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まとわりつく糸

 暗闇に響く足音。光なき漆黒の通路に沈む、(なお)も病的に(かげ)る立ち姿。黒く(ほそ)やかな全身スーツと色彩を合わせる、(するど)意匠(いしょう)のフルフェイスヘルメット。


 この時代に似つかわしくなき装備に身を包む、召喚勇者『ジ・アイテムボックス』。


 その()()(はば)む者なし。コツ、コツ、コツ、と、ブーツの靴音高らかに、黒衣の勇者は悠然(ゆうぜん)と通路を進む。


 そして(くだん)の大広間に差し掛かった時。――彼女はピタリと、その足を止めた。



 ――死臭が漂ってきている。



 垣間見(かいまみ)えるは篝火(かがりび)(くれない)。熱き(ほむら)の揺らめきに染まる、常温と成れ果てた死体と残骸。……視界内に警戒すべきものはない。


(……)目視では確認し得ぬ()()を感知するべく、彼女は意識を『魔法』の領域へと広げた。



 黒衣の勇者『ジ・アイテムボックス』は、その強力すぎる『スキル』の代償か、召喚後の激しい訓練を()ても(なお)一切の魔力を持つことが出来なかった。しかし身に宿(やど)りしスキル『アイテムボックス』には、それを(おぎな)って余りある能力がある。


 ――超次元的な領域を『収納庫』として利用できる力。


 食料や装備品、資材等の兵站物資(へいたんぶっし)にとどまらず、通常では有りえない様々(さまざま)()()を収納し、自由に出し入れする事が出来るのだ。……例えば『クラウ・ソラス(光の剣)』のような。


 他にも彼女はこの任務にあたり、『アイテムボックス』内にストックされた数々(かずかず)の感知系スクロールを使用することによって、迷宮探索を円滑(えんかつ)に行っている。


 スクロールによって発動している効果中の魔法は、次の三つ。


 魔力を視覚として感知する【ディテクトマジック(魔力探知)】。

 迷宮内に()()()()する罠を見破る【ファインドトラップ(罠発見)】。

 ……そして、近傍(きんぼう)に存在する敵性体の位置を、レーダーのように把握できる【センス・エネミー(敵感知)】。


(視界内、魔力反応なし。…前方通路から広場内にかけて、罠の反応もなし。状況、クリア)


(敵の反応、三。…広場入り口の壁裏、右側にひとり、左側にふたり。…待ち伏せして挟み撃ちを仕掛けるつもりか…)


 黒衣の勇者が使用している【センス・エネミー(敵感知)】には、伏兵の存在がしっかりと感知されていた。(…無駄なことを。想像すら出来んよな?…頭の弱い弱兵が…)伏せ隠れ出来る複雑な地形での戦闘において、あまりにインチキ(チート)すぎる、(いな)、有利な魔法であった。――とはいえ、このままガン待ちされても厄介だ。


 彼女の『アイテムボックス』には、迷宮内の敵や状況に応じた様々な武器、そして『クラウ・ソラス(光の剣)』のような強力な()()()が多数収められている。


 しかし彼女は、この現状を打破するための、……死角に対して攻撃出来るような、広範囲へと影響を及ぼす()()()を用意していなかった。『アイテムボックス』から出した途端、自身までその範囲に巻き込まれてしまうためだ。


 とはいえ、このまま突貫(とっかん)して挟撃(きょうげき)を受け入れるのも面白くない。


(フン。所謂(いわゆる)二律背反(アンビバレンツ)というものか。…面倒なこと…)苦々(にがにが)しげに思案していると、奥から声が響いてきた。……待ち伏せしている『敵』の声だ。不意打ちの有利を(みずか)ら捨てるなど、一体何を考えているのだろうか。「待ってください!」


(…先程の覆面の少年。ワイズマン司教の()()()()()か。…なんのつもりだ?)この場にまるで似つかわしくない、年若き少年の()()()()()声。逃走した三人の子どもの内、最後に空を飛んで逃げた奴が話しかけてきたようだ。


 ワイズマン司教を倒し、『クラウ・ソラス(最大火力)』を二度も防いだ、狭い『迷宮』内で馬鹿げた空中機動を行う『敵』。――厄介な相手だ。子供だと舐めてかかるべきではない。


 その警戒を打ち崩すかの様に、壁裏の少年は声を張り上げ、奇妙な提案を行ってきた。


「僕らはあなたと交渉がしたい!話をさせてください!」



 ◇



 黒衣の勇者にとっても()()は意外な提案だったが、彼女の心が乱されることは無い。(……反応はパッシブ。『友好的なモンスター』)


(交渉の必要はない。迷宮内の『ハック・アンド・スラッシュ』を継続するのみ)


 無言で排除を決定する。寝ぼけた弱敵が甘えているのだろう。……ワイズマン司教の認めた敵とのことだが、どうやら見込み違いだったようだ。(…フフ。司教(ビショップ)もずいぶんと甘いようで…)とはいえ、(いま)だこの状況。敵は()()()のまま左右に展開している。闇雲に突っ込んではダメージを受ける可能性がある。


(…通路上に敵を誘導し、一匹ずつ叩くか)交渉に乗ったように見せかけ、ヘイトを(あお)って誘い出す作戦だ。


「!交渉だと!?…私と交渉がしたくば姿を見せろ!そんなコソコソした卑劣な相手に話すことなど無い!…それが話し合いをしようとする者の態度かっ!?」


 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)の後、返答が響いた。


「…あなたは僕を、一方的に殺せるはずです。違いますか!?」


「……」口をつぐむ彼女に、なおも鋭い声が言い立てる。


「正面に立てばあなたは、僕を(おど)すか処理するだけでいい!」


「それでは交渉にならない!」



(……)黒衣の勇者の所作(しょさ)が、感情に揺れた。




(…()()()()()




 ……彼女は黒い鉄兜の裏、酷い苛立(いらだ)ちを見せていた。


(…『迷宮』の、モンスターごときが小賢しい…)侵食する不愉快さを押し殺す。誘い出せないならば、せめて油断を誘うべきだ。「…それで?私を交渉に持ち込むだけの材料が、お前にはあるのか!?」


 壁向こうの返答。「…僕()この国の召喚勇者です!…召喚されたのは3日前、場所は郊外の研究施設!…あなたも僕らと同じ、日本のかたですよね!?」


(総魔研で行われる、新型の強化勇者の実験か。たしかに予定は聞いている)


(……)


(…だからどうした?)気に入らない。……正直なところ、()()()()()()()


 良い気分ではない。『敵』の甘言(かんげん)に惑わされることも、年下の子供に言いくるめられることも。……そもそも自分の時より強化され、初期性能の上がった『新型召喚勇者』など、ただのズル(チート)ではないか。


(…くだらない事…)彼女は論理を盾に、否定的な判断を下すことにした。(奴の言うことが本当だったとしても、命令を上書きするほどの要件ではない。お前の権威は組織の()()より偉いのか?口先の間抜けめ。…日本人だぁ?それが今、この状況に何か関係があるのか?)


(『迷宮』に勇者を追加投入する、などという話も聞いてはいない。しかも未知の裏口から、などと。…この件は完全にイレギュラー。ならば、取り合う必要なし)


(撃破するのみ。私は私の責任を果たす)



 ――その時、続けて放たれた少年の言葉が、彼女の冷え切った思考を瞬時に熱した。



「……僕の『スキル』は、あなたにかけられた【ブレインウォッシュ(洗脳)】を、解除することが可能です!」


「……なに?」



 ◇



「…コントロールを受けてはいても、完全にあなたの意思が消えたわけではないはずです!【ブレインウォッシュ(洗脳)】の解除を望みますか!?」


(私に掛けられた【ブレインウォッシュ(洗脳)】を解除出来る?)――黒衣の勇者の悠然(ゆうぜん)とした立ち姿が、今、無防備に()(すく)んでいるかのようにブレる。(…そんな馬鹿な事…)


(【ブレインウォッシュ(洗脳)】は強力だ。人体の仕組みをなぞり、魂ごと思考を()()げる強固なる重層術式。いまだ解除手段は見つかっていない)


(…だが、もし本当ならば…)動揺に揺れる彼女に、少年の声が警告を発した。


「もしあなたが、【ブレインウォッシュ(洗脳)】の解除を望まず、交渉にも応じないのなら」


「僕らは全力で、逃走します!」


「逃げ足の速さは見たはずです!そうなったら困りますよね!?」



(……)




 深く沈黙したフルフェイスヘルメットの奥、――やがて、落ち着いた返答が放たれた。




「……わかった。少年」


「きみの交渉に応じよう。【ブレインウォッシュ(洗脳)】を解除してくれ」


 ……場の緊張が、(わず)かに弛緩(しかん)する。「…片腕を差しのべて、ゆっくり前に進んでください」


「そして片腕のみを広場内に差し込み、そこで止まってください。…解除のために接触します。いいですか?」


「ああ。言うとおりにする」




 ……その時。黒衣の勇者の胸中は、昏い炎に埋め尽くされていた。




(片手を封じ、『アイテムボックス』の発動を防いだつもりか。小賢しい)


(…まあ良い。ならば強行するまで。私には()()を可能にする火力と装甲が(そな)わっている)


(…私の『スキル』、『アイテムボックス』には、生物あるいは他人の所有物では()()()()()()()()が収納できる)


 それは、敵によって射出された攻撃エネルギーさえも『収納』出来るということ。彼女に向けられたすべての射撃・放出系攻撃は、着弾する前にすぐさま『アイテムボックス』へと収納され、効果がない。


 ……それどころか、収納された攻撃は、そのまま黒衣の勇者の武器(アイテム)として利用されてしまうことになるのだ。


(残りのふたりに後背(こうはい)を突かれたとしても…)


(…装備及び収納されている『アミュレット・オブ・ライフセ(救命の護符)ービング』の残数は3。ぽっと出の強化勇者どもに、どれだけ攻撃力、火力が(そな)わっていようとも。十分に(しの)ぎきれる算段よ…)


 黒い特殊スーツの下、しなやかな裸体の首元には、意匠を()らされたペンダント状の護符が掛けられている。それはガバナのグラシスや、『プリーチャー』ワイズマンの命を救ったものと同じものだ。


(そして、私のフルフェイスと黒装束には、最新の抗魔コーティングがほどこされている。『クラウ・ソラス(光の剣)』の直撃にさえ、数秒は耐え凌ぐ性能を持っているのだ。…正面だろうと背後からだろうと、魔法やスキルによるエネルギー攻撃など、そうそう私には届かない)


 迷宮都市が誇るテクノロジー、『抗魔コーティング処理』が(ほどこ)された防具。どの角度からでも魔力による攻撃を拡散し、防ぐことが可能だ。――近衛兵団の最新装備。黒い全身スーツは物理的な攻撃にも高い防御力を(ほこ)っており、生半可な攻撃では貫通することさえ出来ないだろう。


(…たとえ多少のダメージを負ったとしても、この少年だけは絶対に逃がすわけにはいかない。…この場で、確実に排除しなければ…)それほどの力を持ってしても、黒衣の勇者の胸中は、強烈な危機感に捕らわれていた。


 この親切面(しんせつづら)した少年に対して、……非常事態(エマージェンシー)。最大限の脅威を見出(みいだ)していたのだ。



(今、こやつを(のが)してしまえば、我らが『迷宮都市』は、この少年による『()()()()()()』に巻き込まれてしまう!)



 ◇



(【ブレインウォッシュ(洗脳)】こそ、人間をより良き方向に導くもの。人を個から大義へと昇華させる未来への力だ)()となる意識が、宇宙(そら)に溶け込む。


(…神域の奇跡を折り重ねし存在、生命という現象。――その(すべ)ては、苦しみによって支配されている。他者の苦しみによって(さいな)まれ、そして(みずか)らさえも他者へと苦しみを振りまく。永遠に途切れぬ苦悶(くもん)のサイクル…)


(…しかし(あまね)く生物の中、人間のみが、その輪から逃れるための知恵を、巨大な脳を与えられた。世界に選ばれたのだ)高揚に酔いしれる勇者の胸に、今は、哀しみが(つど)う。


(だが実際は、()()人間でさえ苦しみに囚われ、集めし()()を暴の力に変えて、『それが知恵だ』などと()()()吐き出すだけの、…他の生き物となんら変わらない、(ただ)の動物に成り下がってしまっている)


(……人とは結局、枠組みを超えて思考する力を持たない、惰弱(だじゃく)な生き物だったのだ)



(そんな苦しみだけに取り囲まれる世界の中、脆弱(ぜいじゃく)薄弱(はくじゃく)たる我ら人間は)


(【ブレインウォッシュ(洗脳)】を(ほどこ)されることによって)




()()()()()()()()()()()




 満ちる安堵と充足感。高みより守護せしは儀仗天使のファンファーレ。思わず天を(あお)ぐほどに熱く(めぐ)る、()()を支えし、誇り高き想い。


 ……そして、その高まりを、(すべ)て黒く塗り替えるほどの怒りの衝動。


(…それを、『解除してあげる』だと!?)憤怒の炎に表情(ゆが)め、彼女は壁の向こうを()()と睨みつけた。



(ふざけるなっ!!)


(お前は一体何を言ってるんだ!?)



 激しい苦悶(くもん)が全身を締め付ける。……苦しい。過呼吸に息が詰まる。黒に染まる胸部をおさえ、歯を食いしばる。そして、その衝動を()(つぶ)(ほど)()()()()湧き出る高揚に、笑い、うつむく。(…そうだ。私が救わなくては。民草を、人類を!!)


(彼らは知らないのだ。大義に寄り添う喜びを。苦しみの輪廻(りんね)から抜け出させてくれた、【ブレインウォッシュ(洗脳)】への感謝の心を。…嗚呼、【ブレインウォッシュ(洗脳)】よ、我らが救いよ!)


(【ブレインウォッシュ(洗脳)】によって導かれる、迷宮都市への献身!)


(それは動物に()ちた民草さえも導き、救いへと昇華する。その(いしずえ)となるのだ!)――使命に殉ずる悲壮な覚悟。我がやらねば誰がやる。


 その代償として、我が身は大いなる大義の一部となる。……(おの)が力によって、世界は革新するのだ。(そうとも!【ブレインウォッシュ(洗脳)】無くして救いはないと、世界の人々に教えてあげなくては!)


(ふふふ)


(人々を、苦しみの輪から()()()()()()()()()!!)胸を押さえる手のひらを、祈りの形に合わせる。――そのフルフェイスの裏側は、仄暗(ほのぐら)い歓喜の笑みに(ゆが)んでいた。


(偉大なる【ブレインウォッシュ(洗脳)】によって人々を救う『迷宮都市』の邪魔をして!)


(テロリズムによって破滅せしめんと(たくら)(やから)にはっ!)()()()()()()に寄り添う高揚感。()を守護せしは高潔なる魂。それらを()()げるための、――戦いの、破壊の衝動。


(救済!)


(断罪!)


(国家の制裁!)


(『迷宮都市』こそ、万象の中心!)


(『迷宮都市』こそが人類の未来を開く、悠久なる道標となるのだ!!)


(万歳!)


(万歳!嗚呼!!)


(『迷宮都市』万歳!)



 喝采(かっさい)を叫んだ彼女の想いは、そのまま脳内に勇壮な曲を(かな)でだした。



(迷宮都市讃歌〜!!)




《前奏》

♪強き『迷宮』 勇気を胸に

 遠き『神代』の 希望を伝え

 守れ 愛する 我らが仲間

 貴き心を 胸に秘め

 大義の礎 踏みしめて

 賊軍どもを 圧殺だ!(圧殺だ〜)

 ※あゝ 『迷宮都市』よ 我らが 故郷

[※繰り返し]

《後奏》




(ハハハ!鳴り響けファンファーレ!我が進軍は、国家の大義である!)


(目先の力で小事(しょうじ)をなすだけのお前達とは違うんだよ、私は!!)祈りの指先が、四角を作った。(我は『勇者』!国家を守護せし黒衣の勇者!その名も『ジ・アイテムボックス』なるぞっ!!!)


(…このっ!国家に仇なし平和に弓引く()()()()()()()()()どもめっ!!)


(今!この私がっ!!天に代わってやっつけて、誅を下してやるぞっ!!アハハハハッ!!!天誅だぁっ!!!)


 

(突入準備!)片足が引かれ、前傾姿勢の彼女は、




(……突貫(とっかん)!!)




 目にも留まらぬ勢いで大広間に強行突入した。


 体をひねり、目標を補足。見上げた覆面の少年へと、両手に作った四角を向ける。――さあ、勇者よ。その『アイテムボックス』に結集せし大義の力を繰り出して、悪の小人(しょうじん)テロリストどもをブチ殺してやるんだ。


 焼け付く気迫(きはく)思うがままに叩きつけ、彼女は高らかに、能力発動の合図を唱えた。



「『いでよ』っ!!」



 ◇



 ――黒衣の勇者が大地を蹴った瞬間。通路と大広間の境界に、土埃(つちぼこり)が巻き起こっていた。


 地面から浮き上がった細いラインが、突入する足にまとわりつく。……『猫目』のハンドサインによって張られた黒いラインは、壁際に張り付く切田くんの指先に、端をしっかりと握られている。

 


「…()()()()()」ボソリと独白する。




 ――闇に溶け込むその糸は、東堂さんのソーイングセットに入っていた、ただの黒い、木綿の糸だ。




 攻撃を断行しようとした黒衣の勇者は、急激に流れ込んだ不可思議な()()に、たたらを踏んでよろめく。……一瞬の、柔らかな衝撃。激情と使命とを消し飛ばす、――原因不明の、鎮静(ちんせい)する感覚。



 そして立ち止まり、ぼんやりと両手の構えを解く。()()()立ち尽くした彼女は、不思議そうに周囲の状況を見回した。



 篝火(かがりび)に照らされた、死骸(ころ)がる大広間。


 白いドレスローブを優雅に(まと)う、目立つ風貌の神官女性。


 斥候の格好と眼帯をした、どこか危うい痛々しげな少女。


 そして、細い糸をつまんだまま、油断なくこちらを見つめている、覆面の少年。



 ◇



(よし。成功だ)手応えあり。切田くんは覆面の奥で、思わずほくそ笑む。(フルパワーの『精神力回復』は、木綿の糸を通して確実に流れ込んだ)


 成功の安堵と全能感。そして、大きな仕事をやり遂げたことによる、――どこか仄暗(ほのぐら)い達成感。(…リスクを負った()()があったな。これで彼女を仲間にして、他の召喚勇者に(つな)いでもらえば…)


(よし。勝てるぞ)この一撃は間違いなく、自分たちを(おとしい)れた人々の牙城を崩す一角(いっかく)となる。――切田くんの胸が昏く、踊る。(…この人達、はっきり言って召喚勇者は強い。強力な『スキル』と、今までに積んだ経験があるはずだ。その力が集まれば、権力を持った人とだって十分に戦える…)


(……これでようやく()()()()()()のスタートさ。僕らを一方的に(おとしいれ)れた奴らに、目にもの見せる事だって出来るはずだ……)胸中の昏き炎を『スキル』によって押さえる。……カリカリと音を立て、気持ちがスッと切り替わった。


(…さあ、正念場だ。この人を逃してしまっては話にならない。彼女には、()()()()()()()()()()()()()…)切田くんは()(すく)む黒衣の女性に対し、()()()話しかけた。


「…わかりますか?こちらに敵意は有りません。あなたの【ブレインウォッシュ(洗脳)】は解除しました」


「なにか異常や、確認したいことはありますか?」



 黒いフルフェイスを(かぶ)った黒衣の女性は、面相を向け、澄んだ声で答えた。



「ありがとう」



 年上女性の透き通った声は、平坦な言葉を続ける。



「でも、残酷よ」


「『いでよ』」()()()()()が、突きつけられた。



 ――本能が、全力の警告(アラーム)を鳴らした。(…なっ!?)


(なにかマズいっ!!【ミサイルプロテクショ(飛翔体防護)ン】よ、圧縮して球状の盾となれっ!!)取り巻く球状の防護力場が、急激に圧縮される。黒衣の女性との(あいだ)に跳ねるように展開され、流れ込む追加エネルギーによって白く淡い光を放った。――それらは瞬時に行なわれた。灼熱のビーム攻撃を防いでみせた、球状の盾だ。




 片手をかざした黒衣の勇者は、澄んだ声で宣言した。




「『スターズ』」




 手のひら前面の虚空から、手のひらにも満たない小さな武器が射出された。――その鋭利な飛び道具は、淡く輝く球状の盾を()()()()()()に断絶する。(はじ)けて消滅する力場を抜け、少年に向かって、平たい武器が猛然と襲いかかった。




 ……極限の集中が、光景をゆっくりと見せている。




『ガボッ』泡を食った切田くんは、ゆっくり進む世界の中で、必死に上体を(ひね)(かわ)そうとする。……喉元に飛来する、小さく平たい、回転する投射物。その正体が彼の目に映った。



 十字型の、小型で鋭利な、回転する刃物。

 十字手裏剣だ。



(手裏剣!?…忍者!?なんで…!?)


 直撃を(かわ)した首の横を、風を切って手裏剣が通過した。

 無理な回避に、大きくよろめく。


 そして大きく裂かれた彼の首筋からは、凄まじい勢いで大量の血液が噴出した。

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