05岩場の若者
ちょいと尋ねたいんだけどよ。
そうだな、ああ、あの子くらいの歳のやつを探してるんだ。
痩せっぽちで、特徴は、なんて言うか、存在感のないやつだった。どこを見るってわけじゃない感じで歩く変なやつ。
すぐ近くの村で会ったんだけどよ、見失って、見つからなくてな。もしかしたら、村を出てったのかもしれないから、近場のところを訪ねてまわってるんだよ。
なあ、心当たり、あるかい。
ああ、そうだよな。でも、他になんて説明したらいいのやら。そいつほど痩せてるやつを見たことがないから、ここいらで一番細いやつを教えてくれ。
ん、いや、違う。おれは商人だ。そいつとは、立ち寄った村で会っただけ。でも、少し用があって、あと、身寄りがいないって言ってたし、少し一緒に旅しようかと思ってよ。
……違うなあ。ありがとう。おれが探していたやつとは違う。
いやあ、大したことじゃないんだ。そいつと話しながら歩くのも楽しいだろうと思ってのことだよ。だから、うん、まったく大した用じゃあない。まあ、心当たりがあるんならってところさ。
ははっ、まあ、怪しいわな。そんなおれに協力してくれて、ほんとうにありがとう。お礼をしたい。さっきも言ったけど、おれは商人だ。なにか欲しい物はあるかい。
もちろんさ。あんまり残ってないけど、よかったら飲んでくれ。この酒はちょっと大きな街でもらったもんで、ちびちび飲んでたんだ。なあ、よかったら、そこの木陰で一緒に飲もうぜ。
ん、いやあ、ずっと前にも来たことあるよ。でも、そのとき、この街はおれに用事がなくてさ。ああっ、思い出した。おれ、殴られたんだよ。
いやいや、あんたが謝ることではないよ。余計なことを言ってしまって、悪かった。
うーん、まあ、偉そうなことを言って、怒らせたんだ。いまだったら言わないことをさ。だから、なおさらあんたが謝ることではないよ。
もっとうまくやれるはずだろってことを、他の街で見聞きしてきたことを偉そうに言ってさ。で、殴られた。いやあ、あれは痛かった。おれ、浮いたんだぜ。転げないように手をバタバタしてたらさ、どういうことか顔から地面に落ちた。
そんなに笑うなよ。
たしか……そうだ、岩だよ。ここらの岩はすごく堅くって、それにもっと多くの人を使ったほうがいいんじゃないかって思ったんだよ。
食べ物とかはさ、もっと適した土地があるんだから、そういうのは他に任せて、この街は、手斧やらをたくさん作って、麦や皮と交換すればいいだろうって。無理してすべての物をこの街で作る必要はないって思ったんだ。
まあな。でも、そのとき、おれみたいな商人が役立つ。
ははっ、そう、そういうこと。結局のところ、おれは、おれのためのことを考えて言ってたんだよ。そりゃあ、殴られて当たり前ってことさ。
まあ、おれだって考えてはいたんだよ。いくつかの街や村で過ごしたり、狩人を訪ねたりしてさ、それぞれ得意なことと苦手なことがある。で、それは過ごしてる土地を見れば、いろいろ納得できる理由がある。だったらさ、協力すればいいんじゃないかって思ったんだよ。そうしたら、飢えて死ぬ人は減るだろうって。
ありがとよ。でも、いまのおれの考えは、違うんだ。
得意なことに専念したとするだろ、それで得するやつもいるが、損するやつもいる。大した物を生み出せない土地の人は、いいように使われるだけだろうよ。これって争い事になると思わないかい。
若いときに思ってたのは、いろんな街や村がさ、おれみたいな商人を使って欲しい物を手に入れるようになって、1つの大きな、ばかでかい街みたいなものになるってこと。でも、人が生み出せる物には限りがあってさ、足りない物は足りないままなんじゃないかって思うんだ。だったら、街を大きく変えちまうのって、余計な争い事を増やす分だけ、損するじゃないか。
そうだよ。おれみたいな商人にとっては、すべての街や村が得意なことに専念してくれたほうが都合いい。でも、そのときに恨まれるのも商人だ。そんな生き方、楽しくない。
ははっ、そう、結局、おれは、おれのことだけを考えているな。でも、あんたは殴らないだろ。いまのおれは大きな変化をもたらさない。だから、殴って追い出すほどじゃあない。こんな気楽な生き方を続けていきたいんだよ。
いやだよ。おれは痛いのがなによりも嫌いなんだよ。
……あんた、そういうことは言わないほうがいいと思うぜ。おれは余所者だから出ていけば終わりだけど、あんたはそうじゃないだろ。
はああ、たしかにな。この街には岩があるもんな。ここに限って言えば、もっといい暮らしができそうってか。でも、あんた、いま別に困ってるわけではないんだろ。いまの暮らしを変える必要なんてないんじゃないのか。
まあなあ、そりゃあ、得意なことをやってるほうが楽しいだろな。集中してれば、そのうち、他ではできない物を作れるようになるだろうし、そしたら、まあ、なんと言うか、偉そうにできる。
うーん、そう考えたら、前におれが言ったことも、あながち間違いってわけじゃなかったってことか。おれ、殴られた意味あったのかい。
でもよ、どうやって、ここで作った手斧やらを、麦や酒と交換するんだ。すぐ近くの村なんて、かなり飢えてるぜ。食えない物よりも食える物のほうを欲しがってる。
はああ、勝手だなあ。おれにもおれの都合があるよ。どこか適当な街と話をつけてやったとしてもさ、そんな関係を続けるためには、この街で一目置かれてるやつが商人の真似事をしないといけない。
あとさ、この街は、そんなに大きくないから、いい暮らしをしてたら、すぐに標的にされちまうぜ。
だろ。そう簡単なことじゃあないんだよ。食いもん以外の物を作って生きていけるのは、強い兵隊をたくさん抱えている街くらいじゃないか。
まあ、そういうことになるな。麦がたくさんとれる土地じゃないと、兵隊も増えない。だから、結局のところ、いい思いできる土地がどこかってのは、なにも変わらないんだよ。
ふふっ、あんた、ねばるねえ。麦がなくて、岩がある。それで攻められないようにする……ああ、守ってもらうってのはどうだい。
つまりさ、どこか強い街のためにさ、武器を作ってやるんだよ。とびきり質のいいやつを、それもたくさんな。ここでしか作れないような物を作れるんだったら、強い街は、ここを他にとられないように守ってくれるんじゃないか。
それは頑張るしかないだろう。どこにも負けない武器じゃないと、まるで相手にされないし、岩だけ奪われるかもしれないじゃないか。岩があるだけじゃあ、ダメなんだよ。技を身につけないと。とびっきりのを作る腕がないとさ。
あと、強い街と話をつけるやつ。これは欠かせない。
んー、商人とは違うと思うんだよなあ。もうちょっとこう、迫力のあるやつじゃないとさ。
だってさ、相手は、兵隊なんだぜ。押し負けたら、いいように使われるだけだ。凄まれたって、そんなのはできない、って言えないとさ。話し合いで、武器を作るやつを食わすことになる。それって街を守ることでもあるから、兵隊みたいなものだと思ってくれ。
な、そうだよ、おれにはできない。よくわかってるじゃないか。人には向き不向きがあるんだよ。
ううむ、そうはっきり言われると、ちょっと複雑な気持ちだよ。そこそこ頼りがいがあるって言ってもらいたいところだけどなあ。
ははっ、まあ、しょうがない。
え、いやあ、武器じゃないと、難しいんじゃないかな。そりゃあ、質のいい鍬を作っても喜ばれるとは思うけど、長持ちするだろ。それに比べて、武器はすぐに使えなくなったり、なくしたりする。あと、少なくとも兵隊の人数分の注文が見込める。だから、ずっと武器を作り続けていれば、いつだって食っていける。
……ああ、でかい街の戦がしょっちゅう起こる。すぐではない。でも、それほど先でもない。
なんでって、それは、おれが商人だからさ。戦をするためには物が要る。
……そういうことだ。
なあ、あんたはどうするつもりなんだい。こんな話をしてるんだ、この街の有力者なんだろう。
それくらいのこと、そりゃあ、察するさ。前におれを殴ったやつは、たしか長の弟で、兵隊を任されていた。あんたは……その息子くらいになるのかね。見たところ、畠仕事をしてる感じではないしな。
違うかあ。んじゃあ、まさか長の息子かい。いや、それだったら前に来たときに会ってるはずか。ううむ。正体を明かすのは、ちょっと待ってくれよ。もう少し、考える。
これからの街のあり方を考えてるんだから、それなりの立場だろう。体にしっかりと肉がついてるし、少し話しただけでもわかる、あんたは賢い。あんたと会うのは初めてだから、前に来たときには、そういう立場ではなかった。
わかった。若い兵隊、それも束ねる立場。腕っぷしと頭で、のし上がったんだな。うん、そうに違いない。どうだい。当たってるだろう。
ええ、自信あったんだけどなあ。はあ、じゃあ、あんたの正体はなんなんだい。
はあっ、いやいやいや、信じられねえ。じゃあ、なんでこんな話をしてたんだよ。あんたには関係ないじゃないか。
そんな……いや、おれに正体を明かしなくないってだけだろ。畠仕事してるってわけでもなくて、そんな体つきだ。どう説明つくんだよ。
……ま、いいさ。で、あんたはどうする、いや、どうするのがいいと思うんだい。このままでいくか、武器を作るのに集中するか。
ん、おれの考えかい。そうだなあ、やっぱり、武器かなあ。あくまで、この街にとって得なのは、って話だけどな。
いやね、よくよく考えてみたらよ、どうせそのうち、強い街のどれかが、ここを攻めてくる。なんたって、いい岩があるしな。
まあ、聞けって。まだ、ここの岩は知られていない。だから、攻めてくるとしても、まだまだ先だ。しっかりと準備ができる。いい武器を作る技を身につけて、勢いのある街と話をつければ、ここが戦場になることはないだろう。
ははっ、おれがここの岩のことを誰かに話すなんてこと、ぜったいにない。しばらくは安全だよ。
なんでって、おれが商人だからだ。いい物がどこにあるかってこと、おれが教えてやると損するじゃないか。おれは損することが嫌いなんだよ。とはいえ、そのうち、どこかが気づくんだろうよ、ここの岩のことを。
まあ、おれとしても、この街が強いのに守られて、安全に暮らしてもらってるほうが都合いい。
なんでって、そりゃあ、ここが攻められて征服されちまえば、おれが入り込む余地なんてまったくないじゃないか。
商人にもいろいろある。おれは、ほら、のんびりした話し合いが好きでさ、争い事には向いてないんだ。
他の商人に会うこともあるっちゃあるよ。そりゃあ、貫禄たっぷりのいかつい兵隊の首領みたいなのもいる。実際、めちゃくちゃ腕がたつ。ちょっとした兵隊を抱えてるのもいるし、商いもする蛮族って思ってくれたほうがいい。そんなのは争い事に向いてる。
おれは、もっとこう、なんと言うか、いまよりもちょっといい暮らしをしてみませんか、って感じで物を調達してるだけさ。だから、暮らしぶりが大きく変わるような戦場とは距離を置く。ま、怖いからなんだけどな。
ここがさ、武器を作る街になるとするだろ。技を身につける必要があるから、ちょっとずつちょっとずつ、いろんな新しい物を欲しがるようになる。蛮族みたいなやつらは、多くの仲間を食わさないといけないから、のんびり仕事には向いてない。そんな暇があるなら、自分とこの兵隊で攻め入って、掠奪しちまう。
そんなに珍しいことじゃあないぜ。おれが出入りしてる街でも、元々は蛮族だったってのが少なくない。だいぶ経ってるからそんな気性が見えにくくても、一皮むけば、ぎらついた狼の集まりさ。麦と酒が好物になっても、しばらくすると肉と血が欲しくなる。だから、必要以上の兵隊を常に抱えてるんだよ。
……そうかい。いや、理由は聞かない。あんたの正体も聞かないでおく。とりあえず、手持ちの武器のいくつかを、あんたに売るよ。あんたが作り方を知るためにな。それでいいじゃないか。