。勘弁してください。
はあっ、は。
こ、これから、大きな戦争が続く、続きます。
はい、間違いありません。すでに大量の武具を頼まれています。しかも、これまでとは違って、なんと言いましょうか、ただの武具ではないのです。
もちろんです。質のよいものを大量に用意している街もあります。ただ、これまでと大きく違うのは、派手なものが好まれているということです。
長い槍、遠くまで飛ぶ大きな弓。これだけなら、単に武器を強くした、ということかもしれませんが、兵隊の見た目も派手になってきました。ただ敵を倒すためにしては、大がかり過ぎます。派手な戦いをして、周りを威圧する。そのためではないでしょうか。
ええ、そういう意図もあるでしょう。ですが、弱い街を怯えさす必要がそれほどあるとは思えません。おそらく、まず頭にあるのは狩人です。
その通りです。いちいち兵隊を動かして狩人を攻めるのは、手間がかかり過ぎます。なので、強大な力を見せつけて遠ざける、ということでしょう。
力を見せつけることは、反抗の芽をつむことになります。小さな街や村を相手にしたやりとりが楽になります。小さな敵と戦うにしても、それなりの兵隊が殺されます。たらふく食べさせて強くした兵隊が死んでしまうのは、余裕のある大きな街であっても、なるべくなら避けたい損失です。
なるほど。そういう面もありますね。さすがです。小さな街や村を相手にするのですから、得られるものも大したことないでしょう。
ええ、戦わずに勝つための兵隊。そう変わりつつあるのではないでしょうか。
いえ、殺し合いがなくなるわけではないと思います。飢えがあるうちは、やはり生きていくのに必死だからです。他を食らっても生き延びようとする。これが完全になくなることは……ないはず。
小さな戦争は少なくなるでしょう。しかし、派手な戦いをする強い街は1つではありませんので、大きな戦争が増えることになります。
ここでは勝ったが、あそこでは負けた。こんなふうに、どうしても勝ち負けがはっきりしません。いったん始まった戦争は、子の代どころか、ずっと続くことになります。
はい。なので、これからは質のよい武器が、これまでにない新しい武器がどんどん作られるようになります。他よりもよい武器を、より多く手にした街が勝ち、そして、負けた街は、それを超える武器を探し続けるのです。
ええ、おそらく終わりはありません。
そうです。武器を作る技が、これからを生き延びることにつながります。その技を身につけるのに、あの街が適していると考えました。硬い岩がたくさんある土地でないといけませんから。
はい、その通りです。あそこと取引を続ければ、しばらくは食うに困ることがないだろうと。ですが、それほど長くはありません。
……弱いからです。あの街は、弱いのです。
あの街が技を高め、他では作れない武器をたくさん作れるようになったとしましょう。そうすると、すぐに目をつけられます。すべての武器を奪われて滅ぶだけです。
ええ、当たり前のことで、仕方ありません。ですが、技を高めた人が死んでしまうのは、もったいないことだと思うのです。
ここにあるものは、そのうち消えてなくなる。こういうことが続くのであれば、ずっと飢えに苦しむことになります。
はい、その通りです。形あるものが消えるさだめなのは知っています。だから、形のないものを頼りにするしかありません。それが、技です。
技を身につけた人が死ぬ前に、その技を誰かに教える。その人は技を少しでも高めていき、また死ぬ前に教える。これを繰り返すことで、いつか、この地上のきまりを克服できる、そう考えています。
ええ、武器は殺すための物ですが、硬い岩を使い勝手のよい形にする技は、いろんなことに使えます。飢えをなくす、とまではいかないかもしれませんが、飢えで苦しむことは減るでしょう。
なぜか……それは、腹が立つからです。ずっと以前、この地上にあるものはすべて神様の思いが込められたものだと聞いたことがあります。
同じですか。商人としていろんなところを訪ねてますが、皆、似たようなことを言っています。きっと、そうなのでしょうね。
なんで、って思ったことはありませんか。なぜ、人も獣も、すべて飢えで苦しむのかと。食べるものに困らないようにしてくれてもいいじゃないかと。飢えで苦しむ姿を楽しんでいる。そう思えて仕方がないのです。
ですから、あの街がこれから身につける技を、どうしても残したい。どう考えても、誰かが食うに困るようになっている。これを、どうにかして、変えてみたいと思うのです。それができるのは、人だけ。
そう思われるかもしれないのは承知の上です。どうせ、いま、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っています。あなたたちに殺されるとしても、せっかくなので、ずっと考えていたことを喋っただけです。
さて、どうします。
その手で胸を貫く前に、もう1つ聞いてもらっていいですか。
ありがとうございます。
獣は、自分たちの生き方に合わせて、この地上を……なんと言いましょうか、作り変えません。狩人もそうです。だから、街や村の人たちは、特別なのです。
なにを言いたいのかと言うとですね、地上を作り変える人を、この地上に置いたのは、まぎれもなく神様だということ。飢えから逃れるために、人が、この地上を作り変えることを、神様が望んでいる。こう考えることはできませんか。
もし、先ほどお話ししたことが神様の意に反するのであれば、そもそも灌漑のようなことを許すはずありません。誰かが最初の畠を作ろうとしたときに、人はすべて滅んでしまっているはずでしょう。
……試されている、そう思えませんか。
ええ。人は、獣と違う。誰かが神様の意に応えないと、人は、ただただ飢えて滅んでいくだけではありませんか。
話を戻しますね。とにかく、あの弱い街が手に入れる技を、残すためのことをしないといけない。こう考えているのですが、そのためには力が要ります。なので、頃合いを見て、あの街で技を高めた人を、もっと強い街に移したいのです。
……お願い、しても構いませんか。あなたたちの強さは、身をもって知りました。そして、命を助けるために、どこにも負けない武器をお求めになった。なにより、いま、この瞬間まで、殺さずに話を聞いてくださった。
どうか、仕事をさせてください。お願いします。