ヤンデレ vs ヤンヤン
遠ざかる風斬り音。――首筋の灼熱感に紐付く、皮膚の震えと温ま湯の感覚。よろめいた切田くんの横目視界に、自らの放った鮮血が映った。(…しまった…!?)
(…この出血は…手裏剣がかすったのか!?)頸動脈ごと首をかっ切られてしまった。このままでは、直ぐに血液が足りなくなる。出血性ショックも起こるかもしれない。
歯止めを失って勢いよく吹き出した血液が、今も心臓のポンプに合わせて、破れたホースみたいに吹いている。……実感とかけ離れた緩慢な世界の中、ゆっくりと絶望が這い上がってくる。(…失血死?…いや、その前に、酸素が脳に行かなくなって…)
――目の前が暗くなり、頭がスゥッと冷却される。足が浮き上がるみたいに力が抜けた。(…マズいっ…落ちるっ…!!)
(…なんとかしないと…!)慌てて傷を圧える。隙間より流れ落ちる鮮血。……もう、足の感覚がない。立っていられない。(…今は倒れている場合じゃない!…この敵に立ち向かわないと…)
(……だ、駄目だ……どうすることも……)支える力が失われていく。ぐにゃり、と、膝から崩れ落ちた。
◇
黒衣の勇者が『アイテムボックス』より射出した、『スターズ』と呼ばれる投擲武器は、彼女自身が『迷宮』最下層にて入手したものだ。
一見飾り物めいた脆弱な武装。……実は、あらゆる防具と魔法障壁を貫通する力を持った凶悪な武具であり、――たとえば『迷宮』最下層の上位悪魔モンスター、『クラウ・ソラス』をも防ぎ切る程の魔法障壁を持つ敵などを屠る場合において、非常に有効な武器だった。
(……ふぐうぅっ……)震える程の不快感に、勇者は思わず歯噛みをする。(……嘘だろう?馬鹿な!仕損じただと…!?)
(『無意識に甘く見ていた』とでも言うのか!?…クソッ、それともこいつの『スキル』が、何か良くない悪さをしたのか?)攻撃対象の少年は油断しており、至近距離。とても躱せる位置ではない。――この距離ならば『スターズ』で、確実に首を切断できる。その確信があった。
しかし今回は、常人とは思えぬ反応速度で直撃を避けられてしまったようだ。(……ああ、なるほど?インチキだ。『未来予知』や『超集中』、『思考加速』等のレアスキルか?伝聞ばかりで見たことはないが……)
(……とにかくとどめを……)(……いや、後ろかっ!)【センス・エネミー】に映り込む、背後より迫る動体反応。
『うああああああああああああっっっ!!!』豪と大気を引き裂き、神官女が突撃してきた。ギラギラと見開かれた獣の瞳、ジェット吹き散らす殺気と雄叫び。すでに両手の大型メイスを振りかぶり、引き絞っている。
(…まあ、どうとでもなる。…フフッ…)――黒衣の勇者は『敵』の様子を分析し、データに則した対応策を割り出す。(…細身の女、十代後半。全身に強力な付与魔法…)【ディテクトマジック】には、女を包む強い緑光が映っている。……魔術師の『障壁』ではない。何か強力な魔法が付与されているのだ。(『向こう側の女』が、大型で重量のあるヘビーメイスを自在に振り回している。強化魔法の使い手か、強化系の『スキルホルダー』ということ…)
(……このスピードと圧力、素人にしては凄いがな。私の力ならば対処は容易い)祈る形に両手を合わせ、能力発動の合図を唱えた。「『いでよ』」
「『ガントレット・オブ・パワー』」
『どきなさいっっ!!!』裂帛の叫びと猛烈な勢いに、――祈りを捧げる勇者の頭上めがけ、豪とヘビーメイスが振り下ろされた。すべてを破壊し爆散させる打撃。まともに喰らえば即死する。
黒衣の勇者が十字に掲げたその両腕には、いつの間にか、無骨で頑丈な金属篭手が装着されていた。――破裂めいた金属打撃音、よろめくほどの風圧。衝撃に床石が割れ、破片が舞った。
「ハハハッ!!『ガントレット・オブ・パワー』が使える私の勝ちだな!!…『強化』が甘いぞ、小娘!!」鉄兜の裏でほくそ笑み、ヘビーメイスを弾き返す。そして愕然とした敵めがけ、振り上がった拳をハンマーのように叩きつけた。
「あっ!」小さな悲鳴、飛び散る火花。ギャリギャリと、不可視の何かを削り取る音。――『聖女』は後方にふっとばされ、床石に叩きつけられた。それでも受け身を取りながらも、後方にでんぐりがえって素早く体勢を立て直す。
「…くっ…!」悔しげに顔を歪ませる。渾身の攻撃を完全に防がれてしまった。……だが、相手の返す刀とて彼女の強固な防壁に阻まれ、ダメージを与えられてはいない。
――黒衣の勇者に動揺はない。どうやら神官気取りの女は強力な防御魔法を張っていたようだが、『アイテムボックス』の内には未だ残弾多数の『スターズ』や、他にも同様の武装が収納されている。
「付与の光の正体は防御魔法か。ならば、肉体強化は『スキル』の側だ。…それにしては出力がないなぁ」透明な声を皮肉げに歪め、両手を広げる。「…焦っているのか?…ん?」
『このおっ!!』東堂さんは瞬時に憤った。間髪与えまいと渾身のヘビーメイスを振り下ろす。――相手の防御や余裕など、まとめてこの『ディバイン・オーバーパワー』で轢き潰してしまえばいい。とにかく今は、それどころではない。
「…えっ!?」そして『聖女』は、驚愕に目を見開いた。
ヘビーメイスが鷲掴みにされていた。叩き込んだはずの先端ヘッド部分が、左手のひらにガッチリキャッチされたのだ。……渾身の攻撃を片手で止められてしまった。――「分かってないのか?さっきよりもパワーが落ちてるんだよっ!…そらっ!!」空いた右手を横に差し出し、黒衣の勇者は『アイテムボックス』を発動させた。「『いでよ』っ!」
「『ムラマサ・ブレード』!」
右手に現れた細身の曲刀、片刃の美しい刃紋。『スターズ』と起源を同じくする、刀型の魔剣。――メイスを強く払いのけ、持ち主の体勢を崩す。そして、「その腕、もらったっ!!」伸び切った腕めがけ、『ムラマサ・ブレード』を半身で振り下ろした。
銀光が閃く。
鋭く弧を描いた刀身は、『聖女』の強固で透明な防壁を、柔らかい紙のように切り裂いた。……そしてズルリと手首を裁断し、反対側へと抜けた。
「……ぐうっ!?」苦痛に顔を歪めた東堂さんが、身を縮こまらせて飛び退る。(『ディバイン』化した【プロテクション】が!?…どうして…)
あらゆる物理攻撃を弾き返した『ディバインプロテクション』が破られた。それだけではない。『ディバイン・オーバーパワー』による力任せの打撃も通じない。……彼女は気後れし、攻めあぐねるようにヘビーメイスを握り直す。
一方、『ムラマサ・ブレード』を構え直した黒衣の勇者も、同様に混乱していた。「……手応えはあった。どういう仕組みだっ!?」
――この刀も『スターズ』と同様、防御無効化の力を持っている。しかも今の一閃は『ガントレット・オブ・パワー』の強化が載った、致命的な一撃だったはずだ。
確かに手首を切り落としたはずだ。骨を断ち切った感触さえあった。――だと言うのに女の手首は、今もしっかりくっついている。血液の一滴さえ流れた形跡がない。
異様であった。
「…どうなっているんだ、くそっ…」忌々しげに吐き捨て、――すう、と息を整える。苛立った意識がスッと冷え、自分とは対照的に、明らかに落ち着かなげな視線と表情に気づく。
黒衣の勇者は少し思案し、「…ああ」今気づいた、といった体で言った。「なるほど?」……背後には、もはや瀕死の、覆面の少年が伏していたはずだ。
「…治したいのか」
◇
「お前、『聖女』だな。治癒と強化の。…『スキル』をふたつ持っている新型かぁ」もの言いたげな視線で毒づく。「…『聖女』ね。…『聖女』。…フフ…」気に入らなそうに鼻で笑い、ちらりと顧みる。――そこには確かに血溜まりの中、うずくまるままの少年がいる。……黒兜の中、冷たく笑う。
「お前のカレピはもうすぐ死ぬぞぉ?」彼女は目の前の女に、親切に状況を教えてあげた。
敵の表情が、あからさまに揺れた。(…くっ…)
(…でも、強化のパワーが上がらない…!このままじゃ…)憔悴しきった東堂さんが、必死になって問いただす。「…やめて!そこをどいてっ!…【ブレインウォッシュ】は解除されたはずなのに、どうしてこんなことをするの!?あなただって同じ」
「どうしてだと!?」黒衣の勇者はついに苛立ちを隠せなくなった。押さえ続けた何かがついに圧えきれなくなる。……堰を切って強い口調でまくし立てる。
「小娘が。わからないから勝手を言う」
「この私が、お前たちに、こうしてくれと頼んだか?」
「いつ頼んだ!?」
「…いくら一人でうまくやっていたところでっ、…あああ…いつも、いつもいつもっ!!」
「馬鹿が勝手に寄ってきて、勝手に私をめちゃめちゃにするんだっ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああぁっっっ!!!」行き場を失った衝動に、ガンガンガンと地を揺るがす程に地団駄を踏む。石畳の破片が舞い散り、『迷宮』が震動する。
◇
……その時すでに、黒衣の勇者の背後には、一切の音なく忍び寄った『猫目』がいた。――金色の隻眼が、暗がりに光の軌跡を描く。
……風斬り音さえ立てることなく、少女は逆手に振りかぶったショートソードを、黒衣の勇者の背中へと突き立てた。
黒衣の勇者の裏拳が、轟音を立てて『猫目』の脇腹にえぐり込んだ。
「げぐっ!!」本当に苦しそうな悲鳴を上げて、『猫目』は泡を吹きながら吹き飛んだ。無造作な一撃ではあったが、岩をも砕く強化された打撃が脇腹へと入ったのだ。無事で済むわけがない。
勇者は勝ち誇り、せせら笑う。「ハハハッ!!映っているんだよ!【センス・エネミー】にっ!!」優越に声を躍らせ、黒衣の勇者は忍び寄った鼠を一瞥した。
「……あああ、くそうっ……!」
……絞り出す声。床に転がる少女の姿に、声を震わせ動揺する。「…現地の子供か。ああ、もう…」
「ええい、下がっていろっ!死にたいのかっ!!」
床に転がった『猫目』は苦しそうに腹を押さえ、げぼっ、げぼっ、と、深く咳き込んでいる。内臓を痛めたのかもしれない。……のたうつ華奢な躰。苦しげに歪む幼い表情。食い締められた瞳を隠す、痛々しい眼帯。
黒衣の勇者はあからさまに戸惑った様子で、転がる眼帯少女に目を配る。そして憎々しげに、うずくまった少年を睨みつけた。「こいつ、こんな歳の子供にまで手を出して。…異世界ハーレム気取りかっ!!…とことん私を馬鹿にしてっ…」怒りを込めて片手のひらを突きつける。切田くんには今、攻撃を防ぐ術がない。
焦って動き出そうとした東堂さんめがけ、黒衣の勇者は鋭く警告した。
「動くなっ!小僧を殺すぞ!」
――蒼白になって取り乱し、必死に叫ぶ。「やめなさいっ!!切田くんは何もしてない!私たちの敵は、あなたにとっても敵でしょう!?敵の仕組んだ状態異常を解いただけなのに、どうして」
黒衣の勇者は、被せて怒鳴った。
「こんな気持ちにさせただろうがっ!!!」
……それは、腹の底から吐き出す、怨嗟の叫びだ。
「…えっ…」理解が追いつかず、硬直する。「…な、何を言って…」
戸惑う女を睨みつけ、透明な声をがならせて、黒衣の勇者は高圧的にまくし立てる。「こいつがやったことのせいで、私がこんな思いをしているんだぞっ!!!」
「こいつが悪いんだ!…コイツが悪いのにっ!!」
「あああ、ああああああっ!!」
「なんで分からないかなぁっ!!」
「分かってない!!、分からないくせにっ!!!」
「分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせに分からないくせにぃっ!!!」
息を切らせまくし立てた彼女は、やがてプツンと糸が切れたように、ふと我に返る。
重苦しくも不気味なほどに落ち着き払い、立ち竦む神官女を見据えて、説得の体で語りかけてくる。「……ああ。なるほど?」
「安心して。私が所属している近衛兵団は、再生型の『勇者』も確保している」
異常な程に澄みわたる、抑揚のない声。「…平気さ。多少の不具合は出るかもしれないが、生き返りはするし『スキル』も残る」
「いいことづくめだろう?」
「ね?だから死んだって別にいいじゃない。ちょっと状態が変わるだけだよ。…大丈夫。私に任せて」
鼻白んだ東堂さんが、そんな話は続けさせまいと、必死に叫ぶ。「だったら生きたまま連れていけばいいでしょう!?どうして切田くんを攻撃して、殺す必要があるの!?」
「……お前は何を言ってるんだ」心底呆れた、その声が答えた。
「死体にしないと、私の『アイテムボックス』に収納できないだろう?」
「…なっ…」絶句した女の顔を冷ややかに眺め、何気なさそうに続ける。
「…ああ。知らなかったのかな。実はそうなんだ。私のスキル『アイテムボックス』には、人は死体にしないと入らない」
「ごめんねー?知ってる体で話しちゃって」――そして再び、押さえた何かに我慢が出来なくなった。内側より吹き出す、テラテラ光る赤黒き溶岩に、黒衣の勇者は声を歪める。
「私と同じように召喚された女のくせに。ガワどころか身も心も『聖女』さまかい?」
「そんな顔したって分かるよ。…お前別に、今まで不幸ってわけでもなかったろ」
「広い家に生んでもらって、良い子になるように育ててもらって?…お嬢さん。遍く馬鹿にたかられて、嫌だったって類いだろ?」
「正しいことも良いことも全然通らないって。…いやいやいや、普通すぎ。要は不幸自慢で負けてんだよお前」
「プハハ。そんなんで誰の気持ちが分かるのさ?気分で使われる『道具』にもされずにのうのうと生きてさぁ、…愛しのカレピとイチャってるだけの『聖女』さまなんてさぁ?」根本までたっぷり悪意の籠もった、透明な響き。
「いらないよ。お前」
「消えろ」
言い放ち、萎えきった態度で『敵』の顔を覗き込む。
「……」
何か言い返すかと無言で眺めたが、『敵』は鼻白んで黙り込んだままだ。
「…何もいわないの?言う事聞いてくれるんだ」
「ふーん。きみ偉いね。大学生?高校生?」上から下からジロジロと眺め、しれっとした態度で『説明』を続ける。
「『スキル』の『ダブルホルダー』は貴重かもしれないが、『治癒』と『強化』は足りている。高位の状態異常を解除する、小僧の『スキル』ほどの価値はない」
「だからさ?」
「きみの代わりに、この子は、私が大事に使ってあげるよ」
うずくまった少年を薄ら笑い(鉄兜)で一瞥し、「ショタと言うには微妙な歳か?…ハハ。なにその覆面。顔が見えないなぁ」縋るような顔の『聖女』を、無感情な視線で舐める。
「まあ、あんたみたいなおシャンが好いているんだ。不細工だから隠してる、ってわけでもないんだろ」
「…ああ、いやいや。そういう意味じゃない。でも、『道具』は見た目も大事だろ?」
「そうさ。お前のカレピは、私の『道具』として使わせてもらう。私をこんな目に合わせ続けた奴らへの、…ほら!こびりついた憎しみを晴らすための『道具』として」
「うまく使えば目がありそうだ。今回のトレハン、なかなか良い『道具』がポップしたなぁ」じっと『聖女さま』の表情を覗き込む。
「…っ…」
何かを言いかけ、口をパクつかせて立ち竦んだが、目を泳がせて結局何も言えない。その様子に、黒衣の勇者は心底呆れかえった。
「…なんなのその顔は。言いたいことがあるなら言いなよ」
「…そういうところが子供はさあ…」毒づき、悪意を投げ掛け続ける。
「別に良いだろう?寝取ってやる、ってワケじゃないんだから。良かったね」
「だからお前はとっくに用無しさ。ここから黙って消えるなら殺さないであげるよ。…こう見えて私にだって、後ろめたさというものはあるんだ。…ほらほら、さっさと消えなって」
「後は一人でがんばって。…大丈夫、怖くない。きみにはまだ『スキル』があるさ」
「ねえ、私これ、親切で言っているんだけど。…きみの好きピのカレピッピが、死んだり私の道具になっちゃう瞬間なんて、間近で見たくはないだろう?」
「脳が破壊されちゃうからさあ」
「……」東堂さんは、無言で立ちすくんでいた。
今はただ、怖かった。いろいろなものが怖かった。
……時間が経ちすぎている。切田くんの治療は間に合わないかもしれない。その上さらに目の前の敵は、トドメを刺すのを見せつけてやる、と、脅しをかけてきている。
そしてその敵の攻撃は、彼女を強固に守り抜いてきた防壁をいとも簡単に切り裂いて、平気な顔して彼女の躰と心を凶刃で傷つけてくる。
強化の『スキル』、『ディバイン・オーバーパワー』も通じない。あの想いをぶつける『スキル』が通じないのならば、彼女自身は何の力も持たない、ただの非力な女子高校生に過ぎない。
……萎縮していた。動けなかった。
もう、自分にはどうすることも出来ない。
両手に構えたヘビーメイスが、異常なほどに重かった。それでも弱みを晒さぬよう、必死になって両腕で支える。……全身が、震えているのがわかる。
このままでは切田くんは殺されて、
自分も殺されて、
もし自分が殺されなかったとしても、
切田くんは持ち去られ、永遠に失われる。
二度と返ってこない。
「……駄目……」
涙が頬をつたい、雫となってこぼれ落ちるのがわかった。
黒衣の勇者は、苛立たしげに怒鳴った。「……優柔不断が。私に女の武器を向けるなっ!!」我慢の限界に差し伸べた片腕を怒らせ、力を込めて彼女は叫んだ。
「『いでよ』っ!!」
「やめっ…!?」悲痛な声を上げた東堂さんは、眼前の光景に目を疑った。
黒衣の勇者の脇腹に、光の弾丸が着弾したのだ。
「切田くん!!」
「なんだとっ!?」
◇
着弾した『マジックボルト』は黒スーツの抗魔コーティングによって拡散し、細かい光の粒子になって散る。――それでも着弾の衝撃が打撃となって、黒衣の勇者をよろめかせた。(…抗魔盾と同じ装甲!?…駄目か!?)うずくまるままの切田くんに、歯噛みする余裕などない。
やっと意識は揺れ戻ったが、未だに目が眩み、立ち上がる力が出せずにいる。……それでも、切られた頸動脈からの出血は、現在ほぼ止まっていた。(…『マジックボルト』の結晶化で、チューブ状に接合して頸動脈だけはつなぎ直したけど…)
(…力が足りない。結晶化にチャージのリソースを取られて、攻撃の威力が出せなかった…)
(それに、他の血管からの出血は、まだ止まってはいないんだ。…結晶を広げて蓋をするだけでどれだけ保つ?…動けるうちに、何とかしないと…!)切田くんはしわがれた声で、なんとか大きな叫びを絞り出した。「東堂さん!僕はまだ行けますっ!!」そして狙いの定まらぬ中、必死に、光条の弾丸を続けて放った。
◇
(…死んだふりだとぉ!?くうぅっ!!この小僧、どこまでも私を馬鹿にしてぇ…!…くそっ、くそっ!!)不意を突かれた黒衣の勇者は強い怒りに駆られたが、すぐさまカチリと戦闘態勢に切り替わる。
(…無詠唱の『スキル』攻撃?何らかの効果を付与するタイプか?…不味いな…)
この敵は、糸の罠でて状態異常解除スキルを無理やり流し込んできている。そして『聖女』と同様に、『スキル』を二つ持っているはずだ。――『賢者』の枠で召喚され、搦手が得意な人間。残る一つも特殊な効果を付与するタイプの『スキル』である可能性は高い。(…確かに不意は突かれたが、奴の攻撃は黒装束の抗魔コーティングを貫通できなかった。…私は効果を防げたか?それとも受けてしまったのか?)
(とにかく対応の策をっ!!)疑心暗鬼を振り払い、迫る光条へと手をかざす。すると切田くんから放たれた二発目の光弾は、突き出した手のひらの前で消滅してしまった。……『アイテムボックス』に『収納』されたのだ。
黒衣の勇者の『スキル』、『アイテムボックス』は、『収納』時に対象を指定する必要がない。――元々、『何かをしまう』という行為を、わざわざ名指しで行う必要はない。口を開けて、入れる。ただそれだけだ。
そして『収納』することによって、収納物の『名称』を自動的に知ることができる。――引き出すために必要ゆえの事でもあるが、『名称』から相手の能力を、ある程度推察することも可能となるのだ。戦闘時の情報という観点において、あまりに有利な能力であった。
「…ただの【マジックボルト】だと…?」黒衣の勇者は『収納』物の正体に意表をつかれ、戸惑う。(……???)思わず思考が真っ白になる。――それは、使い手などいくらでもいる、召喚勇者の力にそぐわない、ありふれた低位魔法だった。
……「ああああああああああああああああああああああ…!!」彼女は兜の下を真っ赤に染め、声を裏返すほどに激昂した。
「舐めるなあああぁーっっ!!!」