04幼子
まいったなあ。そんな暇じゃないんだよ。なんでお前に付き合わないといけねえんだよ。
おい、付いてくんな。ちっ、甘やかして損したぜ。お前、おれのを食べただろ。それで終わりだ。付いてくるなら、さっき食べた分を返せ。
はあ、そんなの知ったことじゃねえ。お前の不幸はお前のもんだ。おれを巻き込むな。
はっ、お前の涙なんか、なんの足しにもならん。泣いてどうにかなるとか、甘ったれたこと考えてたら、ぶん殴るぞ。
……おい、泣くなよ。泣き声を出すな。くそっ、人目を集めたくないのに。
ちっ、おい、お前、ちょっと歩け。あっち行くぞ。ああ、一緒だ。だから、もう泣くな。しゃくりあげるのも止めろ。静かに黙って歩け。
で、おれになにをしろってんだ。付いてけばいいのか。
どうせ、また他のこともしろって言うんだろ。泣きながらな。ったく、ついてねえ。後で揉めるのも面倒だし、お互い、そんなの嬉しくないだろ。先に言えよ。ほら、もう泣くな。
はあ、なんだそれ。もっと、こう、あれだ、助けてほしいって話じゃないのか。
……さては、お前、ただ暇なだけなんだろ。そんなもん、おれに見せてどうするんだ。なんで、そんなしょうもない絵なんかを一緒に見なきゃなんねえ。意味わからんわ。腹空かせてかわいそうだと思っただけなのによ、そんなんで懐きやがって。
どうせ、誰にも相手されないから寂しかっただけだろ。
いくらおれが商人だからって、そんな壁の絵なんか、どうしろっつうんだ。運べねえなら、どうしようもないだろ。
……ん、お前、おれのこと知ってやがるな。
おい、誰から聞いた。おれが商人って、どこで耳にした。おい、答えろ。
あああ、泣くなよ。だから、くそっ、卑怯だぞ。ちっ、初めてでこんな目に遭うんだったら、もうこの村には二度と来てやるもんか。おい、とりあえず、歩くぞ。
なあ、落ち着いて聞けよ。なんでおれが商人だって知ってんだ。誰から聞いた。なあ、教えてくれよ。別に怒ってるわけじゃないからよ。
黙ってないでさ、正直に言ってくれ。お前が悪いわけじゃないってわかってるから、怒んないよ。この村でおれのことを知ってるやつを教えてくれ。
だから、商人ってことをだな。
……えっ、ん、もしかして、あれっ、なあ、お前、商人ってのを知らないのか。
はあああ、じゃあ、なんでおれに絵を見せたいんだよ。
お前、おれを暇なやつだと思ってるな。そりゃあ、ふらっと来て、ふらふらしてるだけに見えるだろけどよ、おれだって、それなりに用事があって来てるんだ。
考えてみろよ。用もなく、こんないい歳した男前が、知らない村まで来るか。もう言っちまったから明かすが、おれは商人だ。欲しいって頼まれた物を手に入れて渡す。
はっ、見返りなくするわけないだろ。そんな面倒事を引き受けるんだ。代わりに、他の物をもらう。そうやって生きてってんだよ。
そりゃあ、まず食いもんだ。で、水とか酒をもらう。あとは余所に持ってったら喜ばれる物だな。
ほほう、お前、察しがいいな。そうだ。嵩張ったり、腐ったりすると大変なんだよ。だからな、おれは銀をもらうことにしてる。
当たり前だ。お前みたいなんがわかってたまるか。わかる人にはわかる価値なんだよ。で、おれはそういう人にしか用がない。みんなが欲しがる物を持って旅してたら、危なくて仕方ないだろ。しょぼいやつらは、おれから銀を奪っても、それを食べ物やらに変える方法を知らない。
ははっ、この村に、銀みたいな物、あるわけないだろ。おれは傷のない皮を調達しに来たんだよ。もしあればって感じで寄っただけだ。
おれが使うんじゃない。お前、わかってないな。傷のない皮を欲しがるやつに頼まれたから、探してるんだよ。
ん、ああ、なんか兵隊が着るのに使うってよ。余程風の強いところにでも行くのかねえ。まあ、見栄っ張りなやつだから、傷がないって注文は、兵隊の機嫌をとるためのものだろよ。とはいえ、なるべく傷がないのを調達せんことには、おれの商人としての見栄にもかかわるしな。
なんでって、お前、やっぱりわかってないな。それがおれの仕事だからだよ。おれは、欲しいって言われた物を用意する。理由なんてどうでもいい。商人ってのはそういう仕事だ。それでおれも生きてくための物をもらうんだ。
いや、それはわかんねえよ。見栄っ張りだからってのは、おれが勝手に思ってることだしな。あとな、見栄のためであろうが、おれのやることに関係ない。
だってよ、おれに頼むってことは、それなりの理由があるってことだ。それって本人にしかわかんねえことだから、他人がどうこう言う筋合いのもんじゃない。ほんとうの理由を言ってくれないこともあるしな。傷のない皮を欲しいって思ってる、それを用意してやればおれは生きていける、それだけのことだ。
まあ、聞けって。欲しがる理由によって仕事するかどうかを決めるってのは、そんな理由だったら引き受けられないって言うってことだろ。そんなことしちまったらよ、おれの望みを否定されても文句言えねえ。そんなことやっていいのは、人じゃない、神様だけだ。
つまりだ、おれの仕事にとって大事なのは、欲しいって言われた、それをおれが聞いたってことだけなんだよ。
食ってくためにやってることによ、自信もってやんねえと、おれがおれ自身に誇りをもてなくなる。だから、欲しいって言われた物を、なんとしてでも手に入れて渡してやるんだ。そうじゃないと、食って生き抜く覚悟が生まれねえ。
おい、いま、おれはすごくいいことを言ったんだぞ。お前のためになる。ちゃんと聞けよ。
ったく、いつか後悔するぜ。ああ、昔、すごく大切なことを教わったのに忘れてしまった、覚えておけば、いまごろ幸せだったのに、ってな。もう教えてやらねえからな。
で、その絵ってのは、どこにあるんだ。そんなにいいもんだったら、独り占めすりゃあ、いいのによ。変わったやつだぜ。
へえ、そんな洞穴にねえ。誰が描いたんだろな。こんなに泣いてまで、おれに見せたいってことは、さぞかし凝ったもんなんだろ。余程暇なやつが描いたんだな。そうに違いねえ。
少なくとも畠仕事のやつじゃあない。神官だったらやりそうなもんだけど、お前しか見つけてないんだろ。それだったら、なにか目的があってってわけじゃないよな。
わかった、あれだ、脚とか壊した兵隊だ。あいつら、妙な特技をもってることがあるしな。遠征の道中は暇なもんだから、なにか手遊びしながら過ごして、器用に物を作るやつがいるんだよ。な、おれっていろんなこと知ってるだろ。
ははっ、まあ、種明かしすると、おれも昔は兵隊みたいなもんだったんだ。戦には出たことないんだけどよ、兵隊たちと一緒に暮らして、訓練の真似事くらいはしてた。
ん、そりゃあ、あれだ、兵隊の仕事はどうにも性に合わねえ、だから、飛び出したんだよ。畠仕事は無理でな。
わりかし顔が広かったんで、なにかいい仕事はないかって考えてたら、商人ってのがあるって知ってよ。やってみたら、性に合う。これだって思ったね。いろんなとこへ出かけて、毎日違うやつと会って話して楽しいんだぜ。
それでいて、そんなことしてるやつが少ないから、すげえ喜ばれて、歓迎される。みんな、毎日同じようなことをしてるから暇なんだろな。珍しい話ができるってのは、これはすごく大事なことだが、モテるんだよ。
そりゃそうさ。だってよ、どんなに満足しててもよ、なにかしら嫌なことってあるわけだ。で、そんなことを忘れるには、余所者が都合いい。しがらみもないし、そんなに滞在するわけでもないからな。
ん、ああ、なんて言うか、おれの親父は兵隊を束ねる立場にあったんだよ。で、いろいろあって、おれが跡を継ぐのかって話になってよ、まあ、無理だなと。
そうじゃなかったら、こんなに好き勝手できるわけないだろ。跡を継がないって言ったら、古参の爺さんは喜んでよ。商人になって旅をしたいって言ったら、いくらでも応援するって言われてさ。いやあ、あんときほど人に喜ばれたことはないな。で、その爺さんの息子が束ねることになったんだ。
いやあ、おれが村に残るとややこしいだろ。つっても、わかんねえか。とにかく、出てっても誰に文句も言われずってことよ。たまに帰ったときにゃあ、酒飲んで、いくらか取引に使えそうな物を頂戴して、すぐに出てく。
……ま、そんなこともほとんどなくなったけどな。
おれの話はもういいだろ。なあ、お前は、いつもなにしてんだ。
気になるんだけどよ、こんな余所者と一緒にいるのに、誰も声をかけてこないじゃないか。こっちを見てくるやつもいない。どうやらお前のことを心配してるやつはこの村にいなくて、じゃあ、お前はなんでここにいる。
まだ畠に出るような歳でもないだろけど、それにしても妙だ。小さいやつすら、近づこうとしない。尾けようともしてこねえ。
……まるで、おれらが見えてないように振る舞ってやがる。
親が死に、誰も助けてくれない。ただ村にいるだけで、どうにか生きのびてる。そんなんでもよ、誰か一人くらいはお前のこと、気にするだろ。ただいるだけでも、好きか嫌いかの感情くらい、向けてくるはずだろ。
ちっ、気に食わねえ。
あいつら、人をなんだと思ってやがる。ずっと近くにいる人のことを、そこらの石っころと同じように扱ってよ。ふざけんなって思わないのか。もっとおれを見ろってよ。おい、この村はおかしいぜ。
はあ、そんなのあるか。いくらお前に味方がいないってもよ、あいつらは敵ですらないんだぜ。お前のこと、まったく興味がない。身寄りがいないって、それだけで、あいつらはお前を、こう、なんて言うか、ここにいないって思ってる。
だったら、お前だって……どうすればいいんだろうな。すまん。余計なことを言った。悪かった。
いや、謝ることだ。
ほんとうに、ごめん。
ん、ああ、ここか。お前がそんなに言うんだ。しっかりと目を開けて、隅々まで見てやるぜ。おれとお前だけの、秘密の絵だな。
さて、どんなもんだ。かかってこい。
……。
……。
……おい。
これ……誰が描いたんだ。
色があるじゃないか。
なんだこれは。ここに、草原と空と、いや、そんなもんじゃない、これは……光だ。光がある。
どうなってるんだ。こんな洞穴に、こんな……大変なものだ。
ああ、この向こう側には、きっと、小さい頃のおれがいる。親父ぃ……。
いや、なんでもない。これはすごいもんだ。ありがとよ。
はああ、いやあ、驚いた。こんなのがあるんだなあ。いろんなとこで、いろんなもんを見てきたけど、そんなのは全部、ちっぽけだ。
なあ、ありが……あれっ、どこに隠れたんだ。おおい。