切田くんはのろわれている
空を引き裂き、天高くより舞い降りる白影。それが、――ズドンと、目の前の石畳へと突き刺さった。
着地の衝撃を殺すために、地面に片膝を突く黒髪の女性。白き衣の『聖女』、東堂さんだ。(スーパーヒーロー着地だ!!)
テンションの上がる切田くん(ヒュー)の前で、ゆっくりと、その端正な美貌を起こす。……鋭い視線で背後を射抜き、小声で、苛立たしげにぼやく。「…ちょっと目を離すとこれだもの…」
ゆらりと『聖女』は立ち上がり、虚ろな瞳で切田くんを覗き込んだ。……奇妙に響く、音割れした音声。
『……誰?その女』
別に怒られるようなことはしていない。(ナイヨ)切田くんは動じず答える。
「知らない人です」
「そう」
「逆ナン中だから」
「違います」(余計なこと言うな)
「…へぇ…」そっけない答え。背後への警戒心を剥き出しに、スタスタと歩み寄ってくる。「…少し我慢して」囁き声と、左腕に感触。……ズクズク増すばかりの火傷の痛みが、少し和らいだ気がした。(…有難うございます…)超痛かった。痛みで高速盆踊り。
――確かに今は、ここまでだ。不用意に回復の手札を見せるべきではない。東堂さんはそのまま半歩、かばう形で進み出ていく。
そして背後には、後背地より迫る脅威が存在している。(…まったく。只でさえアイツら、僕らの事を叩くと音の出る玩具ぐらいにしか思ってないんだから…)全力で偏見を振りかざす。切田くんは怯懦の気持ちを振り祓い、歯を食いしばって、(……南無三!)ゆっくりと後ろを振り向いた。
ふんわりウェーブのかかった黒髪の女性が、約2メートルの距離まで近づいていた。(10フィート圏内。…近接攻撃の距離…)東堂さんよりも少し年上だろうか。(JDかな?…もう働いてる?)
この世界の服装を使ったパンツルックと、メリハリのある女性的なシルエット。――性別を隠すためではなく、格好良さが際立つ男装だ。(女にモテそう)武装はしていない。
目鼻立ちの整った、しっかりした顔立ち。意思の強さと同居する、落ち着いた雰囲気。出来る女性といった風体だ。背丈は切田くんたちよりも少し高く、女性としてはかなり長身の部類。髪は短めで、ウェーブのかかったボブカット。天パの髪質なのだろうか。
フェミニンな印象と、パワーを感じるたたずまいが同居し、……見る者をなにか複雑な気分にさせる。(女性のイケメンって、なんかアンタッチャブルな感じがあるよな…)確かに男装の麗人ではあるのだが、そこに関しては麗人慣れをしているので特に感想はない。
(パワードレッシング、ってやつか。佇まいで威圧感を醸し出し、自身の説得力を増す手法…)その他にもここは、社会システムの(相対的に)脆弱な世界。髪染めやタトゥーの様に、周囲に対する防衛的な意味合いもあるのだろう。(『こわそう』はある程度のトラブルを避け、『よわそう』は確実にトラブルを誘引する。アルコルさんも、そう言っていたな…)
そんな長身女性の眼差しが、今はギョっとなって切田くんの横を覗き込んでいる。……なんだかはわはわしている。(…なんやの…)グワッと近づいた。(…うわぁっ…)彼女は東堂さんを凝視して、口を突いてまくし立てる。
「え、ちょっと待って。めっちゃかわいい。めちゃめちゃかわいいんだけど。……はぁ?なんなの!?」キレられた。怖い。更ににこやかに笑いかけてくる。「ごめ~ん少年。こっちを逆ナンするね」
(フラれた)逆ギレされた上にフラれてしまった。悲しい。
東堂さんがあからさまにムッとするも、気にも止めずにキャッキャとはしゃぐ。「え、細ーい。顔ちっちゃ。顔が良い!すっぴんだよね。触ってもいい?」
「…嫌よ」「あーん。だって、今めっちゃ痺れたもん。ドーンッて落ちてきたし鬼カワイイし、近くで見るとルックスの力強〜。こんなん全力で推すでしょ。どうしてスマホもカメラも無いかなぁ…」
「ていうか距離近。もう彼女さんなの?やるじゃん少年〜」その軽薄さに、東堂さんは目を泳がせて挙動不審になり、切田くんの視線は鋭さを増す。
(…もう、と言ったな?)切田くん達がいつ召喚されたかさえも把握されている。(…『最近呼ばれたばかりだよね』、とも言っていた。陽キャが怖いとか、そんな話じゃないぞ。この人…)
とはいえ今は離間策を避け、ふたりの関係が密であると示すべきだろう。切田くんは即座に断言した。「そうです」「…そうだけど?」東堂さんも追従した。……なんだか声が上ずっている。
キャァと男装女性は相好を崩した。「えー、いいないいなぁ、ふたりで呼ばれて、盛り上がっちゃったんだ。えー!」
「うらやましぃ〜。シュッとしてて顔ちっちゃくて、眼力ある所とかめっちゃ好み。むしろ私が付き合いたいまである!間に入りたい!」(わかるー)切田くんは同意した。状況認識が混乱している。(…ぐっ…僕は今、百合の間に挟まる男になってしまっている…?)
(いや、違うな。この人が作っている雰囲気に、惑わされているのか?)これが向こうでの事ならば、なんだか楽しいで済んだはずだ。――作為的な雰囲気に流されるだけの状況。間違いなく危険である。(まくし立てて鼻先を潰すのは、詐欺師の常套。…駄目だなこりゃ、危ない)――撤退判断。早々に切り上げることにする。「すみません。僕らはもう」
「わかった。こんな朝からしけこむつもりなんだ?」ケラケラと笑う。(しけこむて)鼻先を潰された切田くんと、なんだか落ち着かない東堂さんを交互に見やり、「まあ、お気持ちはわかりますけれども。付き合いたての盛りだもんね。初々しい」「朝帰り?」
「…違うわ」
「かわいいー」ぷいとそっぽを向いた姿にはしゃぎまわる。……どうやら、東堂さんも彼女のことが苦手のようだ。居心地が悪そうにしている。(…やりにくいな…)
女性はふわふわ調子で続けた。「うんうん。ごめんね?実はわかってる。もうちょっと話したいけど、じゃあ要件を言うね。興味を引けなければそこで終わり」
「……キルタくん、だよね?」
……ざわ、と、全身の毛が逆立つ。やはり情報を知られている。
「君たちの話は聞いてるよ。空で戦ってるきみを見て、絶対そうだと思ったよ。君らはこの国で呼ばれた召喚勇者だ。四日前の」
(……何処のルートからの情報だ?『猫目』さん経由だと早すぎる。『魔女』ブリギッテさんは漏出を好むタイプには見えない。オカシラさんやアルコルさん?無くはないけど、この人は敵対ではなく、協調路線を見せている…)
国の兵士たちには名を知られていない。文化おじさん『プリーチャー』は倒した。……まだ他にも居るはずだ。(…姿の消える、暗殺者の人たちか?僕らをずっとつけていたっていう諜報員の…)「『パトリオッタ』の人ですか?」
「……」その一言に、女性は一瞬、表情を硬化させた。
しかし直ぐに元のニコニコ笑顔へと戻り、『気にしてないよ』という体で話を続けた。「びっくりしたぁ。驚かせたつもりが驚かされちゃったね。私はそう」
「マイナー団体なのによく知ってるね。『パトリオッタ』って何なのか知ってる?」
「よくは…」この国の『特務騎士』と敵派閥である、内ゲバ組織かなにかのはずだ。国と敵対した切田くんたちを取り込む動きも、無くはないのだろう。
ゆるふわボブの、彼女は答えた。「NPO法人」
「……はい?」
「非営利目的の公益法人。この国のためになることをする組織だよ。志、って言うのかな?」
「だから、きみに声をかけたのも、この国に住む、平和を愛する、罪のない人たちのためにした事だよ。名目上はね」ケラケラと笑う。「名目って。でも、そうだよねぇ」
別に笑うところではない。組織のお題目などそのようなものだし、……本気でそう主張する組織には近づくべきではない。特別性を刺激して優越感を煽るペテンの手口。はっきりと危険である。(…今のところ、『怖くて危険』しか印象がないな。…ハッキリした美人ではあるんだけど、この人…)陽キャアンチの補正もある。
警戒を引っ込めない様子を見やり、仕方なさそうに肩をすくめる。「耳障りの良い主義主張がないと人が集まらないからね。大義名分ってやつかな?」
「だから、私たちの大義名分。それはこの国にはもちろん、私たちにも、…きみにも関わりがある」軽い調子を引っ込めて、女性は真面目な態度をとった。
「私たち…私は、『勇者召喚』を止めさせたい。この国も、他の国も含めて」
そこには真剣な響きがある。重々しき使命感。――駆り立てられる想いと、少しの焦り。
……とはいえ、切田くんの心が揺らぐことはない。(しらーん)割と最低だ。チベットスナギツネ顔。(…なるほど。そこを攻めてきたか。僕らに否定出来る言われは無い…。――つまり、僕が黒衣の人らに目論んだことみたいに。反攻戦力として取り込もうって事なの?)
(…まあ、釣られる理由は無いよな。…言われた側の負担を無視して勧誘してあげる、って事だし…)二日前ならば揺り動かされた可能性はあるが、……すでに盛大にやらかし、痛い目を見た直後である。(…トホホ…)
黙り込んだままの切田くんを覗き込み、女性はニッコリと笑いかけた。
「そのためにはキルタくん。きみ個人がとても重要な鍵なんだ」
「……何ですって?」おかしな事を言い出した。なんの冗談だ。
長身の彼女は真剣に、続ける。「だからこれは、君らを勧誘して、『団体構成員(笑)になってほしい』って話じゃないんだよ。私たちにも、きみ自身にも関係がある。その事について。興味出てきた?」
「やめやめ。変な空気すぎるって。とにかく隠し事はナシね。…ところで早速の事なんだけど」ケラケラと笑いながら、いたずらっぽく彼女は続ける。「仲間がひとり、一緒に来てるんだ。紹介しとくね。……もゆもゆー、大丈夫だから出ておいでー」
にゅっと、少し先にある建物の陰から、少女の顔が突き出した。
(……なんかおる)何だか毒気を抜かれる。(…すっごい雑に出てきた…)
(……伏兵か。当たり前だ。僕らとコンタクトを取るにあたって、交戦する可能性もあったはずだ)
別に後ろ暗いことなどしていない、と、赤ローブの少女がスタスタ近づいてくる。――ふと気に留まる、少女を取り巻く薄いゆらめき。……視覚には写っていない。それでもそれは、たしかにそこにある。(…これは、『障壁』?…魔術師か)
腰まで届く長い黒髪に、白い肌。可愛らしくも日本人といった顔立ちだが、その瞳は赤みがかっている。白化個体なのだろうか。(カラコン厨二かな?)
黒髪はロングヘアのサイドだけをまとめて、両側にぴょこんと突き出したおさげになっている。(こういうの、なんて言うんだ?…ハーフツイン?ツーサイドアップ?…よく知らないけど…)
平均的な背丈で細身。赤いローブはブカブカで、手元が隠れて萌え袖になってしまっている。上質なケープ状の外套を羽織り、衣装……というかコスプレめいた雰囲気だ。
――三白眼ぎみのじとっとした目が、警戒の色を向けている。年下か同年代。明らかに陽キャではない。切田くんはなんだかホッとする。
赤ローブの少女はムッとして言う。……なんだか睨まれている。
「…緋村 もゆ」
「私は無敵河原 羅紀子。無敵の河原と書いてむてがら。ラキコでいいよ。変な名前でしょ」サバサバと女性が言うと、赤ローブが刺々しく言葉を投げつけた。「…名乗ったら?」
切田くんは黙っていた。東堂さんもツンとしてガン無視である。
ふんふんと怒りを表す少女を抑え、ラキコと名乗る女性は肩を竦める。「わかってる。こんな状況下だものね。警戒が解けてからでいいよ。話せる範囲でちょっとずつ、お互い歩み寄れればいいね」
笑いかけるラキコに、用心深く探りを入れる。「この人も『パトリオッタ』の人ですか」
「わたしは違う」緋村もゆは刺々しく割って入り、責める口調でラキコを見上げた。「…『パトリオッタ』は隠してたんじゃないの?」
「ごめんね。とっくに知っていたんだもの」
「……わたしだけが知ってたのに!」……ふんふんと怒っている。だいぶ凸凹したコンビだ。(…足を引っ張っているようにも見えるけど…)
この奇妙な状況を把握するべく、刹那の思考が加速する。(…言葉を使った『スキル』攻撃の気配は感じない…)
振り返れば、状態異常スキルによる精神汚染を仕掛けてきたネッドには、その言葉の節々に絡め取ろうとする攻撃性が存在した。
しかし、ラキコからは親しげながらも踏み込んでこない間合いを感じるし、緋村もゆはとにかく対応が雑である。『スキル』攻撃を照準されている感覚が無いのだ。(……だけど、話運びは仕組まれている感じがする。誘導されているって言うか)
(そりゃあ、こんな状況だもの。背後から忍び寄るのは当然だし、伏兵を仕込むのも当然。事前に情報を握っておくのもやはり当然。……それはいい)
(しかしこの人は、悪い印象を『良い空気』によって打ち消そうとしている。その上この人は『良い空気』によって、僕らを一定の結論へと導こうと画策している……)――警戒を深める。
(……明らかに、知性によって場をコントロールしようと画策する陽キャだ。にこやかに近寄ってきて、裏では何かを考えてる、って事なんだから。……だから陽キャは怖いんだよ……)
(陽キャの基本理念、楽しむために、楽しませる場を作る。そんな仕込みなら別に良い…)切田くんには合わないが。(…だけど、この人は間違いなく、別の目的があってそうしている…)眼前にて微笑む、凛々しき男装女性。――第一印象である最大脅威が、未だはっきりと認識されている。(…やっぱりこの人…陽キャの皮を被ったなにかなんじゃないの?…)
(…なんにせよ、この人たちはきなくさい。相性も悪そうだし、関わるべきではない)「あの、僕の方からもいいですか?」刹那の思考の区切り。相対的に鈍化した世界が、たちまち通常速度に加速する。
「ああ、うんうん。いいよ?何かな」ニコニコと気軽な応対をするラキコに対し、切田くんはただ、事実のみを淡々と伝えた。――場合によっては話がこじれ、戦闘になるかもしれない。「隠し事は無しで行きますよ。僕らは今、大変に急いでいまして」
「怪しいキャッチに関わっている暇はないんです。さっきみたいに空から陸から敵がボタボタ襲ってくる状況なんで。直ぐにでも街を離れないと」
「……類くん、言い方」横で東堂さんがボソリと言う。
言い方は酷いが、事実のみを告げている。白鎧の指揮官が仲間を連れて戻ってくるかもしれないし、地上を追う兵士たちとて、先程の空中戦を目安にどんどん詰めてきているはずだ。
(……そりゃあ、世界のどこかに本当に『オタクに優しい陽キャ』がいる、って事は否定できないけど……)
(あなた、陽気で親切めかしている割に、声の底が乾いているんですよ。……怖いんですよ!)
そして目の前の女性は、確かにキャッチセールスの類であろう。はっきり断らねばマルチや宗教の沼に引きずり込まれる。店に連れ込まれて恩着せがましく食事が出てくる前に、(『今日はご馳走するよ。ところで、今から車で偉い人に会いに行かない?』)強い態度でこの場を逃げ出すのが得策だろう。
対するラキコは、ニコニコ顔を崩さない。「言うねえ覆面くん?ブレない態度とシビアな現状認識って事かな。…だったらちょっとだけ、私からも意地の悪い聞き方をさせて?」いたずらっぽい顔で、険悪にならないよう軽く問う。
「やるべきことがそこにあって、戦う力を持っているのに。それでもそうしなきゃって事だよね?キルタくん?」
揺さぶられたところで態度は変わらない。本心だけを伝えることにした。「包丁を持ったり自動車を吹かして、その力で『世界を救う』とか言い出すような怖い人に、僕は関わりたくないんですよ」(…腰抜けと、笑わば笑え。その人の前に僕はいませんよ)淡々と語る。
「やるべきことがあるとしても、戦わなければいけないとしても。それは僕個人の問題です。あなたがたには関係のない事だし、僕の問題を、他人に利用してほしくない」
横で東堂さんが、コクリと頷いた。切田くんはそれを受け、言い募る。
「ええ。僕たちは、そうです。関わりません。……もう行きますよ」
「あいの逃避行」
(……ん?)「そうです。駆け落ち同然です」
「…そうね?」口を挟んだ東堂さんがツイとそっぽを向き、更に視線を戻して眼前の二名を睨みつける。
「だから私たちは、夜汽車に飛び乗るために急いでいるの。二度も三度も同じ事言わせないで。私たちには時間がない」
「…無駄話で気を引きたいのなら、こっちが忙しいという事実を考慮の上で話しをしてほしいのだけれど。…そんな配慮もできないの?鈍いのならもっとはっきりと言っておくわ。いい加減目障り」(…ヒェェ…)
内心震え上がる彼の火傷した左手にチラリと目を配り、突き刺すみたいな尊大な言葉で、氷の砲弾を容赦なく投げつける。「…そもそもあなた達、ふたりきりの邪魔。ずうっと邪魔。…昨日からずっとよ?私はもう、心の底からうんざりしているの。あなたたちは本当に邪魔。邪魔ったら邪魔。本当、いいかげんにして」(……言い方ァ!)すっごい雑な空間になってきた。ダバダバしてきた。
「……んー……」流石のラキコも、困った顔で言い淀む。緋村もゆが白けた塩(精製塩)で、ラキコの顔を見上げて言った。「…向こうが悪人」
「もゆもゆ、ちょっと」
「わたしは、感じたままを口にするだけ」ふんすと胸を張る。
ラキコは、ニッコリと笑いかけた。
「もゆもゆの感じ方や率直さは魅力だと思うよ。だけど今は、彼らの協力を取り付けないと。――ここで下手をうてば、困るのは私たちだけじゃない。今現在戦っている人たちだって危なくなるんだ。……ほら、もゆもゆ」
「……ごめんなさい」
緋村もゆはうつむき、謝りかける。――そして、切田くんたちをボンヤリと睨みつけて、ふてくされ気味に言った。
「……気にしない」
(ドユコト?)どうやら非礼を許すと言ってくれているらしい。どうもありがとう。
何だか愉快な気分になってきた。――大人のラキコさんのほうは間接的に、『断れば大勢の迷惑になる』と揺さぶりをかけて来ているし、緋村もゆは姿も態度もちんちくりんだ。全く息が合っていない。
「もちろん、無理にとは言わない」ラキコは何故か、気の毒そうに主張を続ける。
「ただね。君を追いかける人たちは、たとえ世界の果てを越えてでも。本当にどこまでも君たちを追ってくると思うんだ。…キルタくん。いくら君が望まずとも、それだけ君は今、重要な存在になってしまっているんだよ。納得なんて出来なくともね」(ナンデヤネン)
「結果、君たちがこの場を去るのだとしても。…その内容だけは伝えさせて。きみ個人がそれほど重要だという理由。それはどうかな?」
……そこまで言われては、聞かないわけにもいくまい。戯言が出てくるにしても、本当の脅威を伝えられたとしても。どちらだろうと対応の精度は増す。「…ええ。まあ」
「素直でよろしい。もゆもゆ、お願いできる?」
「…まかせて」フンス、と緋村もゆは胸を張り、魔法の詠唱を始める。ラキコが機先を制すかのように、詠唱に並行して笑いかけてきた。「先に言っとくね。【ロケート】という失せ物探しの魔法だよ。安心して」
「『魔力の糸よ、繋がりよ。縺れを辿りて指し示せ。其は…』、『アミュレット・オブ・イェンドナ』!…【ロケート】!」
赤目の少女はむにむにと顔をしかめると、切田くんの足元をスイと指差した。
「…そこ」
そこには肩紐の切れた、ショルダーバッグが転がっている。
「え」(……今、何とかの魔除けと言ったか?あの白鎧の人が探していた?)
……ざわめきが、急に煩くなる。心臓を鷲掴みにされ、左右に乱暴に引き裂かれたみたいな感覚。――切田くんは、見たくないものを見るみたいに、肩紐の切れたショルダーバッグへと目線を向ける。(……そんな馬鹿な……)
(さっき渡したばかりじゃないか。…言い争って、投げつけて…)病気の前兆みたいに身体が冷えきっている。(…そりゃあ、押し付けがましくて腹の立つ人だったけど。それでも真摯さを見せてくれたから、僕だって素直にあの人に渡したのに…)
確認などしたくない。この場を逃げ出したい。
それでも切田くんは歯を食いしばり、足元へとかがみこんだ。
(……だって、それじゃあ……)
(…僕はあの人を騙した、大嘘つきになってしまう!!)
ショルダーバッグを開ける。――スクロールケース。いくつもの『ビー玉』。詠唱短縮の指輪。……それらに混じって入り込む異物。切田くんは、絶望に唇を震わせる。
鎖ストラップ付きの、くすんだ色合いをしたカードキーだ。