ゾンビサバイバルラブ
誰得なんだがわからないキワモノ小説。なんでこんなの書いたんだろう。特にグロい描写とかはないです。
203X年、世界は突如発生したバイオハザードによって荒廃の一途をたどる。動く死人は瞬く間に数を増やし、まともな人類は地球上で約一割ほどしかいなくなったとされた。国や政府は軒並み崩壊し、人は食いつなぐだけで精一杯の生活を送ることとなった。
残された人類は政府が作った災害用シェルターで減る一方の物資に怯えながら隔絶された世界で生きるものと、消極的自殺に近しい安全地帯を捨て外に希望を抱くものとに別れて行った。
河合レナとその同伴者、戸田ゴウは外で生きることを選んだものだった。とは言ってもレナは望んでこの選択を取ったのではなく、結果としてその選択を選ばざるを得なかったからだ。
「レナ、大丈夫か?」
「うん大丈夫」
「今日はここで一晩とろう。周りにゾンビがいないことは確かめたから」
二人はかつて巨大ショッピングモールとして有名だった建物の倉庫のような場所にいた。ような、というのは本来の用途がすでにわからなくなるほど荒んでいるためだ。入り口にはバリケードを作り、携帯している寝袋とキャンプなどで使うランタンでひっそりと居所を確保した。
外からは不思議なほど物音がなく、今日こそゆっくりと眠れそうだった。ゾンビは昼夜分かたず徘徊している。休まる日々などあったものではない。
少なくともシェルターにいれば毎日ピリピリと神経を尖らせて眠る必要もなかったのに。レナはそう嘆息して、意味もなく寝袋をずり上げた。
足先がじんわりと温まってくると自然に眠りがやってくる。抗いようのない現実から逃げ出すようにレナは眠りについた。
「……おやすみ」
ゴウは壁に寄りかかったままレナを見下ろして、そう呟いた。
レナがシェルターから追放されたのはつい三ヶ月前のことだ。学生だったレナは避難勧告のもと、浮足立つ同級生らとともに訳が分からないままシェルターに逃げ込んだ。
そこには老若男女が有象無象に放り込まれており一種のカオスになっていた。外の様子を見てきた大人たちが、ああでもないこうでもないと話しているのを聞いているうちに大変なことが起きたのだけはレナにもわかった。
世界にゾンビがあふれ出す。ゲームや漫画で起きていたことが現実になるなんて。めまいがしそうなほどリアリティに欠けていると思った。
シェルター内にある程度落ち着くとルールが生まれ、秩序が生まれた。レナはそんなものにどれほどの意味があるのかと思ったが、閉塞した世界で引かれたレールはとりあえずの平穏を産んだ。
しかし救援の見込みもなく、物資はまだ十全にあるとはいえ無限ではない。このまま何もしなければ遅かれ早かれ限界がやってくる。それがただの杞憂ではないことはそこにいる全員わかっていた。
息を潜めるような微かな緊張感が流れるシェルター内がかりそめの平和を享受していたある日、貯蔵していた食料の一部が記載していた量より減っていることが分かった。住人たちの命に直結するその事態に、周囲は急速に緊張感が高まる。
食料の損失をなくすため犯人捜しがはじまるのは当然の帰結だった。
魔女狩りじみたそれらが日々色濃くなり、人々の理性を壊していく。狂気が敵意を生んだ。誰かが囁く。「犯人は、河合レナだ」。そんな事実はなかったし、それを誰も証明できなかったけれど、恐慌に呑み込まれた総意に抑え込まれたレナにはどうしようもなかった。
即日退去となったレナは何も持たないままシェルターから突き放される。このまま死ぬしかないのかと諦めかけたレナの傍らに一人の男が寄り添うように現れた。
それが戸田ゴウだった。
以来二人は安住の地を求めて放浪している。信じられるものはなく、頼るものもなかったけれど、こんな状況でも一切ブレないゴウに従ってレナは生き伸びることが出来ていた。
どうしてこうなってしまったのだろうと嘆くレナにゴウは辛抱強く言い聞かす。逃げ場のないシェルタ―こそが巨大な棺桶であるのだと。あのままあの閉じ切った世界に取り残されても選べる未来は集団自殺と大差なかったのだと。
狂気に駆られた人々の目を思い出す。血走った余裕のない瞳は恐ろしく、いつそれが牙を剥くのわかったものではない。その目を向けられた当人であるがゆえに余計に。レナは身震いする。あの場で殺されないだけマシだったのかもしれない。
その仕打ちは死同然のものであったとしてもだ。現にレナはまだ生き延びているのだから。
泥のような眠りから、レナはすうっと目覚めた。深く眠ったはずなのに、何故か体はひどく気怠かった。あつらえられた寝具のうえではないのでそれも仕方がないと自分を納得させると、隣にいるはずの男を探す。
ゴウはすでに起きていて朝食の用意をしているところだった。この男となりゆきとはいえそれなりに一緒に過ごしているがレナはゴウが眠っているところを見たことがないなと思った。
「おはよう」
朝にふさわしい挨拶で微笑みかけてくるゴウに同じように返すと温かいマグが差し出された。コーヒーなんて上等なものはないので煮沸したお湯だ。きれいな水を得るだけでも大変だというのはよくわかっていたのでありがたく口をつける。
「今日はどうするの?」
「ここで少し物資を調達できたからもっと人気のない場所でも目指そうか」
人が少ないということはゾンビも少ないだろうということだった。
火の始末をして片付けが済んだら出発する。音を立てないように外へ出ると朝日がまぶしい静かな朝だ。ゾンビの気配はない。
ガラクタが散乱した、人のいない街。鳥の声も風のさざめきもない。自分の吐く息と鼓動だけが感じられた。立ち尽くすレナの手をゴウが優しくにぎりとる。
「行こう」
レナはうなずき返すとしっかりとした足取りで歩みだした。
世界なんて壊れてしまえばいい。彼女と出会ってからずっとそう思って生きてきた。その世界がほんとうに壊れてしまっても出てきたのは笑いだけだった。
人より恵まれた生活環境で、足りないと感じることのない人生を送ってきた。要領はいいほうで勉強も運動もさして苦労せずに結果が出た。そのせいか執着とは縁遠い人間になった。欲しいと思う前から手の中にあるのだから欲しいと思うことすら億劫になるほどだった。
そんな風に生きてきた男に晴天の霹靂と言える変化が起きたのは急遽休講になったために大学を後にしようとした時のこと。
隣接した付属高校から出てくるひとりの少女。膝下十五センチのスカート履いているのは、いまどきらしい明るい髪にパーマをかけた少し派手目に見える河合レナだった。
男は彼女を見た瞬間、よくわからない情動に駆られた。喉が掻きむしりたいほど圧迫され呼吸もままならない。ひどい耳鳴りがして、脳みそは絶叫マシーンにでも乗ったようにグラグラと揺れている気がする。
酩酊したかのような不調に狼狽えながらも男はそのスマートフォンに一枚の写真を残した。
それが男の妄執の始まりだった。
スタートはたった一枚だった写真が、日を追うごとにどんどんと増えていき、男の部屋一面を飾るようになるころには、男は彼女について知らない部分がほとんどないほどになっていた。
あとは、彼女自身だけ。
致命的に足りないそれをどうやって手に入れるか考え出した直後のことだ。突如起きた大災厄。世界も常識も一変するような出来事が男にもたらされた。
避難する彼女のすぐそばに潜り込むようにして入り込んだシェルターで、男はゆっくりと考え始める。
誰にも邪魔されずに、彼女を独り占めする方法を。
男にはわかっていた。この閉塞したコミュニティはいずれ崩壊するだろうことが。それならば自分に都合のいいように壊れてもらおうか。今更、ちっぽけな秩序のひとつが壊れたとしても大差ないだろう?
鮮やかとも言える手腕で彼女を孤立させていく。緩やかに不安を誘い、導火線に火をつければ簡単に爆発した。
頼るすべもなくどこにも逃げられない状況で差し伸べられた手を離せる人間など、自分のようなやつだけだ。案の定、彼女はあまりにもタイミングよく現れた男……ゴウを疑いもせずに受け入れた。この窮地に追い込んだ張本人とも知らずに。
さあすべては整った。毎日が命の綱渡りのような世界で、きっと彼女の心はゆっくりと傾いていくだろう。
ゴウは繋いだ手に少しだけ力を込めた。はやく彼女のこころが転がり込んでくるように願いながら。
お読み下さりありがとうございました。